第30話 始まり

「ユート君、トマスさん。メリンダさんは無事救出されました!」


 カイスが笑顔で叫ぶように言う。


「搬送先の病院が決まったら、お連れしますよ!」


 トマスが安堵したように涙を流し、何度も何度も頭を下げている。

 ユートも全身の力が抜けるのを感じた。ギールは宣言通りに母を救ってくれたのだ。

 しかし喜びの後、すぐに胸の痛みが襲ってきた。ユートは再び俯いた。


「ユート君、どうかしたかい?」


 カイスが優しい声音で話しかけてきた。

 けれどもユートは顔を上げられず、地面を見つめたままぽつりと零す。


「俺は……ギールさんのように、なりたかったんです」


 苦しむ人々を救える力を持った、主人公のような存在。

 彼のような魔法の才能は、自分にはない。


 だけど、ギールだって万能の才能を持っているわけではなかった。

 それでも彼は、才能がない部分を諦めない事でカバーしていた。

 だから、頑張っていれば。頑張って頑張って頑張り続けていれば、自分だってギールのようになれたかも知れないのに。

 苦しんでいる誰かを救い出せるような、ヒーローになれたかも知れなかったのに。


「俺には魔法の才能がありませんでした。だから何もできないんだと諦めて、だけど苦しくて、死んでも良いって思ったんです」


 涙が滲んで視界がぼやける。


「そうやって、あろう事か両親を自分で苦しめて……俺は、苦しんでいる人を救うヒーローに、なりたかったはずなのに……」

「だったら、今から目指せば良いよ」

「えっ……?」


 顔を上げる。カイスは優しい表情で笑っていた。


「何かを始めるのに、遅すぎるなんて事はないんだよ。だから、今から頑張れば良い。大丈夫。なりたいと思う事が、何よりも必要な才能なんだから」


 涙が溢れた。溢れて、止められなかった。

 だけど、泣いてばかりもいられない。

 ユートは涙を拭って、カイスに問いかける。


「すみません。紙とペンを貸してもらえませんか?」

「紙……普通のコピー用紙とかで良いかな?」

「はい。俺……ギールさんに酷い態度を取ってしまったんです。あとでちゃんと謝るつもりですが、先に今の気持ちを、ギールさんに伝えておきたくて……」


 カイスは柔らかな笑みで頷いてくれた。


「良い事だね。きっとギール君も喜ぶよ」




☆—☆—☆




 爆弾と起爆停止スイッチは、アームバンドでメリンダの両腕に固定されていた。

 ギールはそれらを外し、爆弾と起爆停止スイッチを彼女から引き離した。

 続けて、ショルダーバッグからナイフを取り出す。

 メリンダは両手足を紐で縛り付けられていた。

 ギールはナイフでその紐を切断する。自由になったメリンダの体勢を整え、椅子から落ちないようにした。


「メリンダの搬送先の病院が決まったら、カイスがユートたちを送ってくれるそうだ」


 フラッドが話しかけてきた。

 ギールはフラッドに背中を向けたまま、立ち上がって頷いた。ナイフをバッグにしまう。


「メリンダさんを助けられて、良かったですね」

「ああ。取り敢えず、無事に終わって良かった」

「終わって……」


 呟いてから、ギールは振り返った。




「——いいえ。ここからが始まりですよね、フラッドさん」

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