第19話 謝罪行脚
その後のレオンハルトの行動は迅速だった。すぐに4人とミモザを引き連れてそれぞれの家へと向かい事情を説明し、主犯が自らの弟であることをアベルの取り巻きの家族へと謝罪した。そしてまだミモザへの謝罪は行われておらず、反省の意思が低いことを伝え、よくよく指導してくれるように、といい含めた。
それぞれのご家族は二度目だったこともあり、恐縮した様子でミモザに謝ってくれた。
そうして1人ずつ家へと帰していき、最後はアベルを残すのみとなった。ミモザとレオンハルトとアベルというなんとも微妙な組み合わせで家を訪ねる。
アベルの家とミモザの家はなんとお隣同士である。隣といっても田舎あるあるでものすごく遠く、畑と牧場を挟んだ上での隣である。まぁ、それでも隣は隣である。
ミモザの家は村の一番西端にある。その手前がアベルの家である。さわやかな空色の屋根にクリーム色の壁。庭には家庭菜園と色とりどりの花が咲き誇る美しい家である。庭の手入れがよくされているのが見ただけでわかる。
レオンハルトは終始渋っていたアベルの腕を掴んで引きずるようにしながら、その家の扉をノックした。
「はーい、どなた?」
凛とした明るい声がする。おそらく彼女はアベルが学校から帰るのを待っていたのだろう。エプロンをつけて昼食の香りをただよわせながら玄関に出た。
明るい橙色の髪に理知的な青い瞳。髪を編み込んでお団子に結い上げた美しい女性だ。
その普段は明るい表情が、来客のただならぬ様子を見て曇る。
「レオンくんとミモザちゃん?一体どうしたのかしら?」
「カーラさん、このような形になってしまって申し訳ない。大事な話があってきました」
そう丁寧な口調で告げると、レオンハルトはアベルのことを地面に跪かせるようにカーラの前へと投げ出した。
「アベル……?あんた……」
「母さん、違うんだ、俺……っ」
「アベルがミモザくんのことを傷つけました」
その言葉にハッと彼女はレオンハルトのことを見上げ、ついでミモザの顔を見て傷を見て取ったのか表情を歪めた。
「友人3人とともに彼女を取り囲んで石を投げつけ、髪を引きちぎるという暴行を加えたようです」
「……なっ!?」
「違う!」
思わず反射で叫んだのであろうアベルを、レオンハルトとカーラ、計3つの目が見下ろす。
「何が違うんだ、言ってみろ」
「お、俺は、別に!暴行だなんて……、そんなつもりじゃ……」
その視線に怯んだのかアベルはもごもごとそれより先の言葉は続けられず言いごもる。
レオンハルトの深いため息に、アベルは身を震わせた。
「じゃあどんなつもりだったと言うんだ。まさかその行為で彼女が喜ぶと思っていたわけでもあるまい」
「それは、だって…っ」
「だって、なんだ?お前は明確な悪意を持って、彼女に危害を加えた。どんな言い訳を並べ立てたとて、その事実は揺るぎない」
アベルは顔を真っ赤に染め、耐えきれなかったように叫んだ。
「それはこいつが生意気……っ!」
「もうやめて……っ!!」
しかしそれは別の悲鳴じみた声に遮られた。見るとカーラは苦しむように頭を抱え、俯いている。その目からはぽたり、ぽたりと涙がこぼれ落ちていた。
「もう、やめて……」
「母さん……」
「やっぱり血は争えないのかしら」
その目は失望感に満ち、遠くを見つめている。
「それを言われては俺の立つ瀬もありませんが」
苦笑しながら言われた言葉にカーラは弾かれたように顔を上げる。
「ごめんね、レオンくん。そんなつもりじゃ……」
「いえ、わかっていますよ。大丈夫です」
どうやら2人にしかわからない話があるらしい。カーラは気を取り直すようにアベルを見ると、その前に膝をつき目線を合わせた。
「アベル、ねぇ、アベル。なんでこんなことをするの。前回の時あんた反省したって言ってたじゃない。嘘だったの?」
「それは……」
「あんた母さんにも先生にもミモザちゃんにも嘘をついたの」
「嘘をついてるのはミモザだ。俺は窓ガラスは割ってない!」
「あんた、何言ってるの」
アベルの決死の叫びに、しかしカーラは目を見張った。
「誰が窓ガラスの話なんてしたの。ミモザちゃんに怪我をさせた話をしてるのよ」
「……っ」
アベルは唇を噛みしめる。カーラはそんな息子の様子に力無く首を振った。
「アベル、わたしはね、もしあなたがミモザちゃんと同じ目に合わされたらそれをした相手が憎いわ。死んでしまえばいいとさえ思うかもしれない」
「……っ!?」
「あんたのしたことはそういう行為よ。そういう最低なことなの。わからないの?」
カーラはアベルの肩を掴む。その瞳には焦燥があった。
「ねぇ、わからないの?アベル」
「……母さん」
「わたしはもう、あなたがわからないわ。一生懸命育ててきたつもりだった。愛情を持って、真っ直ぐ生きてくれたらと。でももうわからないのアベル。どうしたらいいのかがわからない。あんた、一体どうしたらまともになってくれるの?」
「か、母さん!」
「カーラさん」
そっと、レオンハルトはカーラの背中を慰めるようにさすった。そして残酷に言い放つ。
「アベルはおそらく病気です」
「お、俺!病気なんかじゃ……」
「普通の健常の人間は理由もなく暴力を振るったりなどしない。それは明らかに異常な行為だよ、アベル。
風邪を引いたら医者にかかるように、今回の件も専門家を頼るべきだと俺は思います。カウンセリングを受けさせましょう。更生のために。いい先生を探します」
「……レオンくん」
不安げに見上げるカーラに、レオンハルトは力強く頷いてみせた。
「アベル自身の将来もですが、これ以上被害者を出さないことを第一に考えるべきでしょう」
「それは、入院させるってことかしら?」
アベルは息を呑む。しかしレオンハルトは首を横に振った。
「それは最終手段です。まずは通院でいいでしょう。それでどうしようもないなら入院させるしかありませんが。学校側に協力を仰いでアベルが暴力的な衝動を抑えられない様子がないかどうかなど見張ってもらいましょう。こう言ったことはちゃんと環境を整えて徹底的にやらないといけない」
そこでアベルへと向き直る。
「アベル。お前もいいね。お前に治療の意思がなければどうにもならん。苦しいとは思うが俺も協力を惜しむつもりはない」
「俺、病気じゃないよ」
アベルは途方にくれたように言った。自分の意思に反して進んでいく話についていけないのだ。
しかしレオンハルトはその言葉を言い逃れと捉えたのか追撃の手を緩めなかった。
「ではお前は正常な状態にも関わらずなんの罪悪感もなしに暴力を振るったということになる。そちらの方がよほど悪い。そうなのか?アベル。お前は生まれつき暴力的な行為が好きな人間なのか?」
問われてアベルは力無く首を横に振った。もう何も言えない様子だった。それに対してレオンハルトはやっと態度を軟化し優しく微笑み、なぐさめるように肩を叩く。
「まずは自分が異常な行動を取っていること、それを自覚するところから始めよう。大丈夫。必ず良くなる。そうすれば心の底から申し訳ないことをしたとちゃんと反省し、謝罪することができるようになるだろう」
アベルは操られた人形のように無気力に首を縦に振った。レオンハルトもそれに同意するようにしっかりと頷き返す。
「頑張っていこうな」
そして立ち上がるとミモザの隣へと移動し「じゃあカーラさん。俺はミモザくんを家に送ってご家族に謝罪をしてきますので」と告げた。
それにカーラは焦ったようにエプロンを外しながら「わたしとアベルも一緒に……」と身を乗り出す。
しかしその言葉をレオンハルトは手で制し、首を横に振ることで断った。
「今のアベルの様子では謝罪などしても上べだけになってしまうでしょう。それでは先方にかえって失礼だ。まずは俺1人で謝罪に伺います。カーラさんはアベルのことをよろしくお願いします」
「……ごめんね、迷惑をかけちゃって」
「なにを言うんです。家族でしょう。俺はそのつもりでしたが違いましたか?」
カーラはその言葉を噛みしめるように俯いた。
「いいえ、違わないわ、ありがとう」
そしてミモザへと向き合う。その瞳はもういつもの理知的な光が戻ってきていた。
「ミモザちゃん、本当にごめんなさい。きちんとアベルのことは更生させます。あなたにも近づかせないようにするからね。本当にごめんなさい」
あまりにとんとん拍子に進む急転直下の状況に、ほぼ空気と化して流れを見ていただけだったミモザは首をぶんぶんと横に振ることしかできなかった。
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