強すぎた男の物語

in鬱

オリジナル

 「ここにいましたか」


 スーツ姿の男が山の奥にある家を訪ねた。片道3時間以上をかけ、訪れるのには訳がある。

 スーツの男は家の中を無断で入り、庭へ向かう。庭には花に水をやる住人がいた。



 「もう俺に用は無いだろ。ゆっくりさせてくれ」


 住人は男が来たのを感じ取り、水をやる手を止めた。1つため息をついて、スーツの男の方を見る。

 その表情は呆れ果てていた。

 


 「あなたの力が必要なんです。”オリジナル”の力がいるんですよ」


 「あの開発は終わっただろ。俺の力は必要ないはずだ」


 「えぇ。ですが、致命的な欠陥がありまして。再度戦闘データを取らせてほしいのです」


 「俺はもう関わらないと言ったはずだ。俺に近寄ってくるな」


 「そうしたいところですが、どうしてもということなので」


 住人はスーツの男の言葉に頭を悩ませた。スーツの男との関係はもう終わったと思っていたからだ。

 それが片道3時間以上かけて森の奥までやってきた。



 「国はエージェントであるあなたの力が必要なんです」


 「俺一人に頼る国家で何ができる」


 「あなたの力はそれほどに強大ということです」


 「それに私たちはあなたに無理強いはしません。親切な方だと思いますよ。我が国が他の国に乗っ取られれば、あなたは無理にでも戦わされる。あなた自身を守るためにも力が必要なんです」


 「どうかお力添えを」

 

 住人はさらに頭を悩ませる。力を貸すことが自分自身のためになるというのは言われなくても分かっていた。

 さらに力を貸してくれと頼むということは窮地だということ。無理に戦闘を強要されるくらいなら力を貸した方が賢明だというのも分かっている。



 「どこで戦えと?」

 

 「北東にある山岳で敵の軍勢を追い返して欲しいと」


 「防衛戦か。追い返すだけでいいのか」


 「出来るなら機甲部隊を中心に破壊していただきたい。敵兵の何人かは生かして返して下さい」


 「生かして?」


 「その方があなたの怖さがちゃんと伝わりますから」


 住人は、気乗りはしないが自分ためと言い聞かせた。



 「こんな山奥に住まなくてもいいでしょう。こちらも連絡をしに行く際、3時間以上かけるのは面倒なんですが」


 「面倒ごとが嫌なら来なきゃいいだろ」


 「こんなところ何がいいんですか?不便でしかないでしょう」


 「戦場にいないお前には分からないだろうな」


 「お前らは戦えと言うが戦場がどのような場所か分かっているのか?」


 「地獄のような場所だと察していますが」


 「地獄か。抽象的だな。あの場所は血の匂いと火薬と鉄、何かが焼ける臭い。いるだけで気分を害するような場所だ」


 「だから、何もないときは自然に囲まれて暮らしたい。本来の自然の匂いを感じながらな」


 スーツの男は分かったのか分かっていないのかどちらとも言えない表情を見せる。

 住人はスーツの男を横目に準備を始める。



 「いつでもいいだろ」


 「えぇ。好きなタイミングでどうぞ。あなたに全てお任せします」


 「健闘を祈ります。”羅雪”」

 

 準備を終えた住人はスーツの男の前から一瞬で消えた。住人がいなくなった後、スーツの男は家を後にした。


 



 ――――――――

 ~3日後の北東の山岳地域~

 


 「おい。何か向かってきてるぞ!」


 「人か?なぜ一人で?」


 「とうとう頭でも狂ったか」


 深夜近く敵の偵察部隊が人影を捉えた。数は一人。一人で降伏でもしてきたかと油断していた。



 「あいつ剣持ってるぞ」


 「剣で突撃でもしてきたか」


 「サムライみたいだな」


 どんどん寄ってくる人に対して敵は警戒をせず、自分たちで片付けられると思っていた。



 「おい。あいつしゃがんだぞ」


 「降伏か」


 「いや手を挙げていない。何をする気だ?」


 「でも戦闘をする意思は見えないぞ」


 「確かにな。降伏のポーズとして受け取っていいんじゃないか」


 「上に連絡するか」


 敵は突如現れた目の前の男が降伏したと見て上層部と連絡を取ろうとした。その時しゃがんだ男の右手の人差し指が地面に触れた。すると大きな揺れが発生した。

 敵軍は突如発生した大きな揺れに混乱した。その隙に一人で現れた男が持っている刀で敵兵、兵器を次々に破壊した。

 刀一本で敵陣地を切り裂いていった。敵戦車を一刀両断し、人の骨を断つ。その様相に敵兵はさらにパニックになった。

 見通しの悪い山でどこから斬られるか分からない恐怖に敵兵の気力は削がれた。

 この男の前では兵器すらも無意味だと気づいた本部はこの地域から撤退した。





 ――――――――


 任務を終えた羅雪は山奥の自宅に戻った。すでにスーツの男が家に居た。羅雪の代わりに、花に水をやっていた。

 スーツの男を見た羅雪は舌打ちをした。

 


 「お見事でした。敵国にもあなたの恐ろしさは十分伝わったことでしょう」


 「これでもう終わりにしてくれ」

 

 「だといいですね」


 「おかげで良いデータが取れました。ありがとうございます」


 「早く完成させてくれ。そうすれば俺の出る幕も無くなる」


 ある兵器開発のために足りないデータを先の戦いで取っていた。このデータで開発は一歩前進する。

 この国は4年前に隣国に対して宣戦布告した。早期決着が見込まれていたが、実際には4年間戦争を行っている。

 膠着した現状を打破するために人並外れた能力を持つ羅雪に協力を仰いだ。羅雪の参戦により終わりの見えなかった戦争も終わりに近づいている。そして、羅雪の力に目をつけた国は強大な力を軍に取り入れようとしていた。

 それが新型の兵器開発である。その内容は羅雪も知らない。戦闘データを取ったりすることから大掛かりな研究であることは分かっていた。兵器開発が始まってから”オリジナル”と呼ばれるようになった。羅雪自身は気にはしていない。



 「それにしても地震を起こすとはやってくれましたね」

 

 「手段を選ばない性格なのは知ってるだろ」


 「だとしてもですよ。震度6強。民家にまで被害が出ています」


 「山岳地域の民家に被害が出たところでお前ら国の利益に傷1つないだろ」


 「そういう問題ではありません。今回は厳重注意で済ませます」


 「いっそのことクビを切ってもらって構わない」


 羅雪は荷物を片付けると庭に向かい、大きく深呼吸をした。

 スーツの男も水をやる手を止め、羅雪の方を向く。



 「自然に囲まれるというのは落ち着くものですね。日々の喧騒を忘れられます」


 「…………」

 

 「しばらくはここに来ませんよ。安心してください」


 「もう会いたかねぇよ」


 「それはそうですね。私も3時間以上掛けてくるのはごめんです」


 「初めて気が合ったか」


 「かもしれませんね」


 スーツの男は表情を緩めると羅雪の元を離れ家を出た。



 「あなたとは色々ありました。大変でしたよ」


 「こっちのセリフだ」


 羅雪が見送りに来ていることに気付いたスーツの男は立ち止まった。



 「私たちはあなたに頼り過ぎました。ですがそれも終わりです。どうか平和に暮らしてください」


 「今更か」


 「あなたは戦場にいる時間の方が人生の中で長い。だからこそ、平穏というのを大切にしていただきたい」


 「もうあなたと会うことは無いでしょう。お元気で」


 「…………」


 スーツの男は近くに止めてある車に乗り込むと山を下って行った。羅雪は車が見えなくなるまで見送っていた。

 車が見えなくなると庭に戻り、水やりの続きを始めた。

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