第七話 一期二会

 戦争とは破壊的で悲惨なものだ。終わってしまえば得たものより失ったものの方がはるかに多い。


 ――私の妻と息子も


 自分の無力さを嘆き、悲しみと喪失感に打ちのめされた。

 もう二度と自分と同じような苦しみを他の人が経験しないように私は戦争という無益な戦いを終わらせようと思った。


 しかし、私一人の力ではどうしようもなく。神頼みしかないと思い、神がまつられているという霊峰ラコンにやってきた。


 

 その出会いは運命か必然か。


 ――望みはなんだ?


 それは好奇心からの問いか、はたまた絶望を抱える人間への救済か。


 

 初めて見る言葉を話す巨大な人ならざるもの。

 しかし、フィクスは不思議と恐怖しなかった。

 心のどこかでここで死んで妻と息子のもとに行くのも悪くないと思ったからだ。


 それでも私は、私は……!


 フィクスは答えた。ただ一言。


 ――戦争のない平和な世界にしてください。


「……では、人間を全滅でもさせようか」


 人ならざるものはその背に生えた翼を大きく広げる。


「い、いえ! 私は人の営みを守りたいのです!」

 

 その巨大なものを前に声が震えなかったのは奇跡といってもいい。


「……」


 人ならざるものは翼を閉じる。その巨躯からは得体のしれない何かを感じる。するとフィクスの目の前に大型犬みたいな見た目の生き物が現れる。

 よく見たら全然犬ではない。顔がサルだから。


「かつての同胞を我が魔法で模した。これに人間を襲わせれば、人間同士で争うことはなくなるだろう」


「……そんなことができるんですか」


「我は遥か昔から永遠と生きる竜ぞ。この程度たやすいわ」


「しかし、これにあらがうとなると剣や槍では難しそうですね」


 しばらくフィクスは黙り込み考えた結果を口にする。


「竜さんでよろしいですかね? もう少し小さくて弱い奴は出せますでしょうか? 最初にそれを大陸中に出現させて、この生き物……魔物と呼びましょうか。魔物が世界に認知されたら、私が魔物に抗う機関を設立します。それで、人間の成長に合わせて徐々に強力な魔物を出現させていくというのはどうでしょう?」


「ただ生きるのも飽きてきたところだ。しばらくは、人間の行く末を見るのも悪くないか……」


 竜は、牙をむき出しにしてにやりと笑う。


「気に入ったぞ人間。名は何という?」


「私は、フィクスと申します」


「フィクスか。してフィクスよお前は世界を平和にして何がしたい?」


「……平和になってから考えますよ」


「そうか。フィクスよお前の、お前たち人間の行く末見届けさせてもらうぞ」


「はい。ドラゴンさん。定期的に報告や魔物の強さの調整について話しに来ます」


 フィクスが竜のもとを離れようと振り向き歩き出す。

 

「……!?」


 竜は何かを感じフィクスの方を見る。

 しかし、これはフィクスから感じたものでは無い。悠久の時を生きた竜でさえ感じたことのないこの世のものとは思えない気配。


 それの正体は竜は知ることはない。


 動揺する竜に気づかずフィクスはその場を立ち去る。思えば夢のような経験だった。

 まさかこんなにすんなり事が運ぶとは、神を信じて霊峰に足を運んだだけのことはある。

 ふと冷静になると改めて恐怖する。


(ドラゴンさんが今まで人類を滅ぼそうと考えてなくてよかったですね。あれが暴れたら大陸は終わりですね。意外と温厚で助かりました。初めて見ましたねあんな生物。しいて言えばトカゲの仲間なんでしょうか?)


 額ににじんだ汗をぬぐいながらフィクスは帰路に着く。


 途中メルの森の中でフィクスは幼い男の子と出会う。


「おや? こんなところで何をしているんですか? どこから来たのです?」


 男の子は無言で首を振り、俯いて顎を触る。わからないといった様子だ。


「私はフィクス・ブライトと申します。自分の名前はわかりますか?」

 

 フィクスはしゃがみ男の子に目線を合わせ優しく微笑む。


 しばらくの無言の後、男の子は口を開く。


「ジョー、ジョー・ベルウッド」


「ジョー君ですね。行くところがないならうちに来ますか?」


 それを聞いたジョーは顔がパッと明るくなる。そして無言でうなずく。


「でも、今日はもう遅いですね。ここらでキャンプでもしましょうか」


「わかっt、分かりました」


「ふふっ。敬語は苦手ですか? 私にはいりませんよ?」


 フィクスはジョーの頭をなでる。

 撫でてる時のフィクスの表情は何とも言えない微笑みを浮かべていた。自分のもういない息子と重ねていたのだろう。

 

 今までどういう人生を歩んできたのか、頭を撫でられたジョーの目には涙が浮かぶ。


 フィクスはジョーの頭をなでながら立ち上がる。

 

「ご飯にしましょう」




「さて、困りましたね。あとお肉が残り一枚ですね。ジョー君食べていいですよ?」


「いや、フィクスさんが食べてください。拾ってもらった上にそこまでしてもらっちゃわるい……です」


 慣れてきたのかジョーもちゃんと会話ができるようになってきた。無理やり敬語で話そうとしているのが何とも微笑ましい。

 

「変なところにこだわりますね。もう一緒にご飯食べてるじゃないですか。そうですねえ、漢同士どっちが食べるか勝負で決めますか」


 何で決めましょうかねえ。と悩んでいるフィクスにジョーは自分の故郷の公平な勝負を提案する。


「じゃんけんはどう……ですか?」


「じゃんけん?」


 ジョーはフィクスにじゃんけんのルールを説明する。

 

「へえ、面白いですね。君の故郷にはそんなものがあるんですね。漢同士、漢気じゃんけんということで勝った方が食べるということでどうです?」


「よし、決まりn……ですね」


「掛け声はお願いしますよ」


 フィクスとジョーは握りこぶしを突き出す。


(見た目的に8歳くらいでしょうか。グラリス君はもうすぐ20になるって言ってましたね、もう少し若い人の方がいいですね。フリードに戻ったらジョー君と同い年くらいの子を探して会わせてみますか。仲良くしてくれるといいですねえ)


 フリードでジョーが出会ったのは言わずもがなトリフィムとエニだ。

 しばらくしてグラリスがノアを連れてきて、現在のパーティに繋がる。



 最後の肉をほおばるジョーを見て、フィクスに確固たる決意が宿る。


(子供たちが平穏に暮らすためにも……)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る