魔王ベルムファズラ

本が緑色に光っている。

恐らくはマーガレッタさんからの呼び出しだろう。

本をめくる。

すると一軒の大衆食堂までの道のりが記されていた。

この本はとても便利だ。

メールにグー〇ルマップのような案内地図を添付させることが出来る。

さらに目的地までナビゲートしてくれるのだから画期的だ。

大きな本だからかさばりはするが近眼を患って久しい俺からすれば小さいスマホの画面をにらめっこしなくて済むので助かる。

しかしこれはどういった原理で動いているんだろうか。

電波塔が建ってるわけでもないし、アンテナも無さそうなのに。

そんな事を歩きながら考えていたが答えは見つかりそうになかった。

「モトナリ、こっちだ」

マーガレッタさんに呼ばれて彼女と向かい合ってテーブルに座った。

「さぁ、モトナリ、遠慮せずに頼んでくれ、今日は私のおごりだ」

何と言うか自分より年下の女性に奢らせるのは気が引けるが、きっとこれは彼女なりのお礼なのだろう。

それに金銭的な余裕があって、それなりに地位のある彼女からすれば夕食を他人にごちそうするなどと言う行為は慣れたものに違いないと推測する。

しかし、料理の注文の仕方が分からない。

店内を見てもメニュー表などは見当たらないし、テーブルにもそれらしいものはない。

「もしかして注文の仕方が分からないのか?」

「はい、お恥ずかしながら・・・」

「じゃあ、自分の持っている本を開いてみてくれ、そしてオレンジ色のページをめくってみてくれないか」

俺は言われるまま本を取り出すとオレンジ色に光っているページを言われるがまま開いてみた。

すると文字と写真が浮かび上がってきた。

どうやら自分の本がメニュー表になるらしい。

どういう原理なんだ、便利すぎだろ、アプリをダウンロードしたわけでもないのに何で特定の店のメニュー表が出てくるんだ!?

この世界、ぱっと見の外観は中世ヨーロッパのそれかもしれないが中身はちょっと先の未来的な部分が垣間見える。

とりあえず驚いてばかりはいられない。

メニューを注文しなくては。

「じゃあ、オオトカゲの丸焼きとサラダを」

「飲み物は何にするんだ?」

「お酒以外で、かつ適度に甘みと酸味があるような飲み物が好ましいんですが・・・」

「なるほど、じゃあラッゲローセにしよう、よし、注文は終わった」

マーガレッタさんは本をタップしたあと本を閉じた。

「さて、確か国境の話だったな」

「よろしくお願いします」

こうして彼女は語ってくれた。

魔王ベルムファズラとは魔学者であるという事。

危険な人体実験を幾度となく行って来た、所謂いわゆる、マッドサイエンティストらしい。

彼の目的は全ての人族を不老不死にすること。

食べ物を食べなくても生きていけるような体を作り出すこと。

病気にかからないような強靭な肉体を手に入れること。

それが魔王の目的だ。

魔王は独善的なナイトメアという人族らしい。

ナイトメアとは角の生えた顔に幾何学的な痣が発現する色白の人族の事で、基本的には見た目に反して強靭的な身体能力を有する。

ナイトメアの冒険者は高確率でB以上の冒険者になり、Sランク級の冒険者を何度も輩出してきた人族である。

しかしベルムファズラは違った。

ナイトメアとして生まれてきたにもかかわらず、彼は体が弱かった。

しかし、普通のナイトメアには持ち合わせていない頭脳があった。

だから彼は魔科学にのめりこんだ。

そんな時に彼の実の妹が冒険の際に命を落とした。

この地より遥か西の方にある土地に古くからいる魔王ギガンテスを討伐に行ったのだが帰らぬ人となってしまった。

幸いなことに魔王ギガンテスは彼女ら冒険者のお陰で無事封印をすることが出来たらしい。

だが持ち帰られた妹の亡骸を見て、彼は何かが壊れた。

それ以来、彼は狂ったように研究に没頭した。

そして人体実験に手を出して多くの死者を出し、それに気づいたこの国の警察機構が逮捕しようとした直前で行方をくらましたのである。

そして今、特定はできていないがここから離れた場所で研究を続けているかもしれないのだった。


「何と言うか悲しい人ですね」

「そうだな、彼は我々に多くの物を残してくれた、今我々が使っているこの本だって彼の発明品だ。彼が狂う前は魔科学のエーテル科の第一人者で、多くの発明品を世に残してくれたよ」


領土の件に関してはベルムファズラが自治もしないくせに勝手に地図に線を引いているだけで、こちら側は彼の領土主張を一切受け入れていないのが実情だそうだ。

まぁ、それはそうか、テロリストが領土主張をしたところで国際社会が認めないように、かつての偉人とて勝手なことは許されていいはずがない。

しかし困ったことに彼には実効支配するだけの力が備わっている。

あのガザリエスとブレイブはS級の戦力を最低二人以上投入しなければ対抗できないのだ。

「しかしモトナリ、君が私たちを生還させてくれたおかげで本部に情報を届けることが出来た。これで奴らに対して対抗措置がとれる」

「自分のはたまたまです。ですが、こういう話を聞かされると、自分はどうもベルムファズラを憎み切れません」

「私たちも心底憎んでいるわけではない。だが、君たちが救った村だってベルムファズラが勝手に領地など設けたから本来そこに居た魔物が移動して起こってしまった出来事かもしれないんだ。少なくとも彼は今や魔王だ。いかなる理由があろうとも人を傷つけていい理由にはならな、そうだろ?」

「えぇ、仰る通りです」

「モトナリ、折り入って頼みがある」

「何でしょう?」

「君をサーリア聖騎士団の一員として迎え入れたい」

「・・・」

「ダメか?」

「そうですね、ご遠慮したいです」

「理由を聞いても?」

「ただの生存戦略です。自分のランクはCです。そしてあなたがたはB、それだけです」

「君にはランクの垣根を超えるだけの力がある。あの炎は紛れもなくSランク級の威力を持った魔術だった。君に憑いている女神だってSランク、いや、それすらも凌駕する存在だ」

「しかし体力や筋力の少ない自分では確実に足手まといになる場面が出てくる。そんな憂き目にあうのは御免です」

「憂き目だなんて、そんな・・・」

「あの、何か勘違いされているようですから言っておきますが俺は上を目指したくないわけじゃないんです。ただ、今の状態では実力不足なんです、だから」

俺は何気なく天井を見つめて言った。

「ランクがBに上がった時は、よろしくお願いします」

そう言うと、彼女の顔が明るくなった。

「あぁ、その時はよろしく頼む」

そうして丁度料理が出て来た。

オオトカゲはなんだか、鶏肉みたいな味だった。

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