人選ミスで異世界に召喚された和菓子部の俺だが、珍スキルを使ってとりあえずできることをやってみる。

彼方

第1話 日本に帰りたい

 男は皆、一人でも多くの女と交わり、己の子孫を多く残すことを本能的に願っている。この、男の真実を心の底から完璧に否定できるものなど、この世の男の中にいるのだろうか? いや、いるはずがない。むしろ、生殖行為を求める男は「神から与えられた本源的なミッション」を忠実に果たそうとする。極めて純粋な人間なのではないだろうか?

    神田蒼人 十六歳 心のノートより。


 俺、神田蒼人は己の欲望に正直だった。十二歳ごろからずっと彼女が欲しくて欲しくてしょうがなかった。それは、桜が咲き誇る河川敷を手を繋いで歩きたいからではない。夏祭りでお面を斜めにつけて、りんご飴をかじる彼女に恥ずかしそうに微笑みかけられたいからでもない。


 純粋に、エロいことがしたかった。

 ただ、純粋に。

 純度100%の真っ直ぐな心で。

 世界で1番綺麗で素直な思いで。


 しかし、世の中はそんな俺に冷たかった。

 俺が求めれば求めるほど、女子は離れていった


 ♢       ♢       ♢


「なあ、早く帰してくれよ。おかしいだろ!どう考えても!」

 話は平行線をたどっていた。いくら俺が訴えてもこいつらは少しも受け入れてくれない。俺、神田蒼人は数分前まで山梨県にある高校「聖嶺学園」に確かにいた。ちなみに聖嶺学園は、県内でもトップクラスの進学校で全国的にも知名度が高い。通っている生徒は一学年四百人。学校全体では千二百人を数える超マンモス校だ。卒業生には政治家やら弁護士やら外交官やら医師など、なにかと社会的に地位が高い職業に名を連ねたものが多い。

 

 しかし、俺、いや、ここに一緒にいる女子三人はみな、その超進学校の中でも浮いた存在だ。みな何かの問題があって一般的なコミュニティにいられなくなった存在なのだ。簡単に言うと社会不適合者の底辺生徒だった。


 俺らがいた場所は、和菓子部の部室。和菓子部は、部活に所属するのが絶対条件のこの学校で、どの部活にもいられなくなった俺らのために無理やり校長が作り出した部活である。活動内容は和菓子を食べながらだべること。いや、最近は特に何もしていない。初めは仲良くしようとした俺だったが三人は一向に心を開こうとはせず、俺も一か月が経過したころにはあきらめてしまった。今はそれぞれが自分の好きなことをやっている。会話はほとんどない。まあこれはこれで気楽ではあるが……。


 そんな俺らがこの意味が分からない薄暗い空間に飛ばされたのは数分前だ。部室に光る紋章のようなものが光ったと思った次の瞬間にはここに飛ばされていた。

 このフロアは床も壁も全てレンガのようなもので作られていた。辺りにはかがり火がいくつかたかれているが薄暗い。俺ら、和菓子部のメンバーの前には、四人の屈強な男達と国王と名乗る老人がいた。


 数分前、こいつらは召喚されて呆気に取られていた俺たちにいきなり勝手なことを言い始めた。なにやら魔王という存在がここ「イスメラルダ」っていう国を崩壊させようとしているらしい。魔王はダンジョンの最下層にいて、それを俺らに討伐してこいと言っているのだ。


 ――わけがわからない。自分の国の問題ぐらい自分たちで解決しろよ。別世界の人間に丸投げするな。だいたいなんで俺らなんだ。考えると再び怒りが込み上げてきた。


「絶対に俺らじゃないだろ!!和菓子部だぞ和菓子部!とりあえず名前つけただけのほぼ帰宅部!なんで俺らなんだ!!もっといるだろ!こう、サッカー部だとか野球部だとかバスケ部とか、キラキラ光り輝く青春を送っている奴らが!そいつらを召喚しろよ!やり直しだ!やり直し!!」

 言っていて悲しくなってくるがとにかく説得を続けるしかない。俺はさらに熱を込めて語る。


「底辺ぞ! 最底辺ぞ! 俺ら。千二百人もの生徒がいるマンモス校で余裕でカーストの底辺を独占してきた俺らだぞ!」


「見ろよ!テストでいい点取ることしか興味ない奴!今だって単語帳ペラペラやってるだろ?」

 俺はこの状況下で一向に話も聞かず単語帳をめくっている黒髪ロングの女子「日下ひびき」を指さした。こいつは学力だけは超優秀で一年生の頃からテストではいつも学年一位をとっている。校外の模試でも成績はトップクラスらしい。切れ長の目に艶のある髪スタイルの良いボディ。容姿だけなら間違いなく芸能人クラスだ。女性の外見にうるさい俺もそれは認めよう。だが性格が最悪だ。超自己中で自分勝手。世界は自分中心に回っているとでも言うような唯我独尊女だ。しかも極めて口が悪い。そりゃあ友達の一人もできないだろと納得してしまう。まぁ俺も人のことはあまり言えないけど……。普段こいつは部室で一言もしゃべらずひたすら勉強をしている。


「アホすぎて友達に見捨てられた奴! ぽかーんとして、何も飲み込めてないんだ!」

 次に指さしたのは、だまって座り込みきょろきょろ辺りを見回している巨乳で茶髪の女子「水野千歳」だ。こいつはアホだ。少し会話しただけで伝わってくるアホ。よくこの学校に入れたなと思うほど知的レベルが低い。だが決して悪い奴ではない。いつもニコニコしているのは好感が持てる。大きな瞳と印象的な涙袋、僅かな垂れ眼が穏やかな印象を与える。ゆるフワのミディアムヘアも相まって、外見だけなら間違いなく学校トップクラスだろう。和菓子部が始まった当初は結構会話をしていたのだが、俺がその巨乳をいつも見ていることに気付かれてしまってからは少し距離を置かれている。それに関してはまぁ俺が悪い……。


「どんな状況でも絶対に話さない奴。おーい、起きてるのかー? 何か反応してくれー」

 床で体育座りをしてうつむいている黒髪ショートヘアのこいつは「八雲香奈」だ。

 こいつはしゃべらない。どんな状況でも絶対にしゃべらない。同じ部活に入ってから約一か月間、一度も声を聞いたことがない。何か質問しても頷くか首を横に振るかでしかコミュニケーションが取れない。高校生にもなってやばいよな。外国人の方がまだやり取りできるぞ。小柄な体型にショートヘアの髪形、つぶらな瞳は小動物のようなかわいらしさがある。外見だけで見れば間違いなくファンクラブができるほどずば抜けた容姿だろう。絶対にしゃべらない点がマイナスなのだが……。


 「そして俺だ! ネットの知識をもとに女子にちょっかいかけたら総すかん食らった奴!」

 自分で言ってて泣けてきた! 誰だ女子は頭を撫でれば喜ぶと書き込んだ奴、ゼッテー殺す! 俺は平均的な肉体に平均的な容姿を兼ねそろえた「THE平均人間」だ。まぁ、運動神経と学力は平均よりは高いと自負しているが。なんで俺に彼女ができないんだ。あー彼女欲しい。


俺は、三人の女子を見て改めて思う。魔王の討伐? 俺らにできるわけがない。日本という平和な世の中にいても不適合者なのだ。俺は強く反論する。


 「どんだけポンコツな儀式なんだよ!今すぐやり直せ!今日だって見たいアニメがあるんだ! 早く帰せよ!! はぁはぁ……」

一気にまくし立ててきたため呼吸が乱れてしまった。苦しい……。


 



 

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