私をさらって怪物さん

寝静コハル

第1話「ある一つのお願い」

 人を殴り飛ばすのが好きだ。


 殴るのが俺のライフワークで、そうやって今日まで生きてきた。


 どうしてそんなバイオレンスなことが好きなのかって?


 理由を考えたことはない。


 考えたくもない。


「弱え奴には無慈悲な人生だなあ?」


「ひっ!?ちょっ待て!待ってくれッ!!」


 俺の腕には、顔をボコボコに潰された男が必死にしがみついていた。


 折れた腕と指で俺の腕をつかもうとしている。


 まぶたは腫れ、鼻は折れ、口蓋からは血をブクブクと溢れさせている。


 そこらじゅうにぽたぽたと溢れ落ちた血から、ツンと錆びたような匂いが路地裏に充満していた。


 それにしても、ぶっさいくな顔になっちまったな。


「だから、俺が楽にしてやるよ」


 俺は拳を握り、


「まっ——ぐはッッ!?」


 打ち出した。


 気を失ったのか、それとも死んだのか、


 俺にはわからないが、まあどっちでもいい。


 ぐったりと伸びた男を俺は地面に投げ捨てた。


 そこには既に数人の男たちが伸びている。


 たぶんこの男の仲間だ。


 たまたま、本当にたまたま路地裏に迷い込んでしまった俺に難癖つけてきたので返り討ちにしてやった。


 どいつもこいつも骨なしばかりで、酒のつまみにもならないような相手だった。


「ま、暇つぶし程度にはなったか」


 大きなあくびをした俺はその場を立ち去る。


 どうしてこういう中途半端なやつらは路地裏にたむろしていることが多いのか。


 不思議だ。


『むううっ!むぐうう!!!!』


「ん?」


 立ち去ろうとしたところで、突如聞こえてきた声に俺は歩みを止めた。


 後ろから聞こえてきたか?


 振り返って音の発生源をたどってみれば、そこにはうごめくなにかが一つ。


(そういえばこいつら、何かを囲んでやけに興奮していたような......)


 ピクリとも動かなくなった男たちを見て俺は思い出す。


 近づいてみると、それは袋だ。


 袋の中から聞こえてくる声、ぼんやりと見えるシルエット、中を開けなくてもその中身が俺にはわかった。


「ひゅー、これは思わぬ収穫だな」


 口笛を鳴らした俺は、意気揚々と袋の紐を緩めて中身を確認した。


「ぷはっ!!や、やっと出られた」


 中から顔をひょっこりとのぞかせたのは少女だった。


 いや、幼女か?


 どちらでもいいが、その小さな身体をした少女は純白の髪に燃えるような赤い瞳をしていた。


 肌は白く、腕はポキリと折れそうなほどに細い。


 その身体的特徴はもちろん特筆すべきなのだが、それよりも気になることが....。


(こいつの魔力量....半端じゃねえな)


 魔力適正がほぼない俺でも感知できるほどピリピリ伝わってくる魔力量。


 一体何者だ?


「あ、ありがとうござます....えーっと、怪物さん?」


 俺の姿を見た少女が言った。


 袋に詰められていたせいで、その長髪はボサボサに乱れている。


 まるで長距離を走った後のように息も乱れていた。


「感謝するのはこっちのほうだぜ」


「それは、どうしてでしょうか?」


 少女は安心したような顔で袋から出ようと足を伸ばした。


 だから俺は高速で紐をきつく締めあげた。


 少女を再び袋に詰め込み、ひょいっと肩に引っ掛ける。


『あのー!え?どうしてでしょうかー!』


 袋の中からそんな期待を裏切られた声が聞こえ、もぞもぞとした動きが背中に伝わった。


「どうしても何もそりゃ、これが俺の仕事だからだろ」


 思わぬ収穫をした俺は、ハッピーな気持ちでアジトへと戻る。


 人を殴って楽しんでたらこんな特典まで手に入れるなんて、まったく俺は運がいい。


 龍に殺されたとかいう神に感謝だな。


 俺はニヤリと笑いながら夜の街を歩いた。



 ———



 街から離れた森の奥深く。


 潜むモンスターたちを殺気で牽制しつつ、落ちた枝木を踏み鳴らしながら俺は進んだ。


 袋の中の少女が何やら喚き散らしていてうるさいが無視。


 しばらく闇の中を歩くと、崖下の洞穴に点在するアジトにたどり着く。


 外から中の気配を探った俺は、アジト内に気配が2つあることを確認した。


 どうやら、男と女が一人ずついるみたいだ。


(確かいま、この辺で活動してるやつは......)


 気配の正体に推測を立てながら、隙間風が入り込みそうなとても快適とは言えない扉を開いて中に入った俺は、袋を丸机の上にドサッと置いた。


「なんですか、これは」


 一人目、男の気配の正体は同僚のアクネスだった。


(クソ。よりにもよってコイツかよ......)


 俺はアクネスを見て苦い顔をした。


 やつは狼の耳に悪趣味な首輪をしていて、俺と同じ半人半魔だ。


 組織から支給されたローブを羽織っており、その顔はよく見えない。


 ちなみに半人半魔ってのは一般的に獣人よりも人間の血が薄い人種のことを指すが、見た目的にはそんなに違いがない。


 獣人と同じで人間より五感が優れていたり力が強かったりする。


 アクネスは机に脚をのせ、つまらなそうな顔で今日も金貨を磨いていた。


 こいつの頭の中には金勘定しかないのだろうか。


「クソ拝金主義者、プレゼントを持ってきてやったぜ」


 俺はもぞもぞ動く麻袋を叩く。


 袋の中では俺の手に反応して少女がピクリと動いた。


「人間の子供...しかもかなりの魔力量ですね。あと、クソはつけないでください脳筋クソ野郎」


 俺よりも魔法の才能があるアクネスは袋を睨みながら呟いた。


 こいつも中を見なくても中身がわかる側の人間だ。


「中、開けるわよ」


 いつの間にか奥から出てきていた女の名前はアマネ。


 もう一つの気配の正体は彼女だったようだ。


 こいつも半人半魔らしい。


 魔物の血が薄いみたいで、猫みたいな耳をしている。


 そのせいで獣人と見間違われることが多いんだとか。


「ぷはっ!こ、ここはどこですか?」


 袋がアマネによって開かれると、中から白い少女が出てきた。


 白いっていうか、白髪か。


 肌も白いし、伸ばす長髪も白い。


 とても白いやつだ。


「あら、思ったよりも可愛い顔してるじゃない」


 中から顔をのぞかせた白髪赤目の少女をジロジロとアマネが観察している。


 俺はそれを見ながら椅子に深く座り込んだ。


「魔力適正は高いだろ?ボスがお望みのやつだ」


「みたいね」


「本部に送るかどうかは俺が決めます」


 拝金野郎アクネスが立ち上がると、袋の紐を再び締める。


『ま、またですか!?』という声を漏らしながら、袋は奥の部屋へと持っていかれた。


 薄暗い部屋には俺とアマネの二人だけが残る。


(ここはなんだかじめじめしてて、っておい、雨漏れもしてるじゃねえかよ......)


 外の森にいるモンスターたちのおかげで一般人がここまで来ることはないが、もう少し快適な場所はなかったのだろうか。


「あんな上玉、どこで見つけてきたのよ」


 アマネはどこからか持ってきたグラスに酒を注ぐ。


 お前こそそんないい酒どっから持ってきたんだよ。


 いや、盗んだのか?


「裏路地でいつもの日課をこなしてただけだ。ま、日頃の行いのおかげだな」


 俺は身体を反り返し椅子をギシィーと鳴らした。


 やはり日課というものは地道に続けていればちゃんと成果がでるもんなんだな。


 予想の斜め上を行く成果ではあったが。


 チンピラ殴ってたら少女がドロップするなんて、俺には想像できなかった。


「相変わらず悪趣味なことしてるわね。でも、あの子なら崩壊の魔女の可能性があるかも......」


 アマネはグラスに口をつけながら奥の部屋を見ていた。


 崩壊の魔女とは?


 そもそも俺たちは一体何者なのか?


 聞きたいことはたくさんあるだろうが、説明するのはめんどくせえし、俺も詳しくは覚えてない。


 だからアマネに確認を取った。


 何気なくな。


 忘れたから教えてくれとか言ったらがみがみ言ってくるに違いないから。


「俺たちの目的は、いつになったら達成されるんだろうな」


 俺もグラスに酒を注ぐ。


「ボスの言うことはころころ変わるからね。でも当分は魔女因子を持つであろう子供の誘拐じゃないかしら。結構な数誘拐してきたし、そろそろ崩壊の魔女が見つかってもいいと思うんだけど」


 あー、そうだった。


 思い出した思い出した。


 昔、魔神を召喚して魔神戦争とやらを引き起こした崩壊の魔女が現代に復活するらしい。


 復活の方法は転生法。


 だから先回りして転生先の子供を探し出すってのがこの組織の目的だったか。


「彼女は駄目です。というかはずれですね。解放してあげてください」


 俺たちがチビチビとグラスに入った酒を飲んでいると、奥の部屋から出てきたアクネスは気だるそうな顔で袋を机の上に戻した。


(は?駄目ってどういうことだよ)


 俺がグラスを机に叩きつけるとひびが入った。


 不穏な空気が流れ始める。


「そんなに怖い顔しないでください。とにかく駄目なものは駄目なんですよ筋肉ダルマ。どうせあなたに話しても理解できないでしょうし、俺もあなたと会話したくないので早く街に戻してきてください。ここまでの道は知られてないのでしょう?」


『まあまあ』となだめるアマネを無視して、俺は舌をチッと鳴らして袋を背負った。


(俺だってお前みたいなクソ拝金主義者とは話したくねえよ。口で勝負しても勝てねえし)


 俺は心の中で悪態をつき、同時に深くため息をついた。


 あいつは嫌がらせで自分に不利益なことをするような奴じゃないし、たぶん本当なんだろう。


 しょうがねえ、もともと手に入る予定のもんじゃなかったんだ。


 切り替えていくか。


 扉の前に立つと、ドアノブに手をかけた。


「じゃ、俺は街にこいつを返してくる」


「いってらー」


「街の方向は覚えてるんですか?」


「くたばれクソ野郎」


 バンッと扉を閉めると、俺は再びもと来た道をたどった。


 森に潜むモンスターたちが、よだれを垂らしながら息を荒げているのを感じる。


 背中に背負ったご馳走をこいつらに与えてしまおうか、と考えながら俺は歩いた。


 俺たちの活動範囲は世界中に及ぶので、頻繁にアジトは変わる。


 ここは数あるアジトの一つだ。


 今の簡易アジトは森の奥深くにある。


 森の奥に洞穴があって、そこを改装したらしい。


 そんな森の中でも街の光は輝いて見えるってんだから迷うはずがねえだろ。


 やっぱりアクネスの野郎は俺のことを馬鹿にしている。


 まあ、俺は馬鹿だから馬鹿にされるのは別にいい。


 ただあいつに言われるのだけは気に食わねえ。


「ちくしょう。このむかむかした気持ちをどうするか。どっかにお手頃な盗賊でもいねえもんかなぁ」


 何度も言うが、俺は人を殴るのが好きだ。


 良い奴、悪い奴、相手に戦う意志があるならどっちでもいい。


 でもなぜだか悪い奴を殴った時は良い奴を殴った時よりもスカッとする。


 その理由について詳しく考えたことはない。


 それを考えたら人を殴ることを純粋に楽しめなくなる気がするからだ。


 しばらく森を歩くと街の城壁近くまでやってきた。


 門番不在の門を素通りする。


 なぜ門番がいないのか?


 そんなの俺が知るわけねえだろ。


 そもそもこの国の名前すら覚えてねえわ。


「おい、生きてんのかー?」


 街の中に入った俺は袋を地面に降ろした。


 ここに来るまでに俺の背中を蹴ったり殴ったり、大声で『筋肉だるま!』と中から叫んだりしていたので死んでいるはずはない。


 だが、地面に置いた袋は微動だにしなかった。


「俺はもう行くぞ」


 袋の紐を緩めると、俺は道の真ん中にそれを置き去りにした。


 今は深い夜、人っ子一人いない静まり返った時間帯だ。


 ここに放置していても勝手に家に帰るだろう。


 踵を返すと隠れ家に向かう。


 さっきいたアジトとは違う場所だ。


 あの拝金野郎とは一緒にいたくないからな。


「いてっ。なんだぁ?」


 が、少し歩くと後頭部に何か軽いものがぶつかった。


 振り返って下を見れば、そこには地面に落ちた金色の指輪が。


(マジックアイテム?)


 拾い上げてそれを見た。


 オレンジ色の街灯に照らすと、緑色の宝石が光を反射する。


「それは報酬です」


 指輪の穴から袋の上に白髪の少女が立っているのが見えた。


 投げつけたのはこいつか。


 なんだ?


 俺と殺ろうってんのか?


 俺は生意気な少女へと近づいた。


 俺の二メートル近い身長からすれば、まさに足元にも及ばないサイズの少女。


 蹴飛ばすか、踏み潰すでもすれば即死するだろう。


 戦う意志がないやつには攻撃したくないが、これは宣戦布告と受け取っていいのか?


「報酬?なんの話だガキ」


 俺はポケットに手を突っ込んで少女を見下ろした。


 腰をくの字に曲げて威嚇しながら、一応会話を試みてみる。


「お願いです。私をさらって、怪物さん」


 少女の赤い瞳は目を背けたくなるほどの強烈な意志を放っていた。


「は?」


 急に何を言い出すかと思えば、さっき攫って今解放してやったっていうのに、また私をさらってくださいだぁ?


 こういうのを手のひら返しっていうのか?


 いや、なんか違う気がする。


 しかも誰が怪物だ失礼な。


 これでも見た目はカッコいいと評判な、半人半魔のトー・グリムスだぞ俺は。


 少女は俺の顔を懇願するように上目遣いで覗いていた。


「私を連れてってください。どこでもいいんです。ただ、連れて行ってほしいんです」


「却下だ」


「いてっ」


 俺は指輪を少女のおでこに投げつけて再び踵を返した。


 もう、今日は帰って寝るか。

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