救世主(メシア)ガレのお料理教室! 〜厄介モンスターを調理したら、何故か崇拝されました〜
禄星命
第1話 その者、白き衣を纏いて
時は
『終わりだ。終わりだ。もはや人類は……いや、世界は。滅びを受け入れ、僅かな猶予に涙を呑むほかないのだ』
誰かが放った絶望の言葉。その暗澹は尾ひれをつけて広がり、果ては世界から戦争を奪った。皆、資源を奪い合う気力すら湧かなくなったのだ。
……だが。人類が終末も秒読みだと叫んだ時。図らずも、ひとりの少女が立ち上がった。
◇◇◇
場面は、荒廃した山岳地帯に切り替わる。
冷たい風、鉛色の空。そびえる岩肌は、人が二、三人横並びになれる程度に削られている。恐らくここはかつて、辺り一帯のエネルギーを賄う鉱山だったのだろう。錆びついたレールとトロッコが、主人の帰還を待っているのがその証拠だ。
「――♪」
しかし。そんなことはお構いなしに、ひとりの少女が現れた。……桃色の長髪を二つに結んだ、ワンピース姿の少女が。
「ふんふふ〜ん♪ らんららら〜ん♪ 目指せ〜、世界で一番コックさん〜♪ 師匠の味を〜、受け継ぐの〜♪」
青い瞳に微笑みをたたえる彼女は、自分が今何処にいるのか理解しているだろうか。背負うリュックからは調理器具の柄がいくつもはみ出ており、私は一層首を傾げる。
「……んー、このあたりはあまり収穫が無いかもですねぇ」
ヘッドドレスのリボンを揺らしながら、左右を見る少女。それもそのはず、此処には草の一本すら生えていない。飛び抜けた生命力を誇る、あの黒く艶がかった厄介者すらいないのだ。
「けどけど、それでもガレは頂上まで行ってみるです! もしかしたら、未知の生き物や新種の植物と出逢えるかもしれないですから!」
妙に大きな独り言で、自身を鼓舞する少女。ここまで聞けば、少し風変わりではあるものの、概ね平凡な少女と皆口を揃えてくれるだろう。しかし彼女には、ひと目で
◇◇◇
休むことなく登り続けた少女は、やがて二手に分かれた道を前に立ち止まる。左は口の大きな洞窟、右は細い崖道。どちらを選んでも、ただでは済まないラインナップだ。されど少女は、踵を返すことなく腕を組む。
「う〜ん、迷うです……。こういうときは――」
少女はリュックを下ろすと、その裏に潜んでいた、桃色の尻尾を露わにした。……一体何を始める気なのだろう。呆然と眺めていると、それは振り子のように左右に揺れ動く。
「どーちーらーに、しーよーうーかーな? ガーレーのーアーンーテーナーの、みーちーびーきーの、とーおーり!」
間延びした声の終わりとともに、止まる尻尾。指し示したのは、左の道だった。
「ふふっ、たまには運試しも良いものですね〜」
リュックを背負い、ランタン片手に歩を進める少女。周囲の岩肌も相まって、一端の冒険家のようである。立派な後ろ姿に胸を打たれていると、少女は急にしゃがみ込んだ。
まさか体調を崩したのだろうか。案じていると、少女は突然右手を挙げる。
「良いものみっけ! もし次も道が分かれてたら、これを使ってみるです!」
……落ちていた木の棒を拾っていただけだった。どうやら彼女は、独り立ちから三年経ってなお、幼いままらしい。私は教育を間違えたのだろうか。思わず頭を抱えると、突如空気が熱を帯びる。
「えっ!?」
反響した声に、地面がグラグラと揺れる。決して少女の声が引き起こしたのではない。震源は、彼女の眼前。――揺らめく炎に囲まれた、巨大な黒塊だった。
「あれは……、モンスターさん……ですよね?」
揺らめく炎を枕に横たわる、三十メートルを優に超える山岳の主。特筆すべき点は他にもあり、頭は三つ、手脚はなんと六本も有していた。
――その姿は、世界を絶望に陥れたドラゴンそのものだった。本能が「逃げろ」と警告する。幾度となく巨大なモンスターを退治してきた私ですら、肌が粟立って仕方ない。すると案の定、少女は肩を震わせる。
「〜〜〜っっっ、やりました!! 運試し成功ですー!」
……歓天喜地。こともあろうに彼女の瞳は、ドラゴンを映して輝いた。
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