第35話 倦怠感
二十分ほど走り続け、だいぶアミラたちから遠ざかった。
速度を落とす。足がやけに重い。
ノロノロと進んでいると、ずっと俯いていたエフィーが僅かに顔を上げた。
「ギールさん……」
「何?」
前を向いたまま応じた。
直後に、声が冷たかったかも知れないとギールは自己嫌悪に陥った。
胸が締まり、息が苦しい。
先ほどからずっと、この子を言葉と態度で傷つけている。
それは分かっているのだが、憎しみを抑え切れずエフィーに優しくできない。
エフィーは再び俯き、しかし言葉を続けた。酷く震えた声で。
「私……何をして、しまったのですか……?」
すぐには言葉を発する事ができず、ギールは少しの間沈黙した。
「……見てもらった方が早いかも」
立ち止まってエフィーを地面に下ろす。そしてポケットからスマホを取り出した。
『ルビー・ダスト』と検索すれば、関連情報が大量にヒットする。
数日前に投稿された再生数の多い動画が目に留まった。有名なニュース解説チャンネルの動画。それを開いてエフィーにスマホを手渡した。
『今日は、一年前の十二月二十四日にカプリコルヌスで発生した、謎の魔法大量殺戮事件「ルビー・ダスト」の解説をしていきたいと思います』
女性の声で、説明が始まる。
『まずは当時撮影された映像をご覧下さい。こちらです』
「——ッ!?」
音声が切り替わった瞬間、エフィーが目を見開いて息を詰ませた。
『この爆発に巻き込まれて、カプリコルヌス第一都市を中心に、数十万という命が奪われました。爆発後に残ったこの光の粒がルビーの破片のように見える事から、この事件は「ルビー・ダスト」と呼ばれています』
流れている映像は、きっと先ほど見た光景と全く同じ赤い煌めきなのだろう。
『驚くべき事に、一年経った今でもこの光の粒は残り続けているのです。そのため、現地調査も未だにできていないのです。それでは次に、原因として考えられている幾つかの仮説を——』
その先の話は、もはや自分たちには意味がない。
ギールは固まっているエフィーからスマホを取り上げ、ポケットにしまった。
「カプリコルヌス第一都市は、俺やアミラが生まれ育った場所なんだ」
「っ……」
肩を震わせたエフィーに背を向けて歩き出す。
彼女のおぼつかない足音が後に続いた。
「ほぼ全ての住民が死亡したけれど……俺とアミラは訓練学校の合宿で別の場所にいたから、生き残ってしまったんだ。フラッドさんとマガリーさんもね、同じように家族を亡くしている」
ギールは口を閉ざした。もう語る事もない。ただ黙々と、歩き続ける。
「……あと一つだけ、教えていただけませんか……」
後ろから掠れた声がかけられた。
「良いよ」
振り向かずに頷いた。
今度は声が冷たくならないように気をつけたが、振り返る事だけはできなかった。
エフィーの涙を堪えるような声が続けられる。
「アミラさんは……私を殺さないと、あなたが死んでしまうと言っていました。それは、どういう……」
ギールは少しだけ歩幅を狭めて、歩くペースを落とした。
「君を『救世教会』の地下で保護したときにね。瀕死だった君に『天使の修復魔法』を使ったんだ。その代償で、俺は十四日後に死ぬ事になった」
「え……」
「残り三日と少し。だけどね、それまでに君が死ねば俺は生き残れる。禁書によれば、そういうルールらしいんだ」
エフィーの足音が途切れた。
ギールも背を向けたまま立ち止まる。
「もちろん、それを避けるために手は打ってあるよ。マガリーさんにも協力してもらった。ほら、二日目に魔法を受けに行ったでしょう? あれが成功すれば、君も俺も死なずに済む」
それが今さら何の救いになるのかは、もう分からないけれど。
ギールは拳を握り締める。
エフィーは何も言わない。きっと、まだ情報を受け止め切れていないのだろう。
「あと少しで目的地だから」
一言だけ告げて、ギールは歩き出した。
けれども、エフィーがついてくる気配がない。
仕方なしに振り返ると、彼女は俯いて立ち尽くしていた。
エフィーに近づき、勝手に横抱きに抱え上げる。
それでも彼女は何も言わなかった。ただ、必死で涙を噛み殺しているような息遣いだけが漏れていた。
(……どうすれば、良いのだろう……)
エフィーの震えが腕に伝わり、ギールは唇を噛み締めた。
憎悪の中に罪悪感が広がり、胸が悲痛に軋む。
全身が鉛のように重い。頭に鈍い痛みが走り、吐き気が込み上げてくる。
それらを無理やり抑えつけ、ギールは足を引きずって前に進んだ。
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