東京奇譚 夢幻のストーリー

きしべの あざみ

第1話 耳塚


 私の実家は、東海道の旧道沿いにある。今では路地の行き止まりに見えるが、行き止まりの奥に続く道がある。江戸時代から明治時代までは、旅人の往来が多い道だったに違いない。


 家の裏は畑になっている。付近の数軒が、ここで細々と野菜を作っている。我が家も年老いた母親が、趣味のようにさまざまな野菜を育てている。

 

 私は久しぶりに母の畑の草取りをしていた。たまの里帰り、荒地にトマトやナスが実をつけている状態、草を取るとようやく畑らしくなった。


 眺めていると、畑の隅に大きな石が半分埋もれている。子どもの頭ほどの楕円形の石だ。先祖の墓石だろうと、掘り起こして、邪魔にならないところまで転がした。10kgは越えている。いつも持つ米袋より重たい。


 家の裏には幾つも墓石がある。誰の墓なのかは、見当もつかない。墓地は別の寺にあり、少なくとも三代前のご先祖様が埋まっている。おそらくそれ以前の墓か使用人の墓だと考えた。バケツに水を汲み石を洗い流した。『耳塚』と、手彫りの文字が刻まれていた。母に聞いても、覚えはないと言う。父親なら知っていたかもね。と、ぽつりと言った。


 昼過ぎに、母の手料理をご馳走になり、東京の家に帰ってきた。

その晩、夢枕に着物姿の女が現れた。顔を伏せてただ泣くばかり、いつまでもか細いすすり泣きが耳に残っていた。


 目が覚めると、すぐに掘り起こした墓石が浮かんだが、重たい石だったし、今でも節々が痛む。そんなせいで寝苦しくて怖い夢を見たのだと、自分の不安な気持ちを鎮めた。


 昼過ぎに母親から『何か変わっことはないか』と、電話があった。母親も夢枕にすすり泣く女が立ったと話した。すでに隣り町から嫁いだ母親しか、この家の親族は残っていない。


 皆んな鬼籍に入ってしまった。

『どうしよう』

母親は寺に相談した。住職がやって来て経を上げてもらったと連絡があった。

霊障はないけれど、たまにそう月に一度くらい夢を見るようになった。

 

 赤ん坊の泣き声だったり、複数の女たちの泣く姿だったりする。

母はそのたびに私と、寺に連絡していた。

『なんだか、気になるね』

あれから1年が過ぎたころ、住職が訪ねてきた。


『稚児落とし』に関係あるかも知れないと言う。


 戦国時代に戦があり、退路を断たれた将軍が、わずかな侍女を連れて山に逃れた。追っ手が迫る中、連れている稚児が泣くので、谷に落としたと言う。女たちも自害した。


 地名として、『稚児落とし』は残っている。住職はあれからいろいろ調べてくれていた。


「この家から見えるあの山の尾根道だ。墓碑は掘り起こして洗ってやった、経もあげたのだからまずは問題ない。この家が直接関わったわけじゃない。気の毒に思い、墓碑を建てただけ、気にしなくてよろしい」と、諭されたと言う。


 だけど、夜中にすすり泣く声は恐ろしい。気の毒な魂だと言われても、戦国時代のことだからと諭されても、逃れる方法はないのだろうか。

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