第30話 健太の好みのタイプ

 修学旅行が終わると、日常が戻ってきた。

 ある日の放課後、日直の仕事を終えて教室に戻ると関口さんがいた。彼女は自分の席に座って、私が戻ってくるのを待っていたようだ。

 

「秋山さん、ちょっといいかな?」

 

 彼女は少し緊張した面持ちだった。何か重要な話でもあるのだろうか。

 「いいよ」と私は頷く。

 

「あのね、聞きたいことがあるんだけど……」

 

 関口さんは話しづらそうに口ごもった。

 

「何?」

 

 私は聞き返すと、彼女は深呼吸して意を決した様子で口を開いた。

 

「桐生くんのことをどう思っているの?」

 

「健太のことを?」と私は首を傾げた。

 

「うん……正直に教えてほしいの」

 

 関口さんは真剣な表情で言った。

 健太のことをどう思っているのかって……。そんなの決まっているじゃない!

 

「ただの知り合いかな」

 

 私が答えると、関口さんは驚いたように目を見開いた。

 

「えっ? ただの知り合い……!?」


 もしかして違う答えを期待されていた?

 探偵と怪盗でライバル同士と答えたいけれど、そんなことは言えないしね。

 

「どうしてそんなこと聞くの?」

 

「だって……桐生くんのことが好きだから」

 

 やっぱりそうだったんだ……。薄々気づいていたけど、本人の口から聞くと衝撃的だ。

 

「そうだったんだ……」

「秋山さんは桐生くんの彼女なの?」

「まさか! そんなわけないよ!」

 

 私が首を横にブンブン振って全力で否定すると、関口さんはホッとしたように息を吐いた。

 そして、彼女は「じゃあ、協力してくれる?」と聞いてくる。

 

 協力って……健太と付き合えるように応援してほしいってこと?

 

「内容にもよるけど、私にどんな協力ができるの?」

 

 関口さんは「それはね……」と口を開いた。

 

「どんな子が好きなのか聞き出してほしいの」

 

「健太のタイプってこと?」


 私は思わず聞き返した。

 

「うん、桐生くんのタイプを知ったら、その女の子に近づけると思うから……」


 なるほど、そういうことか。

 

「でも、本人に直接聞いた方が早いんじゃない?」

「それは無理! 恥ずかしいもん」


 関口さんは顔を真っ赤にする。

 

「……そっか。じゃあ、協力する」

「ありがとう!」

 

 私が渋々頷くと、関口さんは嬉しそうに笑ったのだった。



 ◇


 

 次の日の放課後、靴箱の前で健太を待ち伏せした。部活動に入っていない健太だから、すぐに見つかるはず。

 案の定、彼はすぐに靴箱に現れた。


「健太! ちょうどいいところに来た!」


 私が声をかけると、彼は足を止めて振り返った。

 

「秋山? 何か用か?」

 

「うん……実はね……」と私は話を切り出すことにした。関口さんとの約束を果たさなくちゃ。

 

「健太の好きなタイプってどんな人なの?」


 私は率直に尋ねた。


「…………は?」


 健太は目を見開く。

 

「だから、健太の好きなタイプを知りたいんだけど……」

 

 私がもう一度言うとぽかんと口を開けた。

 

「どうして?」

「えーと……それは……」

 

 関口さんのためにあなたの好きなタイプを聞き出しにきたんです! なんて言えない! どうやって誤魔化そう……と必死に思考を巡らせる。すると、一つの答えが降ってきた。

 

「……私の友達が健太のこと好きみたいなの!」

 

 私は咄嗟にそう言った。

 でも、嘘は言っていない。関口さんが健太のことが好きなのは事実だしね。

 

「え?」

「私の友達が健太の好きなタイプを知りたがっているから、協力しようと思って……」

「……なんでそんなことをお前が聞くんだよ」


 私が説明すると、彼は露骨に顔をしかめた。しかし、すぐに考え込むように腕を組んで視線を床に落とした。しばらくの沈黙。


 ……私、何か悪いことを言った!?

 不安になって彼の顔を覗き込む。すると、彼はゆっくりと口を開くとこう言ったのだ。


「親しみやすくて、一緒にいて飽きない人かな」

「え?」

「だから、俺のタイプな子だよ」

「そうなんだ……」

 

 健太がちゃんと答えてくれるとは思わなかったから、私は拍子抜けした。

 

「じゃあ、またな」

「ちょっと待って!」

 

 健太は片手を挙げて去ろうとするので、私は慌てて引き留めた。

 

「何だよ?」

 

 健太は怪訝そうに振り返る。

 そこで、私はふと疑問に思ったことを尋ねた。

 

「健太が気になっている人いるの?」

「いるよ」

 

 驚くべきことに、健太は即答した。

 

「え? いるの?」

「ああ、いる」

「どの子か教えてよ」

 

 私は興味津々で尋ねたが、健太は首を横に振った。

 

「……嫌だね」

 

 そう言い残して、彼は靴箱から去っていくのだった。


 

 健太に好きな子がいたなんて……全く知らなかった! いや……私が鈍いだけかな?

 家に帰っても、悶々とそんなことを考えているうちに夜になったので寝る準備を済ませてベッドに入る。

 しかし、私は寝つけずに何度も寝返りを繰り返していた。



 ◇



 健太の好みのタイプが「親しみやすくて、一緒にいて飽きない人」だと、関口さんに伝えると、彼女はとても嬉しそうだった。

 

「秋山さん、ありがとう!」

「良かったね」

「今度、桐生くんとお話しするときは、この情報を使ってみるよ」

 

 関口さんは得意げな表情でそう言ったのだった。

 その後、関口さんは熱心に健太をデートに誘った。夏祭りのデートに誘われた健太は、「怪盗ヴェールのことで忙しいから」と断ったそうだ。

 

 その話を聞いて、ホッとしたのはどうしてだろう。まあ、それはいい。

 関口さんはとても残念がっていたけれど、「怪盗ヴェールの予告状が出るから」という断り文句は嘘ではなく本当だ。


 夏休み期間中も怪盗家業は真っ盛りで、私は健太とターゲットの絵のある場所でバトルを繰り広げていた。

 その結果は、全部私たちの勝ちだったけどね。

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