双剣記

鳥なんこつ

現代編 第一話 少年の名はジノン

薄暗い部屋の中は、若い男たちでいっぱいだった。

一様に好き勝手にあちらこちらに座り込んで、唸り声や歯軋りを上げている。

手元で金属と金属の擦りあう、独特の硬質な音が響く。


だからといって、ここは手首に鎖をつけた奴隷たちを閉じ込めている部屋ではない。

事実、ここ聖国プランスィアで奴隷制は廃止されて既に50年以上。大陸に並ぶもののない文明国なのだ。


それはともかく、少年たちが手元で弄くっているのは、古びて錆の浮いた錠前である。

鍵穴に細い金属棒を差し込んでかき回す姿は、まさに開錠試験の真っ最中。

つまるところ、ここはいわゆる開錠に必要な技術スキルを教え込む道場のようなもの。

部屋を暗くしているのは、陽光の燦々と当る場所で鍵をこっそり外す状況などまずないからだ。


そんな中の少年の一人。

バネのありそうな中肉中背の身体つきに、意思の強そうな、と形容するには瞳の色が幼すぎる。

頭から爪先まで、好奇心とあくなき探究心がたっぷりと満たされた全身は―――いうなれば、悪戯小僧のそれだ。

しいて特徴を挙げれば、長すぎる前髪が鼻先まで垂れ下がり、五月蝿そうな印象を与えるくらいか。


そんな少年が口元にニヤリとした笑みを浮かべた。

指先の神経と視線は、鍵とそこに差し込まれた、先端がカギ状になった細い開錠道具へと注がれている。

くるりと手首が半円を描くように動くと、思いのほか澄んだ音を立て鍵が開く。

周囲の少年たちがその音に視線を注いでくるなか、前髪の五月蝿い少年は勢い良く立ち上がり、「やった、開きましたー!」と喝采を上げそうになるも即座に自重。

それでも、部屋の片隅で腕組みをしながら監督している指導教官に、開いた鍵を持って近づく足取りはとてつもなく軽い。


「うるせえぞ小僧。まだ試験中のやつがいるんだこのハナタレが」


禿頭隻眼の、絵に描いたような凶悪盗賊面の教官は少年を睨みつけ、


「不合格」


それでおしまいだった。

呆気に取られる少年の襟首を掴み、部屋の扉を開けると尻ごと蹴り出す。

尻を押さえる少年の目前で扉は閉ざされた。


前髪の五月蝿そうな少年―――彼の名はジノンという―――は何か叫ぼうとして、結局唇を噛んで黙り込んだ。


理不尽だ。

わけが分からない。

自分はちゃんと試験用の鍵を開けたのになぜ?


しょぼくれた瞳が床に注がれた。

しかし、不合格といわれた以上、その裁決は梃子でも動かない。

この道場の主。隻眼のカルナック。通称、蛇の目。

口は悪い、腕っ節は強い、気は短いの三拍子揃った不良親父だったが、こうして組合認可の技術道場を開けるほど腕は確かだ。


この世の地獄と称されたレン=ブランド領域。女神に見捨てられ悪魔に魅入られたとされる不毛の大地。

その中心に聳える古代竜でさえ遠巻きで近寄ろうとしなかった魔王城に、勇者とともに乗り込んだという噂も、あながち嘘ではないのかも知れない。


ジノンは顔を上げた。もうその時には、しょぼくれた瞳はいつもの色を取り戻している。

開錠の技術に問題があれば、有無を言わさずカルナックの鉄拳が飛んでくるところ。

他に何かが欠けていたのか分からないが、まあ鍵は外せたのだ。前向きに考えよう、前向きに。


走り出す足取りは軽い。

まだ昼を大きく回った時分だったが、早くも夕方に向けての喧騒に街は包まれている。


「どれ、頑張ってもう一稼ぎすっかな」

「もう少しで今夜の酒にありつけるぞー」


行商人は声を張り上げ、鍛冶屋の親父は額の布を締めなおし、上半身裸の若者衆は背負った荷物を抱えなおす。

それらが大通りの辻を行き交うだけでも大変な賑わいになるのだが、女子供の姿もまた多い。

それもそのはず、文明国プランスィアの誇る聖誕祭を来週に控え、国民総動員で準備に忙しい。

聖誕祭というからには、プランスィアだけではなくルフェス、ガーランド、ネイ=ダタンと主だった主要国で信奉されるシェラザード神を寿ぐのはもちろんのこと、現国王が即位してからちょうど十年と節目の年でもある。

王家からもかなりの補助金と通達がなされ、最近の大陸全土の景気の良さも相まって例年にない盛大さになろうと国民全員が浮き足立っていた。


ジノンは、そんな国民全体から見ても、特に浮き足だっているといっても良い。

駆け抜ける路地裏は幼少のころからの遊び場で知り尽くしている。

民家の屋根から屋根へと渡り歩き、途中にある空き地が望める場所で小休止。

ちょうど空き地では、大きな樹に格好つけて背を持たれた気障な吟遊詩人の青年が、ほろほろとリュートを奏でているところ。


…かくして勇者は戦えり

右手には聖剣

左手には獣の盾

胸には炎の勇気を持て

ついには魔王を倒せしむ…


あまり上手い歌ではない。

退屈そうに取り巻く子供の反応が正直すぎる。

盛大に欠伸をしている一人が、屋根の上にいるジノンに気づいたように声を上げた。


「あ、ジノンの兄貴!」

「ジノンにぃだ!」


彼らに軽く手を振り返し、ジノンは隣の屋根に飛び移る。

雨樋を伝って降りてからしばらく歩けば、ぐっと豪華な家並みが多くなった。

裕福な商家や貴族が別宅を構える住宅街。

いわゆる一般市民の居住区から、通りを一本隔てた区画。その丁度入り口あたりにジノンの家が存在する。

『若葉亭』と掘り込まれた看板が下げられた外観は、いわゆる料理屋だ。

ランチタイムを過ぎたからか、店内に人影はない。

窓から中の様子を窺いつつ、ジノンはあえて石壁に続く裏口から敷地へと入る。

見慣れた瀟洒な中庭が少年を出迎えた。

向かって正面に井戸と物置。右手は母屋で左手が店となる。

井戸の水でも浴びようかと少しだけ迷ってから、ジノンは勝手口を開けた。

とたんに太い声が降ってくる。


「おかえりなさいまし、ジノン坊ちゃん!」


小太りの柔和そうな中年男が大袈裟に両手を広へて見せた。


「…ゼム、その、坊ちゃんってのはいい加減やめてくんない?」

「何をおっしゃいます。私は坊ちゃんのおしめを変えたこともあるんですよ!」


答えになっていない。

だいたい、小さすぎて記憶にもないことを振りかざされてはどうしようもないと思う。

昔からいる使用人に苦笑一つで応じておいて、ジノンは厨房へ。


「あ、おかえり」


ぐつぐつ煮える鍋の前で、青年がエプロンで手を拭いていた。

『若葉亭』の店主であるジャンである。料理の腕は折り紙つきだが、何より大抵の人はその若々しさに驚くだろう。長命族の血でも引いているんじゃないかと思われる容色は、ジノンと並べば一見兄弟にしか見えない。

それでいて、立派な三児の父である。


「ただいま」


いうなりジノンはカウンター席にそっくり返る。

咎めるでもなく、父は鍋の中身を皿に盛り付けてくれた。

乳白色のもったりとしたスープの中に大振りの鶏肉が湯気を立てていて、がぜん食欲をそそる。

一緒に差し出されたパンをちぎるのももどかしく、ジノンは料理に噛り付く。

がつがつむしゃむしゃと音を立て、ずずっとスープを飲み干して、仕上げに山葡萄を搾ったジュースで口直し。


「あー、美味かった。ごちそうさまでした」


顔の前で、親指と人差し指を合わせて三角形を作る。

シェラザード神への感謝と、食事を作ってくれた人への感謝を表す通俗的な作法だ。

言動は野卑でも、この手の作法は幼少のみぎりからみっちりと仕込まれているジノンである。これは、何かにつけて子供に甘い父親ではなく、母親に由るところが大きい。


「それじゃあ…」

「また出かけるのかい?」


ジャンの声は別段咎める風でもない。

並みの家なら、家の仕事を手伝えと叱り付けるところだが、生憎とジャン家はそうではなかった。

どうやら父の心配は別のところにあるらしく、うなずくジノンに対し、


「出来るだけ早く帰ってくるんだよ。最近、カレンの機嫌が悪いんだから……」


母親の名前に、ジノンは目を剥いた。

父が温厚篤実の聖者だとすれば、母はまるきり大魔王。

その逆鱗に触れるなどと、想像しただけでもおそろしい。

もしそんなことをするなら、大嫌いな紫ネギを生で山盛り食ったほうがマシだとジノンは考える。

幼少からの徹底的な教育もあれど、逆らうなどと思いもよらぬ。


「う、うん、わかりました」


殊勝な、それでいて渇いた粘土のように硬い返事を残し、ジノンは若葉亭から飛び出した。

しかし間もなくその重い足取りも、軽く早くならざるを得ない。

夕暮れまで帰らなければ、怒りの豪雨が情け容赦なく降り注いでくるだろう。

逆に考えれば、それまでの自由は猶予されているわけだ。

ならば残された時間を有効に使わなければ損ではないか。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





プランスィアの運河沿いには豪商たちの倉庫が軒を連ねていた。

強大な水妖水魔が駆逐されたこの時代、水路と帆船を使った輸送手段は重要なもので、運河を王城の方に遡れば王家専属の戦闘船が壮観な群れを成している。

ジノンが向かったのは商人用の倉庫の一角。更にその端の古びた納屋だった。

とんとんと扉を叩けば、


「なにやつ?」


中からくぐもった声がする。


「オレだ、オレオレ」

「あー、はいはい」


扉の鍵は外された。中に踏み込んだジノンだったが、一歩目で剣風が横っ面に叩きつけられる。

とっさに横っ飛びで突っ込んだのは傍らの箱の中。

詰まっていた干からびた海草を頭から被り、ジノンはいきり立った。


「殺す気かっ!?」


そう叫びたくなるのも無理はない。

先ほどまで彼の立っていた場所に、深々と突き刺さる槍斧の先端。

その凶器の持ち主は、きょとんとしてこちらを見下ろしてくる。


「なんだ、ジノンじゃん」

「なんだじゃねーよ! そんなもん喰らったら死ぬぞ? マジで駄目、死ぬ死ぬ」

「あー、大丈夫大丈夫。峰打ちだから」


ばきょばきょめっこん! 刃先の食い込んだ床板の一部が持ち上がりへしおれた。

後日誰かが足を取られないよう補強しなきゃなー、とジノンは一瞬眉をしかめたが、もう少しでこちらを斬殺するところだった相手の糾弾を先にしなければならないことを思い出す。


「というか、どういうつもりなんだ、おまえは?」

「えー?」


槍斧を両手で抱きしめるようにしながらその刃先を点検しているのは、肩まで髪の伸びた少女だ。ジノンと同年代で、背は彼よりわずかに低い程度。

日焼けした顔はよくよく見れば整ってはいるのだが、この年頃の娘にありそうな化粧っ気は皆無。

それでも見る人によっては、魅力的に見えるだろう。

彼女の名前はキュピオクという。


「どういうつもりもなにも、合言葉決めたのジノンでしょ?」

「あ゛」


思わず呻くジノン。

秘密の隠れ家だからということで入るときには合言葉決めよう! と主張したのは前回に集まったとき。

それをさっそく言いだしっぺから忘れていたのだから、確かにジノンに非があるのかも知れない。

しかし。


「だからっていきなり一撃っておまえなー…」


合言葉を言わないのは仲間じゃない、不審者か敵対勢力だ。ぶっ飛ばせ!

そうは宣言していたものの、実際に自分がそんな目にあえばさすがに肝が冷えていた。

まあ、かわせたんだからいいじゃないのー? とにっこりとキュピオクに微笑まれて、それ以上は何もいえなくなる。

ジノンは母親に続いて、この幼なじみが苦手だった。

子供の頃から一緒に馬鹿をやってきた仲だ。弱みも強みも知り尽くしている。

唯一不公平なのは、ジノンの把握するキュピオクの弱みの数が圧倒的に不足していること。


「おーい、誰かいるのか?」


納屋の外で声。あっさり開く納屋の扉。

続いて盛大に床板の穴に足を取られて、巨漢の少年は転倒した。


「……どうしておまえらは、こう迷惑なことしか出来ないんだ?」


しばらくの後、納屋の隅あった板をとんかんとんかん床に打ち付ける巨漢の姿を見出すことが出来る。

彼の名前はガーンズ。老成した物腰と体躯から、とてもジノンたちと同年代とは思えない。

しかし、間違なくつい最近まで、王都の下町を震撼させていた悪ガキ一味の最右翼である。

本人はジノンに付き従っていただけのつもりなので、そう見なされるのは不本意かも知れないが。


「これでよし」


大工道具をガーンズが片付け、ジノンとキュピオクがひっくり返した箱を積みなおしていると、新たな二人が納屋までやってきた。


「みなさん揃ってますね」

「ご無沙汰ですわー」


一人は古臭いローブをまとい眼鏡をかけたやせぎすな少年。

もう一人は、僧衣を着ていても素晴らしく胸の起伏が目立つ少女だった。

少年の方はクラフトと言って、少女の方はミラセラという。

両名とも、ジノンの仲間というか腐れ縁というか幼なじみというか、まあそういう関係だった。


「こらおまえら合言葉は」

「合言葉? ああ、そんなものもありましたね。でも、扉が開いているから必要ないでしょう?」

「アイコトバ? なにそれ? 美味しいもの?」


ジノンは思わず天を仰ぐ。

忘れていた自分を笑えないのはもちろんだが、律儀に守っていたのがキュピオクだけというのもまた救われない思いがしたのだ。

それはともかく。


「さて、さっさと始めようぜ」


納屋の扉を固く閉ざし、五人は奥のテーブルを囲む。

ランプの芯が、ジジッと燃える音を立てた。

五人全員が額を寄せ合う先は地図の上で、ジノンの指が王都へ繋がる川の一本を川上に向けてなぞる。


「ここらにあるのは間違いないんだな?」


山の麓あたりを、ジノンは指先で二回叩いた。


「間違いありません。うちに出入りの業者の中でも、それぞれ別の人間の口から同じような話を聞いてますし」


眼鏡を指先で押し上げながら断言するクラフトの実家は、王都でも有数の豪商。

彼の姓名はクラフト・リー。

ライ・リー商会の次男坊である。

リー商会に日夜出入りする商人の数は相当なものになり、集まってくる物資も情報も膨大の一言に尽きる。

その中から取捨選択した情報を統合した上での結論だ。それなりに説得力はある。

ジノンは地図を見つめたまま頷き返したが、厚みのある声が疑問を呈した。ガーンズだった。


「遺跡はあったとしても、既に見回りは入っているんじゃないのか?」

「うんうん、そうかもねー」


腕組みして頷いて賛同を示すキュピオクがいる。

世界を脅かした魔軍との一大決戦。魔王が倒されたことにより、魔軍は瓦解した。

その多くは連合軍の兵士たちによって撃破されたが、戦場より取りこぼされたり逃亡した数も決して少なくない。

各地に潜伏したと思われる魔軍の残党と彼らに使役されていた魔獣魔物。

魔王亡き後も、普通の民草にとっては十分すぎる脅威となる。


結果、プランスィア主導で、ルフェス、ガーランド、ネイ=ダタン四ヶ国共同による特別機動騎士団が結成された。

通称『巡回守護騎士団ガーディアンライダーズ』と呼ばれる彼らは、主に人里離れた山中の洞窟や古代遺跡を回る。

魔軍の残党に限らず、元々の古代からの怪物が潜伏している可能性も高い危険な場所。地元民にもそれらを発見したら報告するよう奨励されていた。

凶悪な魔獣を狩り出すことが騎士団の本懐。

ゆえに彼らが巡回した古代遺跡などからは、ほとんどの脅威は取り除かれていると考えて良いのだ。


「つまり、そんな安全と分かりきっている場所を改めて冒険しても面白いのかと、ガーンズはいいたいわけですわよね?」


ミラセラが長い指先同士を胸の前で付き合わせた。

キュピオクと対照的なまでに白い肌に、ほんのりと花の甘い匂いが香る。

大柄な少年の方はゆっくり頷いて見せたが、眼鏡をかけた小柄な少年の方は不敵に笑った。


「なにも騎士団ライダーズは魔物を徹底的に殲滅してまわっているわけじゃありませんよ。彼らが相手にするのは冒険者たちでは手に負えないと判断されるような大物ばかりです。

いわゆる低級と呼ばれる怪物まで完全に退治していったら、大陸を回るのに何年たっても終わりやしない。それに騎士団は―――」

「盗掘団ではない、ということですわよね?」


クラフトの台詞を引き継いだミラセラの顔に、恍惚の表情が浮かぶ。

うっとりとした眼差しは、まだ見ぬ膨大な金銀宝飾に焦がれているのだろう。彼女は宝石や装飾品といった光モノにとことん目がないのだ。


「まあミラセラさんのいうとおりです。そして、この遺跡は発見されて比較的日が浅い。耳ざとい連中が既に調べ回ったあとかも知れませんが―――僕は行く価値はあると思います」

「だってさ。どう思う、ジノン?」


キュピオクの問いかけに、ジノンは答えなかった。

地図を見入ったまま、微動だにしない。

黒い瞳の色がわずかに青を帯びているのが、すぐ側で覗き込んだキュピオクには分かる。

ジノンは文字通り目の色を変えて興奮しているのだ。

地図の向こうに広がる無限の冒険譚。

うんと小さい頃、辻に立つ吟遊詩人の歌に焦がれた熱い気持ちは、全然冷めちゃいない。

むしろ今こそ激しく燃え上がっている。


「当初の予定通りだ。計画は決行する!」


力強く断言するジノンの計画とは、言ってしまえば遺跡探索の小旅行。

来週に催される聖誕祭は、王都の城門の外まで隊商が露天を開く盛大なもの。

その日から丸々五日開放される城門を抜け、こっそり遺跡まで冒険に赴くのだ。


この機会を逃せば、親の目を盗み、かつ子供たち同士で城の外に出るなどまず不可能だろう。

そして来年でジノンたちは十五の成人年齢。

ここプランスィアに限らず、大陸全土では十五歳を一つの節目と考えられている。

少し田舎の農村では、十四十五で娘は嫁に行くのが当たり前。

王都も例外ではなく、十五にもなれば親元を離れ自立自活しても全く問題はない。

むしろ奨励されている。

それなりの責任に対し、確かな自由を手に入れることが出来るわけだ。

申請して許可さえもらえば、公然と王都の外へ出ることも可能となる。

望むなら、どこの遺跡に潜って宝探しをしようが、失われた伝説の都を求めて旅立とうが、全て自由だ。


問題は、冒険者や探索者という職業はそれほど持て囃されるものではないということ。

一攫千金の胸躍る冒険譚など、しょせん吟遊詩人の弾き語りの中だけの話。一夜限りの夢物語。

それでも確かに一掴みの財をなした連中もいるだろうが、それは危険と隣り合わせの果てだ。

栄光の影で、どれだけの人間が名すら伝えられず亡骸を荒野に晒したことか。

ド田舎暮らしの力自慢が一念発起していざ冒険者になるべえ、というならばいざ知らず、都では堅実的な職業がいくらでもある。

お宮仕えならば城の衛士や役人。

手に職を持ちたいなら、鍛冶、細工、料理、武器、家具、それぞれの職人の道があり、神に仕え、奇蹟を行使し、人の心と身体の傷を癒す聖職者の仕事だって悪くない。

商人として一旗上げるも良し、王立学院で歴史や魔術を学び、それらを教授して糧を得る方法だってある。


つまるところ、冒険者とはあくまで話の種として羨望はするが、本格的に職業にしたいかといえば誰もが首を捻るところ。

少なくとも、王都に暮らす親たちの中で、息子娘を積極的に冒険者などという不安的極まりない職業に据えようとするものはいない。

魔王戦役も終了してそれなりに平和である昨今、この傾向は致し方ないといえるだろう。

もう少し国自体が成熟、もしくは退廃すれば、平凡と平和に倦んだ若者が大量に冒険者へ鞍替えする時代が来るかもしれないが。


「わたくしは断固賛成ですわ」


はしゃぐミラセラ。

子供ばかりの小旅行と謳うわりに、彼女の見た目は年齢不相応に色っぽい。

特に金銀財宝に想いを馳せて頬を赤く染める姿は、成熟した女の表情になる。


「ジノンが行くなら俺も行かねばなるまいよ」


頭をかくガーンズも、これまた年齢相応には見えない。

落ち着いた佇まいは、この納屋にいる全員を兄弟に例えるなら謹厳実直で年長の兄貴に他ならない。

出来の悪い弟を助けてやらんでどうする! といった表情でジノンを眺めやっている。


「決まりですね」


そういって唇を歪めて笑うクラフトは、さながら末の弟といったところか。

笑うとやや卑屈な印象になるが、それを童顔が和らげている。将来的にどうなるかは分からない。


「やれやれ……」


仕方ないなあ、という表情で、せいぜいお姉さんぶった表情を作るキュピオク。

仲間内で一番の常識人を自認していたが、もちろんそう思っているのは彼女一人だけではない。


「ああ、オレたちの最初で最後の冒険だ!」


力強く拳を突き上げるジノンがいる。

その言葉の重みも理解せぬままに、ただ希望に燃えた瞳で。

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