第21話 癖になりそうだわ。
「見失っただと?」
店主はミラたちがどこに帰るか見届けるために、配下の一人を尾行させていた。
「へい。結構なテンションで二人で盛り上がっていたんですが、突然追いかけっこを始めましてね。大通りの人も多いこともあったんですが、どこか路地に駆けこんだ様でして。」
配下が言い訳をすると、それを睨みながら店主が言った。
「ちっ。金をたんまり持ってたから、どこかの大店の娘か何かと踏んだんだがな。まぁ。アレをポット一杯飲んじまったんだ。そりゃあ、気分もハイになるってもんだ。慌てることはねぇ。新しい金づる確定だ。すぐにまた来るだろうさ。」
♢ ♢ ♢
その会話を聞いた薬師アルメアは作業を続けながら苦々しい表情を浮かべた。二人は一先ず毒牙から逃れた様だが、戻ってこないことを願った。無理だろうが。
アルメアはこのコルザチオと呼ばれるやくざ者たちに娘を人質に取られて働かされていた。娘も薬師だ。娘は娘で母を人質に取られた形で働かされているだろう。
このどうしようもない状況を何とかしたいが何も思いつかない。
国は何をしているのだろう。広がりつつあるこの薬害に気付かない筈がないのに。考えられるとすれば、取り締まる側の役人が一枚かんでいるのか。
最近急な流行を見せているオーパインと呼ばれる麻薬であるそれは、原料である薬草は海の向こうから運びこまれている。元々鎮痛剤の原料として、この大陸でも見つかる薬草の亜種だが、海の向こうの大きな火山島、ティアマガルアでは大量に自生しているのだと言う。現在でも活発に活動を続ける火山のために、極少数の人しか住まないこの島から危険を冒してまで運び続けている。
精製法を工夫し、摂取した時の習慣性を発見したとある薬師が、よりにもよってコルザチオに売ったことがことの始まりらしい。
たくさん精製し儲けたいコルザチオは、手っ取り早く精製技術を持つ薬師たちを確保するために色々な手段を取った。それが自分たち薬師の現状だ。
とりあえず通常の営業もできる。オーパインの調剤にかまけていると、当然国内の薬類が不足していく訳で違和感が生じるだろう。そうなると官憲の手入れがあってもおかしくない。
そういった訳で営業はできるが、常に監視が付いている状態だった。それに、仕事量は何倍にも膨らんでいるので、年配の者が多い薬師には酷だろう。
奴らは、更に大量生産を目指し、錬金術師たちを確保して製造方法を研究させているらしい。
それが実現されれば薬師はお払い箱だが、素直に解放されるだろうか。
アルメアは未来の見えない状況に暗く押しつぶされながら、ひたすらに薬の精製を行っていた。
♢ ♢ ♢
「おかげさまで、母の容態が少しだけ良くなった気がします。それで、またあの薬を調剤して頂きたいのですが。」
ミラとリンゼは再び薬師の店に訪れていた。
「そうかい? 少しでも役に立ったなら良かったけどねぇ・・・ それで、あんた達は体の調子は大丈夫かい?」
薬師のアルメアはミラの言葉に応え、後半は囁くように言った。
「とても! 今まで母の容態は悪くなる一方だったのです。少し希望が見えてきました。」
ミラは感激したようにアルメアに近づくとその手を握り何かを握らせて囁いた。
「これ読んだら焼いて捨ててね。」
アルメアは何かを感じて目を瞠ったが、すぐに元の表情に戻り、顔を伏せて作業に戻って行った。
今の一言で何かを察してくれたらしい。意外にも修羅場慣れしているというか、面倒な状況を何度も乗り越えてきたことがあるようだ。
その時表に出てきた店主が揉み手をしながら言った。
「先日はお買い上げありがとうございました。それで、お茶の方はいかがでしたでしょうか?」
「それは、もう! うちの者達にも振る舞いましたが、とても評判が良くって。またあのお茶をいただけませんか? 今度はちゃんと買わせていただきます。」
ミラが言うと、リンゼがカウンターの上に手を伸ばし、ドンとお金の入った袋を置き、そして告げた。
「これで買えるだけお願い! とてもおいしかったの。癖になりそうだわ。」
それを聞いた店主は益々上機嫌で答えた。
「ええ。ええ! ちゃんと用意して差し上げますよ。少々高価な茶葉ですが、これからも御贔屓にしていただけるなら、特別ご奉仕させていただきます。ご用意できるまで奥でお待ちください。お茶を用意いたします。」
♢ ♢ ♢
ミラとリンゼは再びお茶とお菓子を堪能していた。
「あら? これは前の時より濃くなってるわね。」
と、リンゼが囁いた。
「うん? そう? ボクにはあまり違いは分からないけど。」
「そう。味に影響でないように、精製品を加えてるみたい。こうやって、徐々に摂取量を増やしていって、薬漬けにする考えみたいね。でも、おいしい!」
「そっかぁ。じゃあ、今日はもっとはしゃいで帰らなきゃね。」
「ちゅん兄さまのはしゃいだ感じ、とってもかわいくて好き!」
「いやいや。恥ずかしいんだからね。そういう演技。母さまだったらすごい上手なんだろうけど。」
「そんなにすごかったの? お母さまの舞台女優だった頃って。お話にしか聞いてないのだけれど。」
「それはボクも生まれてなかったから知らないけどね。けど、母さまって戦闘や交渉の場では人が変わった様になるね。今では演技だって分かってるけど、それはもうすごいよ? 何がすごいって言葉では表現できないなぁ。父さまやボクがどん引きするレベルだからね。」
「それはみてみたいなぁ。」
「そのうち見られるよ。なんだか最近、ボクたちが関わるような事件が増えてきた気がするんだよね。世の中が不穏な気がする。母さまたちが出る事態もあるかも。」
「ちゅん兄さまの予言は結構当たるからなぁ。のんびり過ごせる世の中がいいな~。」
「まぁ。そうならないようにボクたちが動いてるのだけれどもね。」
ミラがリンゼの頭を撫でながら、にっこりと笑顔で言うと、リンゼも安心したように言った。
「ちゅん兄さま。もう一杯お茶をいかが? テンション上げていきましょう!」
ミラとリンゼがうふふ、きゃっきゃと騒いでいると、店主が現れた。
「これはこれは楽しそうで何より。お薬とお茶の用意ができましたのでお持ちしました。それはそうと、ご家族に葉巻を吸われる方はいらっしゃいますか?」
「ああ、兄がいますが~。」
ミラはアランが葉巻を吸うアランの姿を思い浮かべ、似合わないなぁと思いながら答えた。
「それは良かった。是非これをお試し下さい。きっとお気に召していただけるでしょう。お土産にどうぞ。」
店主はそう言うと、葉巻数本が入った立派な箱をミラに渡した。
「これはこれはお気遣いありがとうございます。これもこちらで扱っているんですか?」
「はい。こちらのほか、水煙草や紙巻煙草もございます。是非御贔屓に。」
「あれぇ? あらしにはぁ? なにかおみやげ~」
リンゼが少し据わった目をして店主を見上げて言った。
「あらあらリンゼったら。どうしたのかしら。」
ミラが陽気にリンゼを撫でまわしながら言うと、店主が言った。
「これは気付きませんで。ここにあるお菓子をどうぞ。」
リンゼが茶菓子に出てきたものの詰め合わせをもらうと上機嫌にスキップした。
「ありあと。おいさま~。またくるねぇ」
そうリンゼは言うと、お菓子を頭にのせて、きゃははと言いながら、出口にスキップして向かった。
「あらあらリンゼったら。どうしたのかしら。それではまた。リンゼぇ、まって~?」
ミラは先ほどと同じセリフを言いながら慌てた風にふらりとリンゼを追いかけた。
店主は子飼いの男を奥から呼び、耳打ちした。
「追いかけろ。今度は逃がすんじゃねぇぞ? 新しい金づるだからな。」
男は頷いて出て行ったが、少しの時間もかけずに戻って来た。
「すいやせん。どこにもいなくって。」
「なに? あのテンションのまま走って行ったか。仕方ない。次は外で待ち伏せるとしよう。」
店長は慌てることはない、と、口の端を上げるのだった。
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