第48話「命よりも大切なものと。命の輝きに惹かれる存在」

「なんで?」


 迎え撃とうとする無架に対して天袖が抱いた疑問。それはある意味、当然の質問だった。無架の恨みの対象はクロウディプレートで、無架が背負っている想いはクオンティ王国の国民のもの。その二つは黎明悪魔を相手にしたところで果たされるものでもない。それでも彼女が怨恨を抱くなら、その刃が向けられる対象は無架を騙していたオートロに向けられるべきだからだ。


「なんで、って」


 しかし、無架は当たり前のように言う。


「あなたがわたしを助けてくれたように、わたしは自分の身が危険になるとしても他の人達を助けたい。……わたしのオリジナル、『クオンティの姫』は、他の人の役に立ちたいって夢があったの。今はもう変わってしまったかもしれないけど」


『…………』


 無架の思いに、天袖は。


「……わかった、無架を手伝うよ」


 あっさりと頷いた。


『……ハッ。無架ヲ助ケニ来タンダロウニ、ナントモ意地ノナイコトダナ。何ノタメニオマエハレッテルニ乗リ込ンデキタンダカ』


 腕の中で揺れるオートロに、しかし天袖は疑問符を返す。


「大切な人が言うことは聴くに決まってるよ。なんで反対しなきゃいけないの?」


『ナンデ、ッテ今オマエガ訊イタコトダロウガ。ソレヲ……』


 言葉の途中で、オートロは気づく。


(コイツ、自分ノ中ノ最優先ニハ損得ノ勘定ヲ最初カラシテナイノカ……?)


「大切な人」の言うことは絶対、それが天袖の中に設定されている。つまり、初対面のあの時に無架が天袖の恋人に成れていたからこそ、無架達はここまで来てしまったのだ。

 オートロの中で仮説が生まれた。それは、天袖の人間性を疑うものであり――


『……オマエ、今ココデ無架ガオマエヲ殺サセロト言イ出シタラ、ドウスル』


「……!」


「……最後の吸血が終わったら、いいよって言うかな」


 ――彼の、度を超えた自己主張の低さを確認するものでもあった。

 それは無架にとって許せない低さ。


「……天袖」


「なに?」


「……あなたはわたしにとっての恋人。当たり前だけど、あなたはわたしにとっても大切な存在なの」


「……! 無架にとって恋人!?」


 うれしそうな顔。しかし天袖のその反応は、無架に眩暈のようなショックを与えた。

 彼はずっと、自分にとって無架は「何よりも大切な恋人」であるのに対し、無架にとって天袖は「ただの任務の目標」だった。……ずっとその認識のまま、無架のために動いていたのだ。


「……ええ、そうよ」


 今後、同じように彼を表面上は恋人扱いしてその実は都合のいい駒であるように求める奴らが出てくるかもしれない。

「それは絶対にさせない」と、天袖の恋人の・・・・・・無架は心に誓った。


『……ラブコメゴッコハ構ワナイガ、ドウスンダアレ。モウ次元ニ穴ガ空クゾ』


 オートロの視線の先には、空間にひびを入れる黎明悪魔の「光触腕」。


「……天袖、『裂創』をかしてくれる?」


「うん、はい。……あと、ちょっと力も分けるね」


 天袖が無架に握手をする。……すると、無架は自分の体に自分以外の力強くて心地の良い何かが流れ込んでくるのを感じた。


「……これ、こんなにもらっていいの?」


「いつもらすのみと一緒の時はそれくらい渡してるし、全然大丈夫。アビリティニアの『第三』の近くに行って帰ってきた時なんかはもっと少なかったし」


 アビリティニア。そこには無架達も行ったことはあるし、天袖達がそこへ到達したことを確認する心当たりもあるが、……その場所とサリカまでの距離が大陸横断クラスで離れていて、その間を繋ぐために必要となるエネルギー量を考えなければ、無架はそうなのと軽く頷いていたことだろう。


「……そう、なの」


 無架は天袖から受け取ったエネルギーを『裂創』に込めながら重く頷き。


『トコトン規格外ダナ……』


 オートロはこっそりエネルギーのおこぼれを貰おうとして天袖のエネルギー種が自分のシステムに適合しないことに気づき、大人しくアームをひっこめた。


「少し離れてて。……すぅっ」


 無架が『裂創』を構える。刀身を腰の横におき、その姿は鞘に納めた日本刀を抜刀しようとする侍に似ていた。そして、最優先は空間を破こうとしているあの「光触腕」を止めること。……すなわち。


「っ!」


 無架の構えた一撃が、極大の斬撃となって暁の空に輝く。それは最早「個人から放たれた攻撃である」と形容できる規模に収まらない、まさに尾を引く赤い彗星。


「!!?!?!???」


 黎明悪魔から伸びる四本の腕が、纏めて切り落とされる。


 絶叫と共に、空間を引きちぎろうとして自分の体重を乗せていた黎明悪魔は支えを失って崩れ落ちた。


「……おー」


『……』


 天袖が感嘆の声を漏らし、それを見ていたオートロは、自分が黎明悪魔を操っていたなら絶対に避けさせていたと思いながら、その光芒を最後まで見送っていた。

 すぐに起き上がろうとする黎明悪魔に今度は直接攻撃を当てる。そのため、片腕で自分の体を抱きしめるように、刀を握る腕を反対側の肩の前まで持っていく。


「……危なかったわ」


「なにが?」


「もう少し込めていたら空間を引き裂いていたのはわたしだった。……慣れるようにしないと、だめね」


「無架、すごいっ!」


「ほとんど天袖の力だよ」


 短い会話は程よい緊張と余裕を無架にもたらして、彼女は二発目を放った。

 一発目よりも細くて小さい一撃は、しかし「光触腕」を断ち切った時よりも鋭さを増していて。


「…………!!?!??!????」


 黎明悪魔の胴体を真横に切り離した。――だが、それだけでは終わらない。


「はあっ!!」


 横に続く縦の振り下ろし、斜めの切り払い、逆からの切り上げ、そしてもう一度、横に薙ぎ払う。

 黎明悪魔がコアにしている【エニモミスト】を砕かなければ、また何度でも黎明悪魔は蘇る。だから無架は、その手ごたえが得られるまで『裂創』にエネルギーを纏わせて振るい続けた。


『……ナァ』


「ん?」


 斬撃によって黎明悪魔の体積が削られていくその近くで、刀の光に照らされながらただ眺めていた二人は、言葉を交わす。


『無架ニコレダケデキルッテコトハ、オマエニモデキタコトダロウ? アレダケノエネルギーヲ渡シテオイテ、マダソンナニピンピンシテンダカラ』


「それはそうだよ」


『ナラナンデ見逃スヨウナコトヲ言ウ。アレヲ野放シニスレバ、一〇〇万人以上ハ死ヌッテ言ッタヨナ。オマエニトッテ命ヲ懸ケルマデモナク簡単ニ対処デキタコトダロウガ』


 オートロのその問いに天袖は少し間を開けて、答えた。


「……同情、かな」


『ハァ?』


「危険だからって理由で、殺されるのはもったいないなって思ったし」


 自分が無架に狙われていると知った時、天袖は死ぬことは別として自分の命をもったいないと思った。それは、目の前の敵に対してもそうだということ。


『……オマエ、二重人格カヨ。普通ノ人間ハソコマデ考エヲ分ケラレルハズナイダロ』


「そうでもないよ。無架の命が危ないってわかった時、らすのみのために無架を見捨てることはできなかったもん」


 どちらかを選ぶことはできる。……しかし、その選ぶための選択肢を自分で用意してしまうあたり、他人には不可能だ。しかもその内容が自らの犠牲を厭わない、どころか積極的に消費している。


『ソノ選択ガ人間ジャナイッテ言ッテルンダヨ。無架ヲ苦シメ利用シタワタシヲ叩キ壊サナイトコロヲ含メテ、ナ』


「人間じゃないやつに言われたくない。……それに、どんなにひどい犯罪者でもたった一人の家族だったりするんだから、無架からこれ以上家族を奪うわけにはいかないよ」


 天袖が言い切ると同時、無架の放っていた斬撃が止む。黎明悪魔が斬れる音の中に、氷の入ったグラスに飲み物を注ぎ入れたときのような、何かが割れる音が混じっていた。


『……ハァーア。ヤル気ナクスワ』


「なんで? 無架が取り込まれてたら攻撃できないし、最強でしょ」


『オマエジャナクテモラスノミナラ、オ前ノ力ヲ借リテ斬ッテタダロ。ツマリドウアガイテモワタシノ計画ハココデゴ破算トイウワケダ。アーア、ダヨ』


「そうかも、……?」


 無架の斬撃を繰り出す姿に見惚れていた天袖が、肉塊となった黎明悪魔を見て気づく。


『ドウシタ、……!?』


 オートロもすぐにその異変を知った。

 コアを破壊され、もう二度と再生しなくなったはずの黎明悪魔の体。……それが、生きているかのようにぐむぐむと蠢いている。

 まず手足が再生、続いて胴体、その後にコアらしきものが復元されていく。再生の順番も仕組みもでたらめだ。再生能力を持つ存在は確かに実在するが、それでもコアを砕いてしまえば二度とは再生されない。……その常識が黎明悪魔には通用しない。

 オートロがそれを見て叫んだ。


『不死ガ感染ウツッテヤガルノカ!』


「うそぉ……」


 滅ぼせない。オートロが天袖の殺害を諦めたように、どうしようもない。

 こんな巨大すぎる存在を封印できる機構も術も、天袖達にはない。


『ドウスル!? 逃ゲルシカナイノカ!?』


「んー、元は同じ素材だから、戦枝を使って干渉すれば何とかなるかもしれないけど」


『ヨシイケ!』


「だめっ! 失敗したら天袖の自我が消えるでしょう!? 絶対だめ!」


 またも自分の身を犠牲にしようとする天袖に、無架は「ノー」を突き付ける。


「それでも、もうこんなの――」


 直後。空間の破れる音が、開発階に響き渡る。


「……え?」


「……あぇ」


『……?』


「!?!?!??!?!???」


 その場にいた全員が、その方向を振り向く。――と。




 …………




 黎明悪魔の身長が可愛く見えてしまう程巨大な『山羊』の顔が、その破れた空間から覗いていた。

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