第23話 幕は下りる

 足を蹴って飛び上がり、黒いマントを空中へ放り投げる。

 頭からマントを被って、全身スッポリと覆い隠した。

「スリー・ツー・ワン!」と、カウントダウンをすると、マントを取り払った。

 

「消えた……?」

 

 刑事は怪訝な表情になる。

 そこにあるのはマントだけ。おそらく手品のように見えていることだろう。

「くそッ!」と刑事が悔しそうに悪態をついた。

 

 私は警察官の一人に変装してその場にいた。混乱している隙に逃げ出した方が賢明だろう。


「怪盗ヴェールが景吾に変装してたってことだろ? 気づかなかった……」

「カッコいい……怪盗ヴェールって」

 

 子どもたちは小声で興奮気味に話している。


「ヴェールを探さなくていいのか?」

 

 刑事に話しかけられた健太は、頭を左右に振る。

 

「僕の今回の目的は麻薬捜査です。深追いはしません」

 

 その返事を聞いた刑事は「それは意外だな……」と呟いた。

 

「警察官たちに任せます」

「わかった。ここは俺たちに任せて、桐生くんはゆっくり休んでくれ」

 

 刑事は健太の肩をポンと叩くと、他の警察官たちに声をかけた。

 

「よし、怪盗ヴェールを捕まえるぞ!」

「はい!」

 

 刑事たちは走り出した。それを見送り、健太は子どもたちに優しく語りかける。

 

「さあ、みんな。慌ただしくなってきたから、そろそろ部屋に戻った方が良さそうだ」

 

 子どもたちは頷いて、素直に部屋に戻っていった。

 その様子を見送った健太は、「さてと」と呟いた。

 

「――お前、怪盗ヴェールだろ。俺に同じ手は通じないよ」

 

 私の目を見ながら、健太はそう言った。

 

「バレた?」

 

 私は茶目っ気たっぷりに舌を出して笑う。

 健太は溜め息を吐いて、苦笑いした。

 

「今回は見逃してやる」

「……どうして?」

「俺の流儀に反するからだ」

「へー。探偵くんの流儀って?」

「嘘は吐かないということだ」

 

 健太は胸を張って堂々と言った。

 

「なるほどね」

「じゃあな。俺は行く」

 

 健太はそれだけ言って、どこかへ去ってしまった。

 なるほどな……嘘を吐かないとは、正義感の強い健太らしい。それを守るのは、嘘で作られた私には絶対に無理だけど。


「さて、私もそろそろ退散するとしようか」

 

 窓から外の様子を窺うと、神父が警察に連行されている。

 私もそれを追いかけるように、礼拝堂から抜け出したのであった。


 外にはヘリコプターが飛んでいて、教会の周りを飛んでいるのが見えた。

 そして、路駐されていた叔父が出してくれた車の後方座席に乗り込む。短髪のかつらを脱ぐと、上を向いて頭を横に振った。湿った長い髪が背中で揺れる。


「長丁場、お疲れ様でした」


 助手席に座る澪が、後ろを向いて話しかけてくれた。


「まずはお風呂。体のマッサージもしたいし、携帯もいじりたい……」

「全部、家に帰ったらできるから、もう少しの辛抱だよ」

「普通の生活ができない潜入調査なんて、もうこりごり。これで終わりにしたいものだわ」

「そうだね……」


 私の不服を澪は黙って聞いてくれる。

 教会での生活は不自由が多かったけれど、健太と協力できたのはよかったのかもしれない。健太がいなければこの計画は成りたたなかった。


 だが、警察とウィンウィンな関係でいられるのは今回で最初で最後だ。あまりに近づき過ぎると正体がバレてしまう危険がある。

 私は教会で過ごした日々を思い返した。

 

「終わりよければすべてよし」だ。この調子で次の仕事に取りかかろうじゃないか。

 私と澪は互いの目を見つめ合うと、小さく笑い合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る