第22話

「え……天音?」


「あはは。鳩が豆鉄砲を食ったみたいな顔をしてるよ。そんなにびっくりにしなくてもいいのに」


 言葉に詰まる僕とは対照的に、なんてことのないように笑う天音。

 その朗らかな笑みは確かに見知ったものではあったけど、今この瞬間においては場違いだと言わざるを得ない。


「いや、でもだって……」


「なんでここにいるんですか」


 なんと続けるべきか迷う僕を遮るように、鋭い言葉が耳に届く。


「なんでって言われても、同じ電車で通学してるからだけど?」


「そういうことを言っているんじゃありません。どうして今、この時間にここにいるのかと聞いているんです」


 首を傾げる天音に質問をするアリスの顔は僕からは見えない。

 僕と天音の間に立つ妹は、僕に背中を向ける形で天音と相対しているからだ。

 昨日のように具合が悪くなるのではと不安に駆られてしまうが、声の響きには力があるように思う。同時に苛立ちも。

 ただ、それが単なる虚勢なのかそうでないのかは僕には判断が付かない。分かるのは、アリスと天音の仲が穏やかなものではないということ。それだけだ。


「この時間? そういえば今日は昨日より一本早い時間に乗ったね。まぁそういうときもあるよ。現に私たち、これまで電車で顔を合わせたことはなかったじゃない」


「とぼけないでください。確かに顔を合わせたことはありませんが、それならなおのこと不自然です。見かけても話しかけてこなければいいだけじゃないですか」


「あたしがいつ誰に話しかけようが、あたしの自由だと思うんだけどな」


「そうですね。自由です。だから私が兄さんを貴方と話させたくないと言うのも、私の自由ですよね?」


「それは自由っていうより、単にワガママなだけだと思うけど」


「決めるのは兄さんです。兄さんが貴方と話したくないと言えばそれが優先されます。決して私のワガママではなく、兄さんの意思なんですから」


 狭い車内で繰り広げられる口論。

 そこから発せられる空気は、決して良いものではない。

 ちらほらとこちらを見てくる視線を感じるが、その中には当然のことながら、うちの学校の生徒のものも含まれている。

 

「……本人の前で話していて、それ言うんだ」


「いけませんか」


「別に。ただ、ずるいなって思っただけ。それが妹ちゃんのやり方なんだなって、そう思っただけだよ」


 周囲の視線に気付いているのかいないのか、ふたりの会話は終わらない。

 決して声を荒げるようなことはしないが、だからこそ居心地が悪い。

 割って入るタイミングが掴みづらいというか、ここで変に間に入ったら余計拗れそうな予感がする。


「ずるくなんてないです。そういう貴方は、ストーカーみたいなことやってるじゃないですか」


「ストーカー? あたしが?」


 意外なことを言われたかのように目を丸くする天音。


「いつもより早く出てきたのに、待ち構えていたかのように電車に乗ってて、先回りしているような行動を取っているじゃないですか。ストーカー以外のなんだっていうんです」


「それは誤解だよ。というか、ちょっと考えればすぐわかることだと思うけどな。頭のいい妹ちゃんが気付かなかったことが、あたしには意外だったよ」


「……なんですって」


「あたしと昨日会った時、妹ちゃんは学校に着く前に電車を降りたよね。だから今日妹ちゃんは、あたしには絶対会いたくないだろうなと思った。だから時間をずらすだろうなと考えたけど、昨日ふたりは遅刻したよね? なら学校には遅れたくないだろうし、そうなると早く家を出るはず。ほら、簡単な推理だよ。納得できたかな?」


 そう続ける天音に、僕は言葉が出ない。

 幼馴染に考えが読まれていたことが、意外だったからだ。

 

「……穴がある推理ですね。私たちがもっと早く家を出る可能性だって十分あるはず……」


「ううん。それはないよ」


 なおも食い下がろうとするアリスの言葉に、天音が首を振る。

 絶対あり得ないと確信を持っているかのように。その態度がアリスの癪に障ったのかもしれない。


「なんで貴方にそんなことが……!」


「だって秀隆くん。寝起きがすごく悪いもの」


 妹ちゃんは知らないだろうけどね。憤るアリスに、そんなことを、天音は続けた。

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