第41話 二人少女
ドアを開くとその向こうに、麗華がいた。
野に咲く一輪の花のように、凛とした姿勢で背を伸ばして、涼し気に微笑んでいる。
「こんにちは、陣」
「ああ。どうしたんだ、急に?」
「お父さんの実家からぶどうを送ってきたから、お裾分けしようかと思って。送るより、直接持ってきた方が早いでしょ?」
ここと麗華の家とは意外と近く、歩いて十五分ほどの距離にある。
なので言っていることは一理あるのだけれど、急に来られるとさすが心の準備ができない。
「……そうか、ありがとう」
「ねえ、ちょっと、上がっちゃダメ?」
「あの、えっと、今はちょっと……」
まごついていると、後ろから姫乃が姿を見せた。
「陣、上がって頂いたら?」
「あれ、あなた……姫乃さん?」
「こんにちは、麗華さん」
美少女二人が顔を見合わせる。
姫乃は真顔で麗華を見つめ、麗華は一時目を見開いていたものの、すぐに元の涼やかな表情に戻った。
「ま、じゃあ、入れよ」
「……ありがとう。お邪魔します」
三人でリビングに移動し、応接用のテーブルを挟んで二人が向き合って座り、その間に俺が腰を下した。
「あの、せっかくだから、ぶどう洗って、みんなで食べようか?」
「そうね、うん。お願い」
麗華がにっこりと頷く。
「まさか、姫乃さんがいらっしゃるとは、思わなかったわ」
「私も、麗華さんが来られるなんて、思ってなかったです」
「ごめんなさい。家が近くなので、ちょっと陣の顔を見ておこうかなとも思って」
「……」
「あら、これって、文化祭の準備?」
テーブルの上に広げてあった関係資料に目をやって、麗華が問い掛けた。
「ええ、そうだけど」
「これって、一般の人も入れるのかしら?」
「事前に入場券を買ってもらえたら、入れるはずよ」
「じゃあ陣にお願いしようかしら。ねえ、陣! 私も見に行っていい、文化祭?」
「別に止めはしないけど、お前一人で来るのか?」
「そのつもりだけど? 陣に案内でもお願いしたいわ」
「……!」
終始和やかに話す麗華に対して、姫乃は表情が硬く、俯き加減だ。
「はい、ぶどう洗ってきたよ」
「わあ、美味しそう!」
緑色に光る実を指先でつまんで口に入れ、麗華は目を細めた。
「ねえ、姫乃さんは、いつから陣の家に来るようになったの?」
「夏休みの前くらいからだけど。一緒に宿題をしたりとかで」
「それって…… 二人で?」
「そうだけど」
その言葉に、それまで笑顔だった麗華が、表情を陰らせた。
気まずい。
お互いに気を使っているのかけん制しあっているのか、目を合わせないし言葉に冷気を感じる。
沈黙の時間が続いて、二人とも黙々とぶどうを口に運ぶ。
「あ、俺、お茶でも入れてこようかなあ……」
「あ、ありがとう。私できたら、紅茶がいいわ」
「……私はコーヒーね」
「はいはい……」
席を立って、何か間をつなぐ話題がないか頭を使ってみるも、二人に共通するような適当なものは見つからず。
己の会話力の無さを嘆きながら、そのまま何の成果もなくリビングへと逆戻り。
「……えと、コスプレ喫茶か、なんだか面白そうね。二人は、どんな格好をするの?」
「いや、俺たちは裏方だから、なんの予定もないかな」
「えー、もったいないじゃない、せっかくの機会なのに」
そんな風に言われると、その気になってくるから不思議だ。
確かに、コンセプトになった話の中に、お気に入りはいるけど、あまり考えていなかった。
「そうだな。せっかくだから姫乃も、メイドさんやってみるか?」
「……あなたが殺人ピエロにでも扮するのなら、考えてもいいわよ」
「いいよ。俺、なるならそれがいい」
「えっ、まじ……?」
「ああ、俺は悪役が好きだし、あの外面に似合わないストイックさがいいと思うんだ。今度白石さんに相談してみようかな」
「ええ~……」
昔から、主役や正義の味方じゃなく、悪役の方に感情移入してしまう。
最後にはやられてしまうとしても、物語を引き締めるキーパーツだし、滅びの美学のようなものに惹かれるのだ。
「あ、あのね、陣……やっぱり私……」
「よし。結構面白くなりそうだな、うん!」
「ねえ、あの……」
「姫乃は、メイドさん決まりな!」
「ちょっと……」
姫乃が何かを言い繕おうかとしているけれど、そこはお構いなし。
「そう言えば、麗華の方は、文化祭とかあるのか?」
「ええ。うちのクラスは写真とかの展示をやるって。あ……陣、これ見てくれる?」
そう言って麗華は、スマホを取り出して何やら操作してから、画面をこちらに向けた。
そこには、真っ暗な中で瞬く無数の光が映っていた。
「これ……夜景?」
「綺麗に撮れてるでしょう? この前一緒に横浜に行った時のやつ」
それは空中から市街の夜景を収めた写真で、おそらく観覧車の上から撮影したものだ。
海や空の暗さと街の灯りのコントラストが、素人目にも綺麗だと思える。
「これ、出し物に使おうかと思うんだ」
「そうか。確かに綺麗だけど」
「ねえ、横浜って……?」
「あ、この前一緒に行ったのよね、陣?」
「…………」
姫乃は黙ったまま、顔が見えなくなるほど深く俯いた。
このことは話していなかったし、聞かれたくはなかったけれど、もう遅い。
「……私、そろそろ帰ろうかな……」
そんなことを言い出して。
「あのさ、姫乃、一緒に夕飯食べるんだろ? あの食材どうするんだよ?」
「そんなこと言ったって……」
「夕飯?」
「あ……この後、一緒に夕飯作って食べようかって、姫乃と話してたんだよ」
「そう……なんだ……」
今度は麗華の方も、顎を引いて黙りこくってしまった。
なんだろう、この展開。
色々と黙っていた俺が悪かったのかもしれないけれど、なんだか暴露合戦のような様相にもなってきて、先ほどから冷や汗が止まらない。
「えっと…… じゃあ、あんまりお邪魔したら、悪いかな。これ飲んだら、私帰るから……」
「ああ、すまん。そうするか……?」
気まずさを察してか、麗華は紅茶を飲み干してから、席を立った。
そして「また来るから」と言い残して、ドアの先に消えていった。
二人きりになっても、すぐには余韻が消えるはずもなく、姫乃はソファに座ったまま動かない。
「姫乃、続きやろうか……?」
「陣?」
「はい」
「隠し事はやめてねって、話したよね?」
「はい。別に隠してたつもりでもないんだけど……」
「もう…… 細かくは聞かないけどさ…… ちょっと悲しい」
「……ごめんなさい……」
麗華にどうしてもとお願いされてのことだったけれど、俺自身が決めたことだし、下手に言い訳するとまた墓穴を掘りそうなので。
ここは姫乃推しの俺としては平謝りで。
「いいわ、もう。続きやりましょうか」
「うん。そうしよう。えっと、俺が殺人ピエロで、姫乃がメイドさんに追加、と」
「ちょ……だから、それは……」
「だめ、取り消しなし」
「陣~~!!」
納得しきっていない顔の姫乃だったけど、自分の配役の話しになると、普段の調子に戻って、顔を赤らめて突っかかってきた。
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