全国公開オーデで12番目の彼女が俺の推しになった

まさ

第1話 12番目の彼女

「はい、次!」


 梅雨明け間近の空から太陽が照り付ける中、体育担当の教師の号令で、男子二人ずつでスタート地点に靴先を揃える。

 高く掲げられていた右腕が振り下ろされて、「スタート!」の掛け声とともに、同時にダッシュを開始する。

 目指す地点は、50メートル先のゴールに引かれた白線。


 体育の授業で、50メートル走の記録取りの最中である。


「はい次!」


 機械的に淡々と進む中で、この俺、畑中陣の順番が回って来た。

 隣は日焼けした肌が眩しい長身のイケメン男子だ。

 確かサッカー部の部員だったかな。


 号令とともに同時に駆けだして―― 歯が立つわけがない。

 圧倒的に水を空けられ、奴はクラスの女子に白い歯を見せて親指を立てて笑っている。


「えっと君は、8秒丁度ね」

 計測係の生徒が俺のタイムを読み上げるが、平凡は数字だな。


「お疲れ、陣。速かったじゃん」

「ありがとう。まあ、お前等よりはな」


 縦にも横にも大柄な木原勇治と、それとは対照的に細く小柄な榎本周作が、笑って俺を迎えてくれた。

 ここ晴嵐学園高等学校に入学してまだ3か月ほどだけど、同じクラスになって、趣味や雰囲気が互いに似ていたこともあって、話すようになった。


 昼の休憩時間、俺たち陰キャ3人はいつものように教室で一か所に集まって、ランチを共にする。

 二人は多分お母さんが作ってくれたであろうお弁当を持参、俺は登校途中にコンビニで買った調理パンをかじっている。


「しかし一条さん、惜しかったよなあ~」

「言えてる。あと500票あったら、芸能デビューだったもんね」

「なあ、それって、例のオーディション番組のことか?」


 話題についていけていなかった俺は、二人に質問した。


「ああ、そうだよ。あいつ、全体で12位だったんだ。あと1つ上なら、新ユニットでデビューだったのになあ」

「俺も同じクラスのよしみで投票したけど、ちょっと足りなかったみたいだね」


 二人が話しているのは、この半年間ほど、巷を賑わせてきた、ネット配信番組のことだ。

 主に18才前後の女の子達が200人選ばれて、色んな課題やイベントをこなしながら、最終11人でユニットを組んでの芸能デビューを目指していく企画だ。

 歌、ダンス、ラップ、作詞作曲、メンバーを纏めるリーダーシップ…… そしてチームを組んでの歌と踊りのパフォーマンス。

 途中で放映される練習風景には笑いあり涙あり葛藤あり、少女たちの真摯な素顔が見れるとあって、かなりの人気を博しているようだ。


 一般視聴者の投票によって順位が決められ、段々と人数が減っていって、最後に残るのは誰か?

 その最終審査が、昨夜あったのだ。


 クラスメイトの一条姫乃が参加しているらしいといった噂が広まったのは、入学して間もない頃だった。


「おい、うちの学校から出ているやつがいて、けっこういいとこにいるみたいだぞ」

「うわ、可愛い! 俺、推しになろうかな」

「きゃ~、この子可愛い! 今度お話しちゃおかな!!」


 周りからそんな声が多く聞かれるようになってからも、当の一条さんはいたって普通で、仲のいい友達といつも自然に過ごしていたように思う。

 今まで一度も喋ったことがないので、よくは分からないけれど。


 俺は正直あまり興味が沸かなかったので、直接番組を見たりしたことはなかったが、そんな声は日に日に高まっていって、特に気にしていなくても、自然に耳に入ってきていた。


 一条さんの机に目をやると、今日は鞄も無く、登校している様子がない。


 ちょっと―― いや、かなりショックが大きかったんじゃないだろうか。

 そんなことが気になった。


 一体どんな番組だったんだろうか?

 気になった俺は、木原と榎本にその番組の視聴方法を訊いて、退屈な授業が終わってから家路についた。


 今日も母さんは、仕事で遅いんだったな――

 台所の冷蔵庫から適当に食べられそうなものを探して腹に入れて、自分の部屋のベッドの上に寝そべった。


 スマホでアプリをダウンロードしてから、昨夜放映されたらしい映像を見入った。

 合格者が一人づつ呼ばれていく中で、喜びを噛み締める少女と、それを祝福しながらも不安げな表情を隠さない少女とが、対照的に映る。

 そんな中に、確かに一条さんがいて、結局彼女は12位、あと一歩のところで、選抜メンバーにはなれなかった。


 選ばれたメンバーが晴れやかな表情とともにスポットライトを浴びる傍ら、彼女は拍手を送りながら、大粒の涙をこぼしていた。

 澄んだ綺麗な涙に見えた。

 その1粒1粒に、俺達には量ることのできない想いが詰まっているのだろう。

 人知れず涙を流しながら、血の滲むような必死の努力を重ねて、それでも届かない先がある。

 そんなことを真っすぐに見据えた少女達だけが流せる涙。


 俺は、一条さんのファンになった。

 それまでの細かい内容は、まだ見ていないし知らない。

 けれど、彼女がどんな想いでやってきたのか、それはこのシーンだけを見ても推しはかることができた。


 あれ――?

 気付くと、俺の頬に熱いものが伝わっていた。

 泣いているのか、俺は――


 だめだな、涙もろくて。

 映画を見たり本を読んだりしていて、よくもらい泣きをしてしまう。

 昔から泣き上戸だったが、最近特にその傾向が強いみたいだ。


 それから、HPに公開されていた過去の動画を、順番に観ていった。

 悲喜こもごも、喜怒哀楽のシーンが、次々に展開されていく。


 勝者だけではなく敗者の数だけドラマがあると同時に、敗者が多いほど、勝者が輝くのではないかと思う時がある。

 野球の甲子園、漫才のグランプリ、難易度の高い受験勉強……

 容易にたどり着くことができない頂だからこそ、人を惹きつけて止まない。

 そして、真剣に想いを込めて望めば望むほど、突きつけられた現実に対しての喜びも悲しみも、より大きいのだ。


 偉そうに言ってるように思われるかも知れないけれど、それは俺自身も、思うところがあるんだ。


 翌日朝に教室に顔を出すと、一条さんが自分の席に座っていて、他の女子友と談笑をしていた。

 彼女を慰めるためだろうか、たまに男子が彼女に近寄ろうとするのを、二人の友達が遮って、何か話している。

 そんな中で一条さんは、普段通りに、綺羅やかな笑顔を浮かべている。

 それを向けられた人を魅了して癒す、そんな笑顔。


 ―― 以外に普通そうだな。


 昨夜はほぼ徹夜で過去動画を諳んじ、寝不足がピークの俺は、自分は一体何をやってたんだろうと、一人で凹んだ。

 余計な心配をして、彼女の動画を見ながら涙を流して……

 気持ち悪いと思われるだろうな。

 誰にも言わないようにしよう、うん。

 

 そう心に決めて、一時限目の授業の準備をする。


 それにしても、世界は広いのだなと実感してしまった。

 容姿だけをいえば、一条さんは他の誰にも引けを取っていなかった。

 いや、むしろ、ナンバーワンといってもいいくらいだ。


 高校の入学式の時から、彼女は噂になっていた。

 肩よりも少し長めの黒髪は艶やかに光を帯びて、大きな瞳にすっと伸びた鼻先に、口角がきゅっと上がった小さくふくやかな唇、そこから放たれる屈託のない笑顔は、周りにいる誰をも虜にした。

 かく言う俺もそんな一人だったけれど、そんな彼女においそれと近寄れるわけもなく、ただ遠くから眺めていた。


 その彼女をもってしても叶わなかった。

 彼女と競い合っていた他の子達も、間違いなく凄かった。

 いずれ劣らぬ美貌と個性的なキャラクター、練習を追うごとに洗練されていくパフォーマンス、そこには間違いなく、選ばれた女神達の競演があったのだ。

 その場にいるだけで、異次元にいるのではと見紛うばかりの絢爛なステージの上で。


 そんな一条さんも、今は普通の高校生。

 俺なんかが心配するのなんか、出過ぎていたんだな。

 

 一抹の寂しさを勝手に感じながら、重い瞼をこじ開けて、その日の授業を何とかこなした。



◇◇◇

(作者より)

お読みいただきありがとうございます。

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