第十五話 霜天に坐すは暴喰の獣 最強のアンチノミー


『みなさん! お待たせしましたぁ! ここ決闘都市シュテルクス卜中央闘技場は観客たちの熱気で酸欠状態だぞぉぉ!!』


『今日実況を務めさせていただくのは昨日に引き続き、俺スルヨ・ジキョウだ! そして、解説には人気急上昇中の歌姫リート・モーテットさんに来てもらってるぜ!』


『よろしくお願いしまーす♪』


 白のドレスを身に纏い、すべてを跳ね返すような純白の髪をなびかせながらリートは一礼する。

 

 かわいい。


『早速だが、今日のトーナメントの組み合わせを発表するぜ! 昨日の予選で最初に勝ち抜けた4人はシードとなり一回戦勝ち上がった人との対戦になるぞ! じゃあリートさん発表をお願いします!』


 スルヨの無茶ぶりにも動じることなくリートは飛びっきりの笑顔で声を出す。


 『今日対戦する組み合わせはこちらでーす♪』


 はいかわいい。

 

 中央上空のスクリーンにトーナメント表が映し出される。

 良く通る透き通った声でリートは組み合わせを発表していく。

 さすがは歌手だ。


 トーナメント表はこうだ。


 一回戦、第一試合。

 カオエン・ドルモンド対アイシー・フロストハート

 シード。ヴィント・ブリーズ


 一回戦、第二試合。

 リーリエ・シルト対セリク・フォン

 シード。エニ・クラシス


 一回戦、第三試合。

 ノア対グレイブ・ナイル

 シード。ステラ・セイルズ


 一回戦、第四試合。

 トリフィム・グランバトン対フィクス・ブライト

 シード。ジョー・ベルウッド



「終わった……」


 鶏肉が地面に膝をつき絶望の表情を浮かべている。

 ショック受けすぎでしょ。バンダナ床に投げつけてるし……。

 心なしかいつもはピンと立ってる襟も少し項垂れて見える。


「トリさんが勝っても、師匠が勝ってもどっちも嫌なんですけど」

「あ、私も風の人と当たりそ~」

「俺、めっちゃ無理かも……」


「ノア君相性悪いかもね」


 ヒカリはしれっと英雄たちの控え室にいる。

 てか、みんな組み合わせ悪いんかい。

 

「ま、まあ、試合は後半の方ですからみんなで対策練りましょう」


 みんなで鶏肉を励ましている間に一試合目が始まる。


『さあ、例のごとく国王陛下からの一言は無視してさっそく一回戦、第一試合を始めるぞぉ!!』


 スルヨは大きく息を吸い込み大声で叫ぶ。


 いや、国王陛下めっちゃ笑ってるな。


『選手の入場だぁ!』


『最初に現れたのは謎の球体を操り、予選を突破し、トーナメント出場を決めた冒険者パーティ【喰魔】のリーダー、カオエンだぁぁ! 今日もその魔法ですべてを喰らえ!!』


 大歓声の中、カオエンが入場する。

 カオエンは、球体を出したり消したり、よくわからんパフォーマンスをする。

 それでも、観客は大熱狂だ。もうなんでもいいらしい。


 ボルテージが上限突破した会場の熱気を冷ますかのように、反対側のゲートから凍えるような気配が現れる。


『来たぞ来たぞぉ! まさに氷の女王! すべてを凍てつかせるその魔法でトーナメント出場を決めた冒険者パーティ【氷晶の蝶】のリーダー、アイシーの入場だぁ!!』


 二人は試合の開始位置まで歩いていく。

 その一歩一歩に会場が沸き上がる。

 もう観客はアホになってしまった。



 ともに睨み合い、言葉は交わさない。


『パーティを率いるリーダー対決ですね』

『そうですね!すでにバチバチの雰囲気だぜ! っと試合を始める前に言い忘れてることがあったぜ! ここ中央闘技場は観客の皆様を守るために透明な魔法の壁が張られています! 安心して観戦してくれ!!』


『それは安心ですね』 


『せっかくなのでリートさん! 試合開始の合図をお願いします!』


『は~い。それじゃあいきますよ~! 試合開始!』


 かわいい。

 

 同時に両者が動く。

 カオエンは人間の三倍くらいある大きさの球体を複数生成し、アイシーに放つ。

 対し、アイシーは氷で鳥を生成する。


 「彩鳥氷柱いろどりつらら


 『カオエンの球体の突進を氷の鳥が迎え撃つぞぉ!』

 

 球体に氷の鳥がぶつかりお互いの魔法が霧散する。


 『試合はまだ始まったばかり! 両者これからどう動く!?』


 アイシーの攻撃は止まらない。


 「氷柱雲つららぐも


 上空に生成された雲から巨大な氷柱が放たれる。


 カオエンは真上へ飛び生成した球体に飛び乗る。

 カオエンのいた地面が凍り付いていた。


「はっ! あぶねえ!」


 カオエンは上空を飛び回り、降り注ぐ氷柱を避ける。

 さらに複数球体を生み出し、氷柱を喰らいだす。


「お返しね!」


 球体からアイシーに向けて氷柱が放たれる。


「氷壁」


 地面から氷の壁が出現し、氷柱を防ぐ。

 アイシーは攻撃に転じるため、さらに魔法を唱える。


『相手の魔法を喰らい、自分のものとして吐き出す。厄介極まりない技だな!』

『アイシーさんもさすがに自分の魔法にはやられたりはしませんね♪』

『おおっと! 闘技場内に氷の蝶が舞い始めたぞ!』


 蝶がカオエンの球体に触れると、球体が凍り付き、ゴトリと地面に落ちる。

 そのまま蝶がカオエンに迫る。


 カオエンが地面に着地し、凍りついた球体を消す。


「凍らされるの厄介だな!」

 

 そして新たに球体を生成し、蝶を喰らう。

 

『一試合目からすさまじい戦いだぁ! 息をする暇もなかったぜ! さあ、試合は振り出しだぞ!』

『試合が長引くとアイシーさんの方が有利になりそうですね』

『アイシーが動いたぞ!!』


猛虎氷柱もうこつらら


 氷でできたトラが数匹カオエンに襲い掛かる。

 それを見てカオエンは大きく口をあけ笑う。


 氷の女王と呼ばれるアイシーですら寒気をおぼえる笑みだ。


暴喰暴喰ばくばく

 

 今までの球体とは比較にならないほどの大きさの球体が一個生成され、大きな口を開け、トラを迎え撃つ。――だが。



「あちゃあ、やっちまったなこりゃ」


 カオエンの足が凍り付き一歩も動けない。

 アイシーがさらに氷の蝶を生成し、カオエンに放つ。


 いつのまにか、カオエンの巨大な球体は凍りついている。


「でも、まだ!」


 カオエンの足に口が現れ、自分の足を凍らせてる氷を喰らう。

 

「……!?。なんでも喰らう口は球体以外にも出せたのね……」


 同時にアイシーの足元の地面に口が現れ、氷を吐き出す。


「くっ」


 アイシーは飛びのき、右手に先端の尖った氷の細剣を生成し、カオエンに向かって走り出す。


『おおっと! ここでアイシーがレイピアを作り出して、カオエンに突撃していったぁ!』

『カオエンさんの足がまた凍り付いています!』


「またかよ……!!」


 カオエンはすぐさま足の氷を喰らおうと足に口を生成するが、アイシーの刺突が繰り出される。

 それを、身をよじり躱し、掌に口を生成し、細剣をつかもうと手を伸ばす。


『アイシーのレイピアが砕け散ったぞぉ!』

『カオエンさんは触ってないように見えましたが』

『砕け散った氷が霧のようにカオエンを包み込んでいくぞぉ!』

 

 (まだ、触れてないけど砕けた……!?)


「かはっ」


 カオエンはうずくまるように地面倒れ込む。

 アイシーはカオエンから距離を取り、大きく息を吐き出す。


 「凍え霧……肺よ凍れ」


『け、決着ぅ! 一回戦第一試合を制したのはアイシー・フロストハートだぁ!』

『手に汗握る熱い試合でした』


 慈愛の恩寵に運ばれていくカオエンを見つめアイシーがポツリと言葉をこぼす。


「これが殺し合いだったら、私が負けてたかもしれませんわね。その魔法対人用じゃないですよね? 【喰魔】のリーダーさん」


 アイシーは観客に一礼し、戻っていく。

 会場はすさまじいアイシーコールだ。

 特に【氷晶の蝶】ファンクラブみたいな団体がすごい。

 ファンクラブとかあるんだなあ。


『一試合目の興奮冷めやらぬまま、どんどん行くぞ! 第二試合! 選手入場だぁ!!』


『その姿は一輪の花。花弁のように舞う純白の踊り子。国王直属護衛騎士団【ガーデン】の団長[不動の盾]リーリエ・シルトの入場だぁ!』


『その紹介今考えたんですか?』


『いや、昨日夜なべしました。さあ! 対するは、仕事しないおっさんとはもう呼ばせない! 冒険者ギルドサブマスター、[断絶剣]セリク・フォンの入場だぁ!』


「呼ばれたことねーよ。え? 裏で呼ばれてる!?」


 セリクは自分を見送った職員たちの方に勢いよく振り向く。

 誰も目を合わせない。


「……今日勝って、少しでも汚名を雪ぐとしますかね」


「まさか一回戦が仕事しないおっさんとはな。早々にケリをつけてギルドに送り返し仕事をさせるとでもしよう」


「俺は今日純白の花弁をむしる仕事があるんだよ。騎士をやめて踊り子になったお嬢さん」


「「……」」


 両者、無言の笑みを浮かべながら、睨み合う。


『こちらもバチバチですね』


『多くは語らず! 言葉ではなく魔法で示せ! ――試合開始ィ!』

 

 

 セリクが腰の二刀を抜き構える。

 リーリエも盾を構えたまま動かず、膠着状態が進む。


『お互い動きませんね』

『こっちまで汗を掻きそうなくらい緊張感が伝わって来るぜ……! 最初に動いたのはセリクだぁ! リーリエに向かって走り出したぞぉ!』


 セリクは二刀を器用に操り、リーリエに切りかかる。

 それを[不動の盾]は防ぐ。防ぐ。防ぐ。


 リーリエは盾を前に構え、そのままセリクに突撃する。


『セリクが吹き飛ばされたぁ!』

『盾で押されただけあんなに吹き飛ぶもんなんでしょうか?』

『位置は振り出し、試合の仕切り直しだ!』


 セリクが魔法を詠唱する。


「鋼よ。鋼よ。鋼よ。絶の刃、決して折れぬ剣、我が手に絶えず在るべし……」


 リーリエは盾を投げ捨て、小ぶりな斧を片手にセリクに肉薄する。

 踏み込まれた地面は足の形に抉れている。

 

「詠唱が長ったらしいな!」


 リーリエは斧を振りかぶる。

 セリクはそれを右手の剣で弾き、左の剣を振りかぶる。

 リーリエは身をねじり斧でそれを弾き、次に来る右手の剣に備える。


 セリクは振りかぶった右手の剣を手放す。


「!?」


 すでに手放された剣だが、攻撃する意思の乗った武器から目をそらすことはできず、リーリエは迫りくる拳を避けることができなかった。

 リーリエはセリクの拳で盾が転がってるところまで吹き飛ばされる。


「……がっ!」


 セリクが手放した剣を拾い上げ、構える。


「詠唱が長いって? いいんだよ、これは作戦なの。詠唱が完成すれば魔法で倒しちゃうし、油断して近づいてきたやつは普通に剣で倒すし」

 

 セリクはへらへら笑いながら続ける。


「まあ、剣じゃなくて殴ったけどな。魔法使いとて、拳で語ることもあるでしょ」


 リーリエがふらふらと立ち上がる。


「一発殴っただけだが、結構食らっちまったかい?」

「あんた……その魔法は」

「平和の象徴へのあこがれは誰にでもあるもんだろ。あんたもそうだろ?」

「……」

 

 リーリエは盾を拾い構える。


「まだやれるってか? いいね」


 セリクは魔法を詠唱する。


「鋼よ。鋼よ。鋼よ。絶の刃、決して折れぬ剣、我が手に絶えず在るべし、我が手に収め、敵に立ち向かえ」


 セリクの頭上に一振りの巨大な大剣が現れる。


『出たぞぉ! [断絶剣]セリクの魔法だぁ! その剣に切れないものは無いと言われてる最強の剣が現れたぞぉ!』

『対するは王を護る[不動の盾]ですね』 


「穿て」


 ハチャメチャな大きさの剣がリーリエに一直線に向かう。


 避けるだけでいい。

 ただ、それだけのことだが……。


 そこに護るべき王はいない。

 しかし、王を護る絶対の盾に避ける選択肢など無い。


 そんな護衛騎士団団長としての、[不動の盾]としてのプライドがリーリエに盾を構えさせる。


「私は、王を護る絶対の盾……! 破られるわけにはいかない!」


 リーリエも大会初めて、魔法を詠唱する。


「命と繁栄。安全と民。名誉と平和。敵の手が届かぬようすべてを守ろう」


 リーリエの盾が光り輝き、魔力を帯び巨大化する。


「不動の盾よ! 私に従い我が王に盾を差し伸べよ……!」


『[不動の盾]リーリエの魔法が出たぞぉ!』

『最強の剣と最強の盾……それがぶつかったとき、どうなってしまうんでしょう』 

 

 会場が揺れ、鼓膜を震わすような音を立てて、最強の剣と最強の盾が相対する。

 ぶつかった衝撃で砂埃が舞い、会場を覆い隠す。


『すさまじい威力だぁ! 砂ぼこりで何も見えないぞぉ!』 

『会場の魔法のバリアのおかげで砂が目に入ることはないですね♪』


 かわいい。

 

 砂埃が晴れると、そこには盾を構えたリーリエが。

 しかし、魔法で作られた盾はひび割れ、砕け散り、リーリエは膝から崩れ落ちる。

 

 

 

 矛盾ここに成立せず。

 矛である最強の剣に軍配が上がる。




『決まったぁ! 戦いを制したのはぁ! 冒険者ギルドサブマスター、[断絶剣]セリク・フォンだぁ!』

『最強同士のすごい戦いでした』


「やっぱり強いなセリク……いや、元団長様。【ガーデン】に戻ってくる気はないのか?」


 セリクはリーリエに手を差し伸べて起き上がらせる。


「あんな堅苦しいとこもう嫌だよ。俺はギルドで適当に仕事してる方が合ってんのさ」


「働かないおっさんがなにいってんだか」


「うっさいぞ」


 セリクはへらへらと笑いながらゲートに戻る。

 

 ――それと。

 セリクがリーリエの方に振り向く。


「あんたも、魔法の詠唱長いな? お嬢さん」

「……作戦だよ。おっさん」

「ふっ、言ってろ」

 

 大歓声の中、一回戦、第二試合が幕を閉じた。

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