第36話 世界会議②

「さて。日本が提出した報告書、あれはどういうことだね?」


 会議が始まってすぐ、アメリカ大統領鋭い視線が俺たちの方へと向けられた。

 それを受けて、総理が俺たちの方を見る。自分たちの口から話せという事だろう。


「皆さん初めまして、俺は――」

「私はの名はフレア・リリィコード。異世界から来た賢者よ!」

 

 俺が丁寧に挨拶しようとしたのを遮って、フレアが小さな胸を張ってどや顔を決める。


「あー、すみません突然。まずは事の経緯から説明させてください」


 俺はフレアを押し退け、最初にダンジョンの底に落ちて黒風さんを手に入れ、海ほたるダンジョンで彼女の声を聞き、そして玉座の間から彼女を助け出し……というここまでの経緯を簡単に話した。

 もちろん魔帝さんの話とかも含めてだ。


 因みに俺の話す言葉は、彼らの分かる言葉へと変化している。

 フレアの持っている《翻訳》という、使用者と使用者が触れている者の会話を、双方が扱いやすい言語に変換してくれる便利スキルのおかげだ。 

 流石は100のスキルを持つ異世界の賢者様。痒い所に手が届く。


「君たちがここに立つことになった理由は分かった。ダンジョン崩壊を二度防いだ日本の英雄の言葉だ。あまり無下にはしたくない……が」


 そこで言葉を区切り、ギロリとした視線が俺に向けられる。


「それでも君たちの情報は、あまりに信憑性に欠ける。……神の侵攻に、冥王と勇者の最終決戦? 地上にモンスターが現れるだけのこの現象から、些か話が飛躍し過ぎではないか? ……ミス・リリィコード。そもそも君は自分が異世界人だと証明する術を持っているのかね?」


 ……まあ、当然の反応か。


 彼らからしてみれば、『危険を承知でダンジョンで金儲けをしていたが、やっぱり被害が出たか』くらいの感覚なのだ。

 この会議だって『ダンジョン崩壊を協力して対処しよう』という目的で開かれたのであって、そこに突然『ダンジョン崩壊は神の侵攻だ! このままだと神々の手で世界が滅ぶぞ』とか言われても信じられるはずもない。

 なんなら新手の陰謀論だと言われた方が余程しっくりくる。

 実際ダンジョン崩壊が起きてからというもの、そういう与太話はちょっとネットで調べればいくらでも出てくるからな。


「なら、これを鑑定すればいいわ」


 そう言ってフレアが差し出したのは、大きな宝石が付いたロッドだ。

 恐らくあれを鑑定すれば説明文に『異世界の杖、超高性能』とかって出るのだろう。


 ……なるほど、考えたな。

 そう感心したのも束の間だった。


「公にはされていないが、アイテムの説明文を改ざんするスキルがある事は承知している。それでは何の証明にもならんよ」


 フレアの言葉はすげなく否定された。

 そういや、《賢者の親愛》を貰った時も説明文にフレアからのメッセージが付いてたっけ。あれはスキルの効果によるものだったのか。

 

「——っ、それは」


 フレアが言葉に詰まる。

 彼女は見た目通りの善意と無鉄砲さだけでこの世界を助けに来たのだ。

 疑いを晴らす手段までは持ってきていないのだろう。


「他に証明のしようがないなら、事の真偽は時間をかけて見極めるしかあるまい」

「——っ、それじゃダメなのよ! 既に20以上のダンジョンが崩壊してしまっている。今すぐに動いても間に合うかどうか分からない! 迷っている時間は、もうあなたたちにはないの!」


 突き放すような大統領の言葉に、フレアが叫ぶ。

 知らない世界で疑われて、それでも涙を浮かべて訴えるその姿は、正直胸を打たれる。

 だが、ここは世界の傑物が揃った世界会議の場。

 感情だけで彼らを動かすことは出来ない。


 とはいえ……恩人が泣きながら訴えているのを無下にされるのは気分が悪いな。


「なら、俺のスキルを好きに鑑定すればいい。そうすれば嘘ではないと分かるはずだ。それでも足りなければ、この装備も調べてくれて構わない」


 大統領の言葉を遮り、俺は収納カバンから黒い灰の降る世界で手に入れたカースドシリーズと魔帝シリーズを取り出し、ドン!と机に叩きつけるように置く。


 ……俺は、彼女の勇者だからな。泣いてるのを黙って見ているわけにはいかない。

 まあ俺のスキルと魔帝装備と呪いの装備、この3つが揃えば流石に空想だと否定するのは難しいだろう。どれも性能バグってるし。


「確かに、スキルも装備も恐ろしい程に強力だ。各国の鑑定士が揃って騙されていないとも限らないが……君たちの言葉をある程度信じてもいいだろう」


 しばらく鑑定作業が続き、結果が出ると大統領は白々しくそう言った。

 言い方は若干鼻につくが、まあとりあえず信じて貰えたようでよかった。


「だが、如何に君が強かろうと、世界の命運を任せていいかどうかはまた別の話だ。私は、自国の英雄を最も信じている」


 そう言って大統領は『アメリカ最強』ジョージ・スティーブンへと視線を向ける。


 常人より3回りくらい大きい金髪の男。

 拳で山一つ消し飛ばしただの、力が強過ぎて住める家がないだの、彼の逸話は俺もいろいろと知っている。

 その強さは、あの猫宮さんですら敵わないだろうと言われているほどだ。


「そしてそれは、この場にいる全員が同じ思いだ。誰もが自国の英雄に世界の命運を託したいと思っている」


 ……なるほど、そういうことか。

 

 言われて、俺は理解した。

 俺とフレアの必死の計画が、醜い政治に利用されていることに。

 彼らは端から俺たちを疑ってなどいなかった。

 ただそういうポーズを取ることで、自分たちに都合のいい展開に持っていこうとしていただけだったのだ。


 防衛に勤しむべきこの時に、各国のトップ冒険者がこの場に集められた理由。それはつまり──


「だからこそこの場で一番強き者を決め、皆の気持ちを統一しようではないか。──【勇者選抜】を、この場で開催しよう」


 かくして様々な思惑が入り乱れる中、世界会議は勇者選抜の場へと形を変えたのだった。

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