第14話 追跡者
本格的な夏を迎えて、日差しが肌に痛い日々が続いている。
今日は水曜日、バイトのシフトが入っている日だ。
授業が終わって席を立とうとすると、前の方の席で姫乃と真壁さんが話をしていた。
廊下を歩いているとスマホが震えて、見ると姫乃からの着信が入っていた。
『今日バイトでしょ? 校門のところで待っててよ』
『はい、了解』
軽い返信を返してから校門の前でぼーっとしていると、姫乃にぽんっと肩を叩かれた。
「おまたせ、行こ?」
「うん」
洋食屋Tanyの味をよほど気に入ってくれたのか、姫乃は今日も店に来てくれるという。
俺としては姫乃と同じ時間と場所を過ごせるのでウェルカムなのだが、高校生のお小遣いで足しげく来てもらって大丈夫なのかと心配にもなる。
「なあ、姫乃、来てくれるのは嬉しいんだけどさ?」
「うん?」
「お小遣いの方って大丈夫?」
姫乃はキョトンとした顔になってから、ぷっと噴き出した。
「あなた、そんなこと心配してくてたの?」
「だってさ、普通の高校生が普段使いするには、ちょっとお高めだと思うからさ」
「大丈夫よ。うちの親からちゃんともらってるし。うちって両親共働きで夜いないことが多いから、適当に食べといてって日が多いのよ。それ用の軍資金があるから、多少は大丈夫なのよ」
「そっか、ならいいけど。でもそれって、うちの家と同じだな」
「そうなの?」
「うちの親も夜は忙しいから、家にいないことが多くてね。だからあの洋食屋に入り浸ってご飯食べさせてもらっているうちに、バイトまでさせてもらえるようになったんだよ」
「ふうん。じゃあ結構昔っから?」
「うん。小学校の頃からずっとかな」
うちは昔から母さんと二人暮らしで、母さんはフルタイムで働いている。
だから、母さんの姉であるマスターの奥さんにお願いして、俺がお邪魔することが多かったのだ。
マスターも穏やかでいい人なので、お陰で寂しさを感じたことはない。
電車で移動してから、バイト先に続く石造りの歩道を歩きながら、
「ねえ陣、試験勉強とかってしてる?」
「いや、まだ全然。確か来週からだっけ?」
「そうよ。この土日は、つめこみかなあ……」
姫乃が溜息をついて、口をへの字に曲げる。
もうじき、恐怖の期末試験がやってくるのだ。
「私、中間試験の時ってずっとイベントだったから、あんまり勉強ができなくで散々だったのよ。だから今回は頑張んないと、やばいんだ」
「そっか。勉強とイベントの両立って、大変なんだろうね?」
「それなりにはね。レッスンを受けてみんなと喋って、家に帰ったらへたり込むような感じだったから。慣れてる子達は、そうでもなかったのかもだけど、私は全然ついて行けてなかったから」
「でも、それであそこまでいったんだから、凄いと思うよ」
「そうかなあ」
「うん、姫乃推しの俺が保証する。だから勉強もきっと大丈夫だよ」
何の根拠もない保証で申し訳がないけれど、それでも姫乃はくすっと笑ってくれた。
そういう俺も他人ごとではない。
前回の中間試験は、一部の教科を除いて惨憺たるものだったので、母さんからやんわりとお小言を貰っていたのだった。
うん、明日から、頑張ろう。
洋食屋Tanyのドアを開けると、いつもの調子でおかみさんが出迎えてくれた。
「あらお二人、いらっしゃい」
「どうもっす」
「こんばんは、お邪魔します」
姫乃は前回の時と同じ場所のカウンター席に座り、俺は着替えをしてからカウンターへ向かった。
「クリームコロッケでしたっけ、お客様?」
「おう、それで頼むよ、君」
マスターにオーダー伝えると、
「陣君、そこの鯵が余ってるから、良かったら一緒に出してあげなさい」
「え、いいんですか?」
「うん。綺麗な子だね」
「……そうですね」
普段寡黙なマスターが、お客さんのことについて話をすることはあまりないので、珍しい。
姫乃のことがお気に召したのかもしれない。
クリームコロッケと鰺フライの準備をしていると、何やらフロアの方が騒がしく聞こえてきた。
「……で、あんたたちが!?」
「……てきたのよ」
「よ、姫乃。ここが……」
女の子が何人かで喋っているようだが。
おかみさんが微笑ましい表情で厨房に顔を覗かせて、
「陣君、ちょっと来て」
「はい」
カウンターに顔を出すと、そこには驚きの光景が広がっていた。
「こんばんは、陣君!」
「よう、陣!」
恐縮気味に肩をすぼめる姫乃の両横に、ツインテールのロリっ娘と、すまし顔で体格のよい美少女が陣取っていた。
言うまでもなく、真壁さんと戸野倉さんだった。
「陣君、お客さんじゃなくて、店員さんだったんだね!?」
「そうだけどさ…… なんで二人ともここに?」
「葵と一緒に、つけてきたんだよ。多分今日も、二人でどっかへ行くんじゃないかってね」
「……すまない。姫乃と陣、最近怪しかったから、つい気になってな……」
「怪しくないし、別に!!」
二人に挟まれて、姫乃が顔を赤くしている。
「陣君、お友達?」
「はい、高校で同じクラスでして」
「あらあら、今日は可愛い子達でいっぱいね」
おかみさんは嬉しそうに、カラカラと笑った。
何事かとチラ見に来ていたマスターも、ふっと笑みを漏らしてから、すぐに厨房へと消えていって。
「で、陣君がお料理作ってくれるの?」
「うん、一応ね…… なにか食べる?」
「うん。何かオススメはあるの?」
ちょっと前に同じようなことを訊かれたなと思い出しながら、
「どれも美味しいと思うよ。クリームコロッケは、いつもすぐに無くなっちゃう人気メニューで……」
「じゃあ、私それ!」
「私は、ハンバーグとエビフライのコンボ。ライス大盛で頼むよ」
「了解」
「ふふっ、今日はこれで、クリームコロッケは終りね」
おかみさんはふふっと笑みを浮かべ。
厨房に戻ってマスターにオーダーを伝えると、
「陣君はコロッケを頼むよ。他はこっちでやるから」
「はい、ありがとうございます」
「……最近人気者だな、陣君」
「いや、そんなことは……」
少し照れながらクリームコロッケの準備をし終えると、オーダーに無かった鰺フライや他の具材がのった皿もできていて、
「はい、これは俺の奢り」
と言って手渡してくれた。
「おまちどおさま…… ちょっと狭いかもな」
「陣、そのおっきなお皿、なに?」
「マスターから、差し入れだってさ」
「わーい、ありがとうございます。マスター、大好き!」
戸惑い気味の姫乃の横で、真壁さんが屈託のない笑顔を振りまく。
三人一緒に食べるのならということで、後ろのテーブル席に移動してもらって、そこに皿を並べた。
テーブルいっぱいに料理とグラスが広がって、見た目はなんだかパーティっぽい。
「陣君、これ食べきれないかもだから、ここ一緒に座ったら?」
「ちょっ…… 純菜、陣は今仕事中なのよ?」
そんな様子を微笑ましく見ていたおかみさんが、
「陣君、あっちいっていいわよ。夕飯まだでしょ?」
「あ、はい。ありがとうございます」
今日見ていて思ったけれど、この三人の中では、一見大人しく見える小さなロリっ娘が、実は一番天然で押しが強いのではないだろうか。
姫乃に内緒で勝手にオーディションに申し込んだのも彼女らしいし、恐らく今日の追跡も、彼女の発案なのだろうし。
全部悪気は無さげで、憎めない感じだけれど。
こうして俺は、思いもかけずに急遽開かれた女子会に、陪席することになった。
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