第9話 一番最初の復讐相手
俺を終わらせるはずだった牡鹿の鋭い蹄が、突如として足ごと根元から消え失せる。
「……は?」
俺はあまりの事にわけも分からず乾いた声を上げた。
分かっているのは一つだけ。
レベルアップの時に似た謎の声が響いて、その直後俺の全身に渦を巻くように黒い風が吹き、牡鹿の足が消し去ったのだ。
黒い風は、どことなくこの世界に降り注ぐ黒い灰に似ていて不吉な感じがする。
「だがまあ、こいつが何なのかはこの際どうでもいい。この場を生き残れるなら、神だろうが悪魔だろうが魂を売ってやる」
俺は己を鼓舞する為に雄叫びを上げ、牡鹿に向かって一歩踏み込む。
それを見た牡鹿は消えた右前足を庇いながら一歩後ずさった。
だがそれでも逃げずに俺を真っすぐに見据えている。
本能が危機を感じ取っているのに、今の今までただのおもちゃに過ぎなかった奴に臆するのをプライドが許さないのだ。
「なあ、どうだよ。散々弄んだ下等生物に追い込まれる気分は」
いつしか俺の顔には酷く歪んだ恍惚とした笑みが浮かんでいた。
今鏡を見たらきっと、己の内に潜んでいた残虐性に飛び退くことだろう。
「さあ、お前が俺の最初の復讐相手だ」
全速力で駆け、牡鹿との距離を縮める。
それは、今日ここまでの間で何度も繰り返された俺と牡鹿との攻防と同じで。
違うのは、互いの置かれた立場だけ。
高いステータスで強化された俺のダッシュはそこらの獣並みに早いが、それでも牡鹿のスピードには数段劣る。
躱そうと思えば簡単に躱すことが出来るだろう。
けれど牡鹿は微動だにせず、今までと同じように俺の突進を真正面から受け止めた。
——そして。
「フォォォォォォオオオオオ……………オ」
僅かな抵抗もなく牡鹿の身体を通り抜けた俺に向かって、今までで一番力強い声で一鳴きすると、胴にちょうど人一人分が通れる程の大穴をぽっかりと空けた牡鹿は、そのまま青白い光の粒子となって消え去った。
『〈狂王〉ジェノサイド・イビルディアを討伐しました。レベルが82に上がりました』
無機質な謎の声が、レベルアップを告げる。
「……終わった、のか」
俺は一気に気が抜けて、その場によろよろとへたり込む。
黒灰による身体の異常は消えていたが、一応エリクサーを1本煽った。
それでも、激戦による心の疲労までは消えず、俺はしばらくわなわなと震えていた。
それから少し時間が経って。
「7レべも上がるって、あの羽でか蝙蝠何匹分の強さだったんだよ……」
だいぶ遅れて謎の声アナウンスにツッコミを入れつつ、俺はよろよろと立ち上がる。
牡鹿のドロップ分は2つあった。
1つはあの角に付いていた紫色の目によく似た宝石。
目が開いて俺を見てくるんじゃないかと恐る恐る触ったが、何もなかったのでひとまずポケットに放り込む。
そしてもう1つ。
それは、待ちに待った大本命。
「肉……うおおおおおおおおおおおっ! 肉だああああああああああああああっ!」
牡鹿を倒した黒い風の事とか、レベルアップしたステータスとか、気にすべきことは山ほどあるのだろう。
けれど俺は、その全てを無視。
何もかもをかなぐり捨てて、感じる飢えのまま地面に転がる生肉にダイブしかぶりついたのだった。
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