第14話 掃除当番

 神父は説教を終えると、寛太を部屋へ案内した。

 信者の帰った礼拝堂には孤児だけになって、リーダー格の少年が言う。

 

「なあ。新人に仕事を押し付けようぜ」

「そうだ。そうしよう」

 

 少年たちから賛同の声が上がる。

 

「あいつ、ダメ人間だからさ、一人で掃除でもやっていればいいんだよ」

「そうか、掃除当番は良いな!」

 

 少年たちが嬉しそうに笑っていると、リーダー格の少年は提案した。

 

「どうせならさ、一番嫌な仕事を押し付けてやろうぜ」

「そうだな。あいつならどんな仕事でも嫌とは言わないだろうし」

「賛成!」

 

 反対する者は誰もいなかった。リーダー格の少年はニヤリと笑うと、小声で呟く。

 

「神父様にはチクるなよ?」と彼は仲間に言いつけた。

 

 リーダー格の少年の提案に他の少年も賛同して、掃除や洗濯など重労働を押し付けることが決まった。

 

 ああ、まずい。神父が寛太を受け入れてしまったので、今更追い出すこともできない。

 私は席を立つタイミングが見つからず、席に座ったままだった。


 昼食が終わると、掃除の時間が始まる。

 ゴールデンウィークの期間で学校が休みのため、休日のスケジュールで動いている。

 掃除当番の割り振り表が壁に貼られているが、寛太の他にも数名が中庭の草抜きの担当だった。リーダー格の少年も草抜きの担当に入っている。


「お前は草抜き。他の奴は外の掃除をしろ」と、彼は指示を出す。

 その指示に不服そうな声があがった。

 

「おい、それじゃあ寛太が可哀想じゃないか」とあの場にいなかった誰かが言うと、リーダー格の少年は鼻で笑った。

 

「いいんだよ、あいつはそれで。なにもできねーんだからさ」

 

 そう強く言われては、逆らえなかったらしい。寛太に同情的だった少年は押し黙った。

 そうして少年たちは仕事に取り掛かるふりをして、どこかへ行ってしまった。そんな中、寛太は言われた通りに一人で草抜きを始めた。


 礼拝堂に神父が向かっているのが見えたので、私もこっそりと後を追いかけた。

 こうなったら、神父に告げ口をするしかない。

 健太には関わりたくないけれど、このまま見過ごすことはできないし。

 

「あの、神父様。少しお時間よろしいでしょうか」

 

「どうしましたか、景吾くん」

 

 神父は穏やかな笑顔で答えた。

 

「実は、寛太君が草むしりを一人でやっているんです。他の子は彼に仕事を押し付けて遊んでいます……」

 

 と、私は困ったように訴えた。

 

「それはいけませんね」

 

 神父は複雑な顔で頷いた。

 

「あの子たちには注意しておきます。今日は君も一緒に草むしりをやりなさい」

「わかりました」

 

 私は中庭へ向かう。すると、草抜きをしている寛太の姿があった。

 私が来たことに気づくと、彼は取り繕った笑顔を見せた。

 

「……神父様に頼まれたの?」

 

 私は頷いた。そして彼の隣に屈み込んだ。

 

「僕も一緒にやるから大丈夫よ」


 そう私は言うと、寛太は意外そうな顔をして私を見た。

 

「どうして……手伝いに来たの?」

「仲間が酷いことをされそうになっていたら、放っておけないだろ」

 

 私が答えると、寛太は不思議そうな顔をした。そして彼は口を開く。


「君は優しいんだね」

「そうかな。弱い者イジメをするやつって許せないんだよね」


 健太は弱いフリをしているだけだけどね、と心の中で付け加えた。

 それでも見過ごせなかったのは、私が優しいからだろうか。

 

 それからは会話らしい会話を交わさず草むしりを黙々とした。

 溜まった草を袋にまとめ、庭の隅にある倉庫からホースを引っ張ってきて中庭の水まきをしていると、他の少年たちもやって来た。リーダー格の少年はホースを持っている私に気付くと指差した。

 

「おい! なにサボってるんだよ!」

「水まきだよ」と私は答える。

「景吾は礼拝堂の拭き掃除じゃなかったか? あっちに戻れよ」

 

 そんなことは覚えていたらしい。……まったく。意地悪に頭を使うのではなく、もっと別のことに頭を使ってほしい。

 

「僕が一人でやっていたから、景吾くんは手伝いに来てくれたんだよ。君たちは遊んでいたようだけどね」


 寛太がしれっと嫌味を言うと、リーダー格の少年は苛立ったように「なんだと……!」と唸った。

 

「サボっていたのは事実でしょ? なんなら今から草むしりに参加する?」

 

 その言葉にはさすがにカチンときたようで、「ふざけるなよ!」と彼は寛太の腕を掴もうとする。

 まずいな……。私はリーダー格の少年を止めるように声を上げた。


 しかし同時に、神父が私たちに近付いてくるのが見える。彼は寛太とリーダー格の少年の間に立った。

 

「なにがあったのですか?」

「あの、神父様。こいつが自分の仕事をサボって、草むしりをしているんです」とリーダー格の少年が答えた。

 

 しかし、神父は首を横に振った。

 

「いいえ。彼はあなたの仕事を代わりに行っていたのです」

 

 神父の言葉に少年は息を詰まらせた。それから私を睨み付けてくる。

 

「……なんでだよ!」と怒りを露わにした声を放つ。他の少年たちも私たちを取り囲んでいるが、誰も口を開かない。

 

「草むしりは、彼に任せたのは間違いでしたね」と神父が言った。

 

「すみませんでした……」とリーダー格の少年は申し訳なさそうに頭を下げたが、他の少年たちは納得いっていない様子だった。

 

 神父はそんな少年たちを叱りつけるようなことはしない。ただ寛太に頭を下げた。

 

「君にも酷いことをしてしまったね。本当にすまなかった」

「そんな、頭をあげてください!」と寛太は慌てて言った。

 

「ここの掃除はもういいので、せめて外の掃除をしてきてくれないかな?」

 

 神父に言われて、寛太はそそくさと逃げるように中庭から出て行った。その後ろ姿に少年たちがなにか言うのでは……とひやひやしたが、誰もなにも言わなかった。ただ悔しそうに顔を歪めて去っていくのが見えるだけだ。

 

 ようやく解放されて中庭から礼拝堂へ戻ると、神父が駆け寄ってきた。

 

「ありがとう、景吾くん。君がいなければ、きっと大変なことになっていました」

「いえ……僕はなにもしていません」

 

 私はそう返事をしたが、神父は首を横に振る。

 

「あの子たちはサボることになんの罪悪感も感じていないから、仲間を叱ることができないのです。だから君が間に入ってくれたおかげで、良い方向へ進んだのですよ」

 

「……そうでしょうか?」

 

 自分がしたことは寛太を助けただけで、なにも解決できていない気がしたのだ。それはきっと寛太もわかっていたはずだ。

「ええ、そうです」と神父は断言する。

「君は心優しい少年ですね」と神父は微笑んだ。

 

 その笑顔に、私は少し罪悪感を感じた。だって私が寛太を助けたのには下心があるからだ……。それを見透かされているようで、少し怖くなった。

 

「さあ、次は夕食の準備ですよ」


 神父がそう促した。壁にかかった時計を見たら、もう午後六時になっていた。

 私も食事の準備を手伝いに行くことにした。

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