第33話 雷撃

「やめて、アミラちゃんっ!」


 叫び声を上げたレマがアミラを羽交締めにし、エフィーから引き剥がす。

 その光景を見て、ギールも我に返った。


「エフィー……!」


 彼女の元に駆け寄る。

 むせ返るような血の匂いに息を詰まらせながら、ギールはエフィーの胸から長剣を引き抜いた。


「あぐッ……! げほっ……」」


 エフィーが顔を歪める。その口から血が吐き出された。

 金色の光が瞬き、エフィーの身体の修復が完了した。

 けれども傷が治ったところで、痛みは即座に消えるものではないはずだ。


「っ……ぎ、ギール……さん……」


 激痛に痙攣けいれんしているエフィーから、涙まみれの瞳が向けられる。

 ギールは奥歯を噛み締めて、エフィーを抱き起こした。


「離して! 離してよっ!」


 レマに捕らわれたアミラが暴れ回る。

 ギールはアミラに向けて声を張り上げた。


「やめろっ! アミラ……!」

「どうして!? そいつだよ! そいつだったんだよ、みんなを殺したのはっ……!」


 アミラの絶叫が突き刺さり、ギールはグッと息を呑んだ。


「ルーファスも、アリアーヌさんもみんな——みんな、そいつに殺されたんだよ!」

「な……何を、言っているのですか……?」


 激昂するアミラを前に、エフィーが声を震わせる。


「私……誰も、殺してなんか……」

「殺したんだよっ! 私たちの大切な人たち、みんなお前が殺したんだ!」


 叩きつけられる怒号。

 アミラから憎悪と殺意をぶつけられて、エフィーは怯えたようにギールの服を握り込む。彼女は縋るようにこちらを見上げた。


「私、誰も殺してないです……!」

「っ……」


 だが、ギールは何も答えられなくて、思わず目を逸らした。

 エフィーの手が弱々しく服から離れた。彼女が凍りついた表情でこちらを見ているのが、視界の端で感じられた。


「返して! ルーファスを返してよ——ッ!」


 アミラが叫ぶ。その眼前で光が集中し、雷撃がほとばしった。


「アミラっ……!」


 視界が真っ白に染まる。ギールは咄嗟にエフィーを抱き締めてアミラに背を向ける。

 直後、熱と衝撃が襲った。全身を突き抜ける激痛に視界が明滅する。

 肺の空気が押し出され、ギールは苦痛に歯を食い縛った。


「……どうして守るのっ!? そいつはアリアーヌさんを殺したんだよ!?」


 アミラの悲痛な声。

 ギールは唇を噛み締める。口の中に血の味が広がった。


「どうしてっ!? アリアーヌさんを裏切るのっ……!?」

「違う! 俺はっ……!」


 ギールは叫び返すも、それ以上言葉が見つけられなかった。


「何が違うのよ!? そいつは私たちを騙していたのに!」


 何も言い返せず、ギールは腕の中で震えているエフィーに視線を落とした。

 ずっと、殺したいと願ってきた仇。それが今、目の前にいる。

 身体が熱い。「殺せ」と心が喚いている。胸が焼け焦げるほどに、エフィーを苦しめ殺してやりたい衝動に駆られる。


 ——なのに、どうして守ってしまったのだろう……?


「そいつを殺さければ、あなただって死んじゃうのよっ!? そいつを殺せば全て解決するのに、どうしてっ……!?」


 背後で再び閃光が迸る。ギールはエフィーを抱え、真横に飛び退いた。

 雷が至近距離で炸裂する。轟音に頭を揺さぶられ、痛みでギールの思考はぐちゃぐちゃになった。

 エフィーの背中に腕を回したまま、ギールはその場に立ち尽くす。

 レマに羽交締めにされているアミラが、泣きながらこちらを睨んだ。


「またそいつを守ったね……この裏切り者っ……!」

「っ……俺は……」


 分かっているのだ。今ここでエフィーを殺せば、全ての悩みが解決するのだと。

 アリアーヌの仇も取れて、エフィーの今後の心配をする必要も消える。

 自分とアミラも死ぬ事ができて、一年間続いたこの苦しみから解放される。

 躊躇ためらう必要なんてないはずなのに。この日のために、憎悪を抱き続けてきたはずなのに。


「俺は……」


 ——その瞬間、右肩に鋭い痛みが走った。


「ッ……!?」


 顔を向ける。ナイフが深々と突き刺さっていた。周囲に視線を走らせる。


「っ……フラッドさん……」


 十メートルほど先に、フラッドが佇んでいた。

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