女神に嫌われた元勇者。二周目は『カード化』スキルで成り上がる。目立たないように生きている? いえ十二分に目立っていますから!

ヒゲ抜き地蔵

プロローグ

「ルーク君……ここが前から言ってた王都の本拠地なの?」


「そうだよ、エリン。ここが僕ら『月夜の宴』のクランハウスだ。まあ商会も兼ねてるけどね。エリンとドンカさん用の工房もあるぞ」


 エリンと呼ばれた10歳の女の子は、目の前にある古くて大きな建物に驚いていた。


 学友でありパーティーメンバーでもある黒髪の少年が、軽いノリで「王都の住まいは僕の方で用意しておくよ」と言っていたが、まさかこんなことになっているとは。予想の10倍、いや100倍は軽く超えていた。


「こ、工房があるのは嬉しいんだけど、どうやったらこんなに大きな敷地や建物が手に入るの? しかもここは王都なんだよ。絶対におかしいよね!?」


「アハハハ。この建物をよく見てみなよ。元は教会と孤児院だったんだ。それをマドリーの婆さんが格安で手に入れたのさ。まあ立地はスラム街の近くと、治安はあまり良くないけどね」


 黒髪の少年ルークはそう言いながら、クランハウスの大きな扉を開く。中は広いロビーのような造りになっていて、所狭しと沢山の人達が荷解きや内装工事をしていた。


 部屋の中央でテキパキと指示を出していた老婆が、入ってきたルーク達に気づく。そして不機嫌そうな顔をしながらルークに近寄ってきた。


「やっときたかい。遅いじゃないか、さっさと荷物を倉庫に入れといておくれ。エレノアも困ってたよ。売る物がないってね」


「あっ、こんにちは。マドリー司祭様」


 マドリー司祭と呼ばれた老婆は、ギロリとエリンを睨む。


「エリンかい。丁度良かったよ。父親のドンカに言っておきな。工房の支度ばかりしてないで、さっさとお店の内装工事を済ませるんだ。1週間以内にお店の営業を開始できなければ、おまえの工房を真っ先にたたんじまうよってね」


「は、はい。絶対に言っておきます! それじゃあ、ルーク君。私、お父さんを探してくるね」


 エリンはマドリー司祭から逃げ出すように走り出すが、すぐに立ち止まりキョロキョロと周りを見渡す。


「エリン、工房はカウンターの右の通路の先だよ」


 エリンは苦笑いを浮かべ、工房へと向かっていった。

 その光景にマドリー司祭は呆れたようにため息を漏らす。

 

「あんなんで、本当に大陸最高と呼ばれるアルカディア学園に合格したのかい。ルーク、あんたが合格するのはわかるけどね」


「アハハハ。エリンの錬金術は特別ですからね。学園で学ぶことで、もっともっと才能は開花しますよ。けど、王都にきた目的は学園だけじゃない。商会も起こしますからね」


「『収集家コレクター』ルークが素材を集め、『合成錬金術師』エリンが素材を加工する。そして『実業家』エレノアが販売する。よくもまあ、こんなレア職業が集まったもんだよ。さらに腕の良い鍛冶師ドンカもいるときたもんだ」


 マドリーはこのメンバーが集まったことは偶然では無く、たった10歳の少年が1人でまとめ上げたことを知っていた。


 元々普通じゃないことには気づいていたが、ぶっ飛んでおかしいヤツと気づいたのは8歳児に執り行う『洗礼の儀式』のときだ。あのときの異様な出来事は今でも忘れられない。


 あれからたった2年しか経っていないのに、今では王都に本拠地を置くクランのマスターときたもんだ。しかも、このババアまでもクランに引き込むとはね。

 本当に何者なんだい、この小僧は……


 このことはマドリーだけではなく、ルークと知り合いこのクランで働くことになった関係者全員が思っていることであった。 


「それじゃあ、あとは任せますね。マドリー統括責任者」


「クッククク。ああ、このババアに任せておきな。表向きは教会の施設ってことにしてあるから、貴族どもも簡単には手を出せないさね。ただ孤児院を併設する件は忘れるんじゃないよ」


「はい。優秀な人材は喉から手が出るほど欲しいですからね。そのためにも、そこら辺の学校よりも高度な教育環境を用意しますよ」


 ルークはニヤリと笑うと「それでは、倉庫に行ってきますね」と言い残し、この場から去った。


 マドリーはルークの相変わらずの利己的さ加減に、思わず苦笑した。常に己の利益を追及する。しかし、マドリーはそんなルークの利己的さが嫌いではなかった。むしろ、好ましく思えていた。


 世のため他人のためと言いながら、それを大義名分に身勝手な理不尽を押し通すヤツらがどれだけ多くいることか。司祭という立場で、世の中の表と裏を50年以上見てきたマドリーには、ルークの利己的さが周りをかえりみないものとは違うように感じていた。



 ◇



 ルークは食堂や孤児院の工事の進み具合を確認しながら、倉庫までやってきた。


「ここが倉庫か。設計図で見たときよりも、かなり広く感じるな……」


「おかえりなさい。ルーク様。まだ棚や物がない状態ですので、広く感じられるかもしれませんが、すぐに手狭になると私は思いますよ」


 金髪のロングヘアーの女性が微笑みながらルークに話しかけてきた。


「こんにちは、メアリーさん。何度も言ってますが、ルーク様はやめてください。せめてクラマスとか。冒険者ギルドで働いていたときは、様付けじゃなくてギルド長やギルマスって呼んでたんじゃないんですか?」


「そうですね……たしかに、ギルド長と呼んでいましたね。では、クランマスター改めクラマスとお呼びしますね」


 この爽やかな笑顔を見せる20代前半の女性は、ルークが王都に来る前にいたスタットの町の冒険者ギルドの職員だった。

 メアリーはルーク達の将来性に、ルークはその優秀さに惹かれ、クラン『月夜の宴』で働くことになったのである。


「それでは運んできた商品や素材を出しますから、どこに置くか教えてください。資材管理長殿」


「ウフフフ、なんか役職名を言われると照れますね」


 そう言いながらも床に付けてある印を確認しながら、テキパキとルークに資材の保管場所を説明していく。


 元々冒険者ギルドの受付をしていただけあり、素材やその管理方法についての知識は豊富。さらにルークからクランに誘われてからは、ギルドの内部資料を徹底的に覚え、知識だけならSランク冒険者にも負けないほどになっていた。


「それでは、まずポーション系から置いていきますよ」


 ルークは腰に付けたカードホルダーから、1枚のカードを取り出し『リリース』と唱える。するとカードが淡く光った瞬間、そこにはポーションがビッシリと並ぶ棚が現れた。


「い、いつ見ても凄い能力です。これだけでも一生遊んで暮らせますよ」


「アハハハ。そうなる前に僕は貴族達の奴隷おもちゃにされちゃうよ。だからこのスキルのことはくれぐれも秘密だからね」


「はい。もちろんです。それにここで働くものは全員契約魔法を結んでおりますので、滅多なことでは漏洩しないかと」


 まあ、それもバカ貴族どもよりも力を付けるまでの我慢だけどね。ルークは心の中で、そうつぶやくのであった。


 ルークは頼まれていた全ての棚や資材が置き終わると、ルークにとって本日一番の目的をメアリーに質問する。


「それで珍しい素材は手に入ったかな? 魔物図鑑はダンジョン攻略していれば、自然に集まるからいいんだけど、素材図鑑の完成コンプリートは自分だけでは難しいからね」


「はい。シャルちゃんが集めてきてくれた珍しい素材は、全てあの区画に保管しています。不要な物はあちらの棚に移してください。こちらで素材として加工し販売しますので」


 それを聞いて目をキラキラさせながら、資材置き場へ歩いて行くルーク。メアリーはルークの年相応の子供らしい姿に微笑ましくなる。

 

 ルークは資材置き場に着くと、目の前にある緑色の木片に手を沿え『コレクト』と唱えた。すると木片が淡く光り1枚のカードになった。


 そしてルークの頭の中で女性の声がする。


『コレクションボーナスで腕力が1上がります』


 ルークはニヤリと笑い、資材置き場の素材を片っ端からカードに変えていく。

 

『コレクションボーナスで機敏が1上がります』

『コレクションボーナスで魔力が1上がります』

『コレクションボーナスで魔力が1上がります』

『コレクションボーナスで知力が1上がります』

 :

 :


 アハハハハ。49個の素材に対して、新しく図鑑に登録されたカードは25枚。最高じゃないか!

 思った通り、素材図鑑を完成させるなら商会をするのが一番効率は良さそうだ。


 ルークは『ステータス』の魔法を使い、自分の能力を確認する。

 ……このペースで能力を上げていけば、なんとか間に合いそうだな。


 、最後まで後悔し続けることになったアルカディア学園の惨劇。

 あのとき、女神ノエルに奴隷のように従わされていた俺には止めることはできなかった。けど、今回は違う。


 ——ノエル。今度はかつて勇者だった俺が、お前の計画偽りの平和を潰してやる。

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