薬 【四錠】

K.night

第1話 それでは人間とは何か【1】

「はい、みんな、ちゃんと薬の名前と配合を確認してくださいね。」


優しい先生が、優しい声でみんなにいった。同じく、優しかったり、ちょっとやんちゃっだったり、静かな生徒たちがお互いの薬を確認し合う。透明な袋には青い薬が一つと、小さな成分表が入っている。体質によって薬の配合が違うから、隣の子と確認し合うのだ。この間、歴史の授業で習ったんだけれど、20年前に大規模な薬の手配間違いがあってたくさん事件が起こったから、今は学校とか職場とか大勢の場で薬を確認しあうシステムになったんだって。世界に戦争や紛争のない、「ピースフルワールド」になってから、そういう「平和じゃない事件」っていうのはそれしかないらしい。僕は隣のケンちゃんと薬を交換する。同じ、青い薬。01の番号。成分表もあってるみたい。


「大丈夫。」


薬をケンちゃんに戻すと、ケンちゃんも僕に薬を戻してくる。


「ねえ、まさくん。俺たち同じ01だけどさ。06に変えてもらったらもっと頭よくなると思わない?」

「なると思うよ。06を飲むと勉強がしたくなるみたいだし。」

「だろ?01ってさ、運動したくなっちゃうじゃん。でも今から冬だし、勉強が楽しくなった方が何かと便利そう。」

「やだあ。遊んでくれる人いなくなっちゃう。」

「大丈夫。俺たちの友情は変わらないって。」


同じこと、みっくんも言ってたよ。全然遊んでくれなくなったけど。13歳までは薬の変更は親がOKしてくれないと変えられない。最初は01を飲んでる子が多くて、小学校1年生の時は楽しかった。8人中6人は01だったし。なのに3年生になったら、01は僕とケンちゃんだけになっちゃった。みっくんもこの間03に変えちゃって、「人にボール当てたくない。」とかいいだしてさ。遊んでくれなくなっちゃった。僕は薬の袋を破る。


「はい、じゃあ先生と一緒に飲みましょう。ごっくん。」


みんな先生と同じ動きで薬を飲んで、コップを置いた。みんな口を開けて上を向く。先生が薬をちゃんと飲んでるか確認するのだ。先生は一番後ろの鈴木優人君を確認するときだけ笑顔が消える。


「大丈夫ね。じゃあみんな昼休どうぞ。」


先生がそう言うと、ケンちゃんは真っ先に給食の皿を下げた。


「まさくん、早く片付けてキャッチボールしよう!」

「トイレ行っていくから、先に行ってて。」


僕はできるだけ口を動かさずに言った。わかったーとケンちゃんは風みたいな速さで教室から出ていった。ケンちゃん、体は女の子なのにボールを誰よりも強く投げられるからキャッチボールは大変だ。体は女の子で心は男の子なんだって。難しいよね。同じ01でいいのに。僕も皿を片付けて、トイレに駆け込む。全個室の共同トイレの一つに入って、僕はトイレットペーパーにベッと薬を吐き出した。トイレットペーパーが青くにじむ。体にわるそっ。そのまま便器に座って用を足す。隣の個室も誰かはいったようだ。多分、優人くんだと思う。僕が薬を吐き出すようになって気づいたんだけれど、優人君も給食が終わったらすぐトイレに行くタイプらしい。なんとなく音が気になる。


優人君が来たのは2週間前。「禁区」から来た「実験生」だった。今、世界的に人口が少なくなってるそうだけど、この国は特にそれがひどいらしくて、今や人口とほとんどが首都に住んでいる。それで、今まで治外法権になっていた薬を飲まない人、犯罪を起こす人を入れる「禁区」を島から首都に移動した。首都の一角にある禁区は一面塀で囲われて入り口には常に見張りの兵がいて、怖くて近づけない。その禁区にも結構な人がいて、子供もそこそこいるらしい。そこで、特に深刻な子供不足を解消するために、「禁区」で育った子供を「薬を飲むこと」を条件に、この学校で一緒に学ぶことが提案された。優人君がその第一号らしい。


トイレを出て、教室を覗くと、優人君は本を読んでいた。なんか難しそうなやつ。こうやって見てると、優人は06っぽいんだけどな。先生が気を付ける必要なにかあるんだろうか。長く見てたのか、優人君と目が合って、慌ててそらした。危ない危ない。気を悪くしていないといいんだけど。僕はケンちゃんとキャッチボールをするために、校庭へとかけていった。


薬を飲まなくなって、1週間たった。ほんの少し、ちょっとした勇気。優人君が来てから、僕は興味が湧いたんだ。優人君は06の薬を飲み始めたばかりって聞いたけど、06とほとんど同じだった。静かで、暇があれば本を読んでる。でも、ちょっと、違う。なんというか、警戒心がある。(警戒心って言葉辞書で探してみたんだ。)他の06とやっぱりどこか違う。だから僕も薬飲まなかったらどうなるのかな、って。ほら、僕は元気な01だから!01って昔は「勇敢」だったらしい。(これも調べた。)



というかさ、この世界ってちょろいと思うんだ。薬を飲むのが義務になってるのに、薬を飲んでるかどうか、誰も確かめてない。学校では飲んだか見てるけどさ、上の歯と唇の間に入れてるだけで全然ばれないの。


「薬飲んだー?」

「飲んだよ。」


お母さんに言われたけど、もちろん飲んでない。それにしても今日のご飯はおいしかった。大好きなオムライス。卵はすごく高いって聞いたのに、なんか最近よく作ってくれるの。嬉しい。そんなお母さんに嘘つくのはちょっと心苦しいけれど、それよりもワクワクが勝っている。僕がどう変わるか、ワクワクしているんだ。だけど最近、ちょっと体調が悪い。今日もケンちゃんとキャッチボールしてたけど、いつもより全然取れなくて、ケンちゃんに心配されちゃった。01を飲まないから元気減っちゃったのかな。まあ、いいや。


次の日も僕は薬を吐き出しに昼休み、トイレに向かった。薬を吐き出したタイミングで、隣から声が聞こえた。


「真人君も薬を吐き出してるよね。」

「うわっ。」


思わず声が出た。


「静かに。今トイレ二人しかいないけど、どこで見張られてるかわからないから。」

「優人君、だよね?」

「そうだよ。」

「君も薬飲んでないの?」

「飲んでないよ、あんなの。」

「い、いけないことだよ。」

「君が言う?」


優人君は笑ったようだった。いや、だって僕と優人君じゃわけが違うんじゃ何だろうか。


「僕探してたんだ。僕くらいの薬を飲んでない子。ねえ、勇人君も、薬を飲むのっておかしい、って思ってるんだよね?」

「そういうわけじゃ。」

「じゃあ、なんで飲まないの?」

「・・・本当の僕を知りたくて。」

「十分だよ。」


カサっと音がした。優人君がトイレの下の隙間から紙を入れてきたのだ。


「今日学校が終わったら、書いてあるところに来て。僕と同じ、薬を飲まない、本当の人間に会わせてあげるから。」


そういって、優人君はトイレからでて行ってしまった。ばれてしまったことに心臓がバクバクしていた。どうしよう。とにかく多分、メモ、置いておけないと思う。汚いなあと思いながらハンカチでそっと包んで、僕もトイレを出た。


薬を飲まないと、どうなるんだろう。特に何も聞いたことがない。小さい頃、お薬を飲まないと悪魔が魂を抜きに来るって絵本はあったけど、さすがに悪魔なんていないと思う。ハンカチをそっと開くと、地図だった。禁区近くの倉庫だ。行ったことない。どうしよう。先生に全部言って謝ればいいのかな。優人君のことも?わかんないよ。


「本当の僕を知りたくて。」


自分で言った言葉に、自分で驚いた。そんな風に僕は思っていたの?ただの気まぐれじゃなくて。震えている。これは怖い、だ。僕はこの気持ちをあまり味わったことがない。だって、01だから。じゃあ、僕の本当は怖がりなのかな。そんなことない。僕は勇気、あるもん。うん、そうだよな。いってやる!僕は勇気があるんだ!


来たことない場所ところだったけれど、意外とこれたことに僕は驚いた。今どき紙にかいた地図とかで待ち合わせなんてしない。倉庫近くになると禁区の兵隊さんとかいるんじゃないかってドキドキした。B-1とかかれた倉庫にたどり着いたけれど、優人君の姿はどこにもなかった。待ち合わせ時間とかそういえば書いてなかった。僕は心細く、ちょこんと倉庫にもたれてしゃがんだ。考えてみれば、優人君は学校以外禁区からでられないじゃないか。そうだ。待ってたって無駄だ!僕は立ち上がると壁のちょうど僕の目線あたりに「マンホール」と書いてあった。マンホール、って何?デジタルウォッチで調べてみる。何これ?見たことない気がするけどなぁ。あ、もしかしてこれ?近くに寄ってみると、マンホールのふたが少しだけ空いて、「よくこれたな。」って優人君の声がした。


「優人君!?」

「しっ!静かに。今周りに人がいるか?」


僕はあたりを見回す。特に人は見当たらなかった。


「いないよ。」

「じゃあ来いよ。」


優人君はマンホールのふたをガバっと開けて出てきた。


「ようこそ、秘密基地へ。」


恐る恐る穴の中を覗いてみる。暗く深い穴は見たことがなくゾッとした。優人君は手に持った機械で光を出す。


「そこに足をかけるところがあるだろう。それを蔦って降りるんだ。」

「何その機械。」

「これ?懐中電灯。」

「懐中電灯?」

「見ての通り光を出すやつだけど?」

「それだけ?」

「機械ってシンプルな方がいいんだよ。」

「そんなことしなくても…」


僕は腕にAIウォッチに触れる。



「痛いよ!」

「悪い悪い!見つかったら終わりだからさ。」


そういって、優人は何かのスイッチを入れた。丸い穴には梯子みたいなのがついている。


「ゆっくり降りろよ。」

「何それ?」


僕はまだ痛い頭を自分で撫でた。


「これ?懐中電灯。」

「なに、懐中電灯って。」

「こうやって光る奴だよ。」

「それだけ?」

「なんだよ、それだけって。」

「いや、光るだけの機械とか初めてみるから。」

「こういうのはシンプルな方がいいんだよ。」


そんなもの?僕はつけている腕時計に手をやる。光るし、地図とかもホログラムで出るし、必要な時はいたるところにある配膳ロボにかざせば飲み物や食べ物も出てくる。みんなこの腕時計を持っている。


「外せ!」


そういって腕時計を外してしまった。


「入れ!」

「え?え?」

「いいから入れよ!」


僕は恐ろしくて、優人君が照らす光を頼りにマンホールの中へ入っていった。

梯子を下に降りて地面につくと、ちょっと明るい光と水の道がある。そして、初めて嗅ぐどうしようもない臭さが漂っていた。


「望にいちゃん!連れてきたよ。」


優人君がかけていくと、横たわった人影がゆっくりと起き上がった。


「ひいっ。」


僕は思わず声を上げた。こんな人間を見たことがない。痩せているせいか目がぎょろりとしているように見えた。


「こんにちわ。」


声は、優しかった。


「こ、こんにちわ。」


恐る恐る返事をする。その人は少し笑った。


「君は、きっと優しい子だね。」

「優しい?僕は、元気だよ。」


01の元気の薬を飲んでいるから。


「じゃあ、元気で、優しい子なんだね。」

「どういうこと?僕は、元気だよ。」

「人はたくさんの面を持ってるものなんだよ。本当はね。」


心臓がバクバクしているせいか、何言ってるかよくわからない。


「難しいよ。わかんない。僕は元気だし、お母さんは優しいし、お父さんも優しいよ。」

「そうか。それは優しい世界だね。」

「何言ってるの?それよりここ何?」


薄暗くて、何より、臭い。臭くてたまらない。


「望にいちゃん、無理だよ。こいつも薬漬けだったんだからさ。」

「一つだけ、聞きたかったんだよ。ねえ、君は、幸せ?」

「幸せ?」


幸せ?考えたこともなかった。だけど、僕の家はこんな暗くないし、臭くもない。何よりお父さんもお母さんもこんな顔じゃない。


「し、幸せだよ!」


黒い虫が地面を張った。


「うわああ!!!」



僕は優人君を押しのけてきた道を走った。梯子をぐんぐん上って、少し重い蓋も跳ね開けた。とにかく走った、走った。目だけ大きくてがりがりで、臭くって、あれが薬を飲まない人が行きつく先なの?帰る途中、何度かあの匂いを思い出して僕は道端で吐いた。怖かった。気持ち悪かった。恐ろしかった。家について、エレベーターに乗ったあと、僕はへたり込んだ。


お母さん、お父さん、先生、ごめんなさい。薬を飲まない悪い子でごめんなさい。今日からまたちゃんと飲みます。そうだ、僕も、薬を06に変えてもらおう。もう二度とこんなバカなことを犯さないように。


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