第40話 一方その頃

 ゴードンは新米兵士である。

 一応精霊使いと名乗れる程度の素養はあるが、塔を5つ目で挫折したため精霊騎士ではない。それでも5つ目の塔まで攻略した実績を評価され、王国騎士団の下っ端として拾ってもらえたのだ。エリートコースを歩むためには精霊騎士になることが必須であるが、田舎の出身で王都で暮らすことを夢見ていたゴードンにとっては食っていける職にありつけただけで上々の人生である。

「壮観だなあ」

 そんな新米で小市民なゴードンにとって、今回のは初めての大規模な任務であった。実に数千人規模の両騎士団を動員した、戦争でも始めるのではといった事件だからだ。

 ゴードンの前方には整然と先輩兵士が並び、そのさらに前にはエリートの精霊騎士達、そしてそのさらに前、先頭にはー

(あれが『三勇』)

 我らが王国騎士団団長フレイヤ、教会騎士団団長ガブリエル、そして聖騎士レオンハルトの姿があった。

 ちなみに三勇とは『三人の勇士』の略である。かつては『二将、一勇』や『三英傑』など色々と呼び方を模索したらしいが、一番語呂がよく呼びやすい『三勇』に落ち着いたらしい。やはり語呂は大事だ。

 ゴードンのような下っ端ではレオンハルトはおろか、フレイヤですらお目にかかる機会は滅多にない。

 それが3人揃い踏みなのには当然理由がある。王都周辺で野良精霊の大量発生という異常事態が起こったからだ。それも複数箇所同時にである。

 それなのに何故ここにこんなに戦力が集中しているのか?

 単純に考えれば分隊を大量に分け、各地に派遣すべきと考えるだろう。そして実際に別働隊は存在している。しかし彼らの仕事は精霊の駆除ではなく、住民の避難と精霊の追い込みである。

 今回あまりにも精霊の量が多く、また倒しにくい相手であった。熊型が大量発生したのだ。

 そのため一箇所一箇所殲滅して回るには時間がかかり過ぎた。そこで考えられた案が追い込み漁である。

 幸いなことに大量発生している場所は王都周辺と限られていた。そのため大量発生が起こった一番外側を円の端にしてぐるりと騎士達で囲み、そのまま精霊達をこの何もないだだっぴろい荒野へと追い込み、そこで待ち受けて一網打尽にしようということになったのである。ちなみにこの作戦の発案者はガブリエルである。ゴードンは今まで知らなかったが、彼は知将として国内外で有名らしい。

 その時、上空からひらひらと何かが舞い降りてきた。それは2匹の守護精霊だ。

 1匹は黒い羽に銀色の模様の映える美しい蝶。そしてもう1匹は黒く艶やかな装甲をして鋭いツノをもつノコギリクワガタだった。

 その二匹は諜報にでも出されていたのか前方の三勇の元へと飛んで行く。

「お、三勇様の守護精霊だな」

 その時前に並んでいた先輩がつぶやいた。

「確か、団長様のでしたっけ?」

 それにゴードンは声をかける。先輩は目線だけで振り返ると「当たりだ」と笑った。

 ゴードンは当たったことが嬉しくてへへっと笑う。噂で両騎士団団長はお互いが同じ虫型の守護精霊であることが気に食わなくて仲が悪いのだと聞いたことがあったのだ。

「両団長様のだな。おそらく追い込みの調子を確認していたんだろう」

 先輩の言葉を肯定するように、仕入れてきた情報を主へ伝えようと精霊達はそれぞれの騎士団長へと近付いて行った。

 蝶はガブリエルの方へと進み、その姿を美しい鉄扇へと変えた。

 クワガタはフレイヤの方へと進み、その姿をいかついチェーンソーへと変えた。

「ぎゃっ」

 逆だろ!と叫びかけてすんでのところで堪える。しかし、

「いや、逆だろ!!」

 口を手で押さえるゴードンの背後から声が聞こえた。振り返るとそこには指差して叫んでしまったと思しき同僚の姿があった。彼は先輩に頭を引っ叩かれ、逆にゴードンはこらえたことを褒めるように先輩に頭を撫でられた。

(あとであいつに声かけに行こ)

 友達になれる気がする。

「ぼさっとするな、来るぞ」

 他の先輩が促す。それとほぼ同時に地響きのようなものが始まり、そして姿を現した。

 大量の熊型の野良精霊である。

 そのあまりの多さに、みんなわずかに怯んだようだった。しかし、

 ごうっ、と風の燃える音がした。

 レオンハルトだ。

 彼が巨大な剣を一振りすると、そこから炎を纏った斬撃が放たれ、それは徐々に範囲を広げながら熊達を焼き切った。あまりの高温ゆえに、おそらく斬撃に触れた場所が蒸発したのだ。

 胸から上を失った熊達が無惨に倒れ伏す。

(すげぇ……)

 なんと彼はその一振りでたどり着いた第一陣をすべて焼き払ってしまった。

 まさに一騎当千。

(これが、聖騎士)

 これが最強の精霊騎士か、と感嘆すると同時に畏怖の念が湧く。

 味方ならこんなにも心強いが、もしも敵対することがあればと思うと冷や水を浴びせられたように体が一気に冷たくなり震える。

「聞け」

 その時声が響いた。ゴードンは弾かれたように顔を上げる。

「これは皆のための戦いである。家族や友、そして愛すべき国民を危機に晒してはいけない」

 けして叫んでいるわけでないのに、大きくよく通るレオンハルトの声が響く。

 その言葉にゴードンははっ、と我に返る思いがした。そうだ、守りに来たのだ。自分の想像に怯えている場合ではない。

「皆の者、俺に続け。必ず勝利を掴み取るぞ」

 オオオォォォッ!と雄叫びが上がった。ゴードンはもう、畏怖にとらわれてはいなかった。

 陽の光に照らされて、英雄の藍色の髪がきらりとひらめく。その横顔は凛々しく、金色の瞳は未来を見据えている。

 勝利という未来を。

 そう信じるには充分過ぎて、ゴードンは胸を熱くした。

 そう、ゴードン達はこの手で必ず国民を守るのだ。

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