第15話 十代初めての出禁

 熱いギャンブル勝負の後は、ゲーム屋が開店するまでの間、雑談を楽しんだ。

 曰く、基本的にお金とお金を賭けて戦うのはこの子ぐらいらしい。

 後の三人は、自分達がお金を賭け、挑戦者は金の代わりに罰ゲームを賭けるとかなんとか。

 基本的な流れとしては、この子が挑戦者を無一文まで搾り取って、他の三人と勝負する流れを作るらしい。

 どうやら、俺も一歩間違えれば酷い目に遭っていたらしい。

 まさか、オムツ姿を御開帳させる予定だったとはな。趣味が悪いぜ。

 あのお姉さんっぽい人は、恥ずかしい系の罰ゲーム。部長はトチ狂った罰ゲーム。スポーティな子は、痛みを伴う罰ゲームらしい。

 さすがに、股間にデコピンで千円は安いだろ。俺には、ちょっと無理かな。

 それはそれとして、他にも興味深い話が聞けた。

 表向きの活動を認めさせるために、結構苦労しているらしい。

 たとえば麻雀だが、牌譜や戦績を細かく記録して、牌譜解析や牌効率などを研究しているとのこと。

 既存のボードゲームに対する研究は勿論、自分達でボードゲームを考案したりと、同好会の域を越えた活動をしているらしい。

 朝練すらないテニス部とか、女の子をイジメる野球部とかにも見習ってほしいね。

 と、まあ色々な話が聞けたわけだが、結局あの人らの名前を聞いてないな。二度と行く気はないから、別にいいんだけど。


「しかしたけぇな、ゲームってのは」


 大金を手に入れたつもりになっていたが、新品のゲームを買いあさるとなれば、少々心もとない金額だ。

 中古屋で買いあさるか? いや、現役ハードのソフトって中古でも結構するんだよなぁ。それなら新品のほうがいいかな。どうすんべ。


「三十年くらい前は、一本一万前後したらしいぜ?」

「はは、嘘つけよ」


 三十年前ってドット絵のゲームだろ? あんなものが……。


「熊ノ郷!?」

「よぉ、奇遇だな」


 手の平を向けて、朗らかに挨拶する熊ノ郷。

 なんでコイツがここに? いつの間に真後ろに?

 っていうか絶対、奇遇じゃないよな。まさかGPSとか埋められてないよな?


「お前もゲームを買いに来たのか?」


 ゲーム好きそうだもんな、なんとなく。

 なにやるんだろ、格ゲーとか?

 っていうか、その太ももでジーパンはキツくない? パンパンやん。


「ゲームは親父が買ってくるから、自分ではあんま買わんかな」


 羨ましいこった。

 いいよなぁ、ウチの父親はゲームそんなにしないし、兄妹も妹だからゲームの共有とか、あんまりできんのよなぁ。

 こういう時、年の離れた兄貴がいればいいんだけどねぇ。

 いや、だったらお前、何しに来てん。まさか、おもちゃを買いに来たってわけじゃないだろ?


「そりゃ羨ましいや。ところで親父って、パパ活じゃないよな?」

「次そのつまんねぇ冗談言ったら、蹴り上げんぞ」


 ギャル怖いわぁ……。

 寸止めでも怖いからやめてくれよ、びびったわ。


「ははは、腰浮いてんぞぉ。だっせぇな」

「反射だ、反射。防衛本能」


 マジでやめろよ? そういうことしてると、いつか寸止めミスるんだよ。

 ケガしてからじゃ遅いからな、本当に。


「ガキじゃねえんだから、やるわけないっしょ。佐々木以外に」


 あるんですよ、佐々木君にも人権と痛覚が。

 まあ、別に止めないけどさ。佐々木だし。どんな形でも、ギャルと関われたら幸せだろう。俺も陰キャだから、女の子と接点を持ちたいって気持ちは、よくわかる。


「ちょっとやそっとのことじゃ、アンタに酷いことしねえよ。アタシだって子供欲しいしな」


 あの、それ関係あります?

 貴女の子育て願望と、俺の生殖器って、因果関係あります?


「それで……なんでゲーム屋に? プラモでも買うん?」


 戦車とか好きそうよね、この人。

 ごめん、適当こいた。むしろ『どれも同じに見えんだけど?』とか言いそう。


「いや、なに……ちょっとやそっとのことを越えたヤリチンに、天誅を下そうかと」


 ヤリ……なんだって?

 俺を追ってきたってのは薄々感づいてたが……。

 まさか、見られてた? さっきのギャンブル。


「あのそばかす眼鏡は、誰だ? あ? お前のカキタレか?」


 ちげぇよバカタレ。

 仮にそうでも、ほっといてくれよ。


「ボードゲーム同好会の人だよ」

「ほーん、そんな同好会あんだな。で? どういう仲なんだ?」


 勘弁してくれよ、ゲーム買いに来ただけなのに。

 ……どういう仲なんだろうな、本当に。俺が聞きたいわ。


「ギャンブルした仲だよ。内緒な」


 ここは正直に言っておこう。

 俺が退学になるようなことは、さすがに言いふらさんだろ。


「内緒?」

「そうだよ、熊ノ郷を信頼してるからこそ話したんだ」

「そっかぁ、へへへ。二人の秘密かぁ」


 おっ、効いてる効いてる。めっちゃ嬉しそう。


「可愛い……」


 やべっ、つい本音が出てしまった。


「坂本ぉ、柊木達がいねぇと素直じゃねえか」


 嬉しそうに俺の肩へと腕をまわす。

 本来ならドキドキする場面だが、オムツ取り換えイベントを経た俺にとっては、さほど大したことはない。

 思い出したら泣きたくなってきたよ、同級生の女子三人にあんな姿晒して……。


「んで? なんでギャンブルの相手にパンツ見せてもらったり、チューしたりしたんだよ? 急にジャンケンしたかと思えば、そのままチューだもんなぁ。アタシでさえチューするのに一年以上かかったのに、なんであんな貧相な女があっさりと路上キスしてんだ? アンタは、ああいう子が好きなのか? アタシも眼鏡しようか? 保護具無しでアーク溶接して、視力悪くしようか? ああ?」


 視力低下ですみますかね、それ。絶対にやめたほうがいいし、伊達メガネでええやないの。っていうか別に、眼鏡っ子が特別好きってわけじゃないし。


「お前、いつから見てたんだよ?」


 二時間ぐらい前のことだぞ? 今の話は。

 ずーっと見張ってたのか? 怖いんだけど。


「アンタが家を出るところから、ずーっと見てたに決まってんじゃんか。朝早くに起こすと悪いからよぉ、八時過ぎになるまで待機してたんだよ。偉いだろ? 柊木に先越されるのも癪だから、五時ごろから待機してたんだよ。そしたらアンタが、七時過ぎに外出したから、まさかと思って後をつけたんだよ。そしたら予感的中、どこぞの馬の骨ともしれねぇ女と逢引きしてんでやんの。こちとら忠犬ハチ公よろしく、トイレにも行かず待機してたってのに、笑えるよなぁ。どうした? 笑えよ坂本。膀胱パンパンの状態で、家政婦よろしく浮気現場を目撃して、そのショックで少し漏らしたアタシを嘲笑しろよ! 心の中で笑ってんじゃねぇ! 気遣いのつもりか? 情けのつもりか? 節操なしの浮気者が良い人ぶってんじゃねえぞ! 大量殺人した後に、懺悔したぐらいで天国いけると思ってんのかよ! 女にお漏らしさせといて、今更善人になろうとしてんじゃねえ! 今だってなぁ、少しずつ漏れてんだよ! 太ももに温かい物が伝ってんだよ!」


 コイツの口から発せられる言葉一つ一つが怖い。

 俺の家をどうやって調べたのか知らんけど、それはまあいい。もはや、それぐらいじゃ驚かんよ。

 でもな、朝五時から張りこみって何よ。オッさんだったら即通報だわ。

 後をつけるぐらいなら、声をかけてくれよ。気配一つ感じさせずにニ十分ぐらいストーキングって、なんだよその技術。それはもっと別の分野で活かしてくれよ。特に活用法は思いつかんけどさ。

 浮気も何も付き合ってないし、別にあの子はそういう仲じゃないし、っていうか店内でお経はまずいし。

 それ以前に、漏らしてんの? トイレ行けよ、今すぐ。足まで尿がきてるって、相当だろ。もう下着ビショビショ……ああ、よく見るとジーパン濡れてるわ。


「熊ノ郷! とりあえずトイレに……」

「ああ? 白昼堂々と多目的トイレでセック……」

「いいから処理してこいって!」


 このままじゃ出禁になっちまうよ。考えうる限り最悪の理由で。

 俺も多分巻き添えくらうよ、お経のせいで注目浴びてるもん。


「ほら、すぐそこにトイレあるから行けって」

「トイレまで歩けってのか? アンタ」

「あたりめぇだろ、被害が広がるばかり……」

「だからアンタはアホなんだぁ!」


 どうした!?

 お漏らししてる高校生にアホ呼ばわりされるのは、心外という他ないんだが。

 っていうかデカい声出さないで、注目浴びて良いことなんて一つもないから。


「一歩も歩けねぇよ、バカ夫が。もうパンパンだって言ってんだろ?」

「……」

「さぁ、一緒にカウントダウンしようぜ? ここまできたら、もうアタシにも止められんぞ」

「乗れ!」

「アンタ……!」


 このシャツ……捨てるか……。

 まだ買ったばかりなのに……。


「坂本……」

「気にするな」

「アンタの覚悟が、あと一分早けりゃなぁ」

「何を……ああ……」


 冷房で冷え気味だった体が、局所的に温まったよ。

 ……ズボンと靴下……靴も捨てなきゃダメかな……あっ、パンツも……。

 俺は一生忘れないよ、店員さんが虚無顔で床を清掃していたことを。

 これからどこで買おうかな……ゲームとかプラモ。

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