第13話 お悩み相談

「マガリー先生のお悩み相談室〜」

「パチパチパチパチ」


 突然連れて来られた場所で、突然よく分からない事が始まった。

 エフィーは困惑しながら、適当な拍手をしているギールを見た。


「あ、あの……ギールさん……?」

「大丈夫だよ、エフィーさん。マガリーさんは凄く良い人だから」


 言いながら、隣に座っていたギールはショルダーバッグを持って席を立った。


(……え、まさか出て行ってしまうの……!?)


 エフィーが呆気に取られていると、


「それじゃあ、マガリーさん。あとはよろしくお願いします」

「任せてちょうだい」


 ギールは本当に扉の外に出て行ってしまった。

 初対面の人と二人っきり。エフィーはどうしたら良いのか分からなくて、視線を彷徨さまよわせた。


 本、本、本。どこを見ても本棚に詰め込まれた分厚い本が目に入る。

 ギールに聞いた話によると、ここは市内の国立大学の魔法学部准教授、マガリー・ファールの研究室であるらしい。


「エフィーちゃん」

「は、はいっ……!」


 名前を呼ばれ、びくりと肩が震えた。

 デスクの向こう側でマガリーが苦笑を浮かべる。


「そんな緊張しないで大丈夫よ」

「す、すみません……」


 視線を手元に落として謝罪すると、マガリーの優しげな声が聞こえた。


「謝るのは私の方だわ。突然ごめんね。この状況、わけが分からないでしょう?」

「そ、それは……はい」


 答えながらエフィーはおずおずと顔を上げる。

 マガリーは微笑みを浮かべていた。


「ギール君に言われたの。あなたが、何か悩みを抱えているみたいだって」

「ギールさんが……?」

「ええ。だけど、自分には話してくれそうもないんだって」


 そう言われて、エフィーは胸がぎゅうっと痛くなった。

 耐え切れず胸元に手を当てる。


「エフィーちゃんの不安や恐怖、その全てを私たちが理解する事はできないけれど」


 マガリーが立ち上がって、元々ギールが座っていた椅子に腰かけた。

 そっと彼女の手が伸びてきて、エフィーは前髪を撫でられた。

 さらり、と。柔らかな感触が、優しい温かさを伴って胸にまで響いた。


「ギール君も私も、エフィーちゃんには幸せになってもらいたいの。だからね、悩みがあったら遠慮なく話して欲しいな。私たちも力になれるように頑張るから」


 じわり、目元が熱を帯びて視界が歪む。

 エフィーは滲んだ涙を袖で拭って、マガリーを見つめた。


(……ギールさんもマガリーさんも、優しいな。私なんかが、こんなに優しくしてもらって良いのかな……?)


 正直に言えば、この悩みを打ち明けるのは怖い。

 心臓が痛いほどに胸を叩き、手足が震える。呼吸が上手にできない。

 けれども、自分の事をここまで想ってくれている人たちがいる。

 それなのに自分がいつまでも前に進まないのでは、あまりにも不誠実だと思った。


「あ、あの……もし、分かったらで良いのですが……」


 マガリーが頷いて先を促してくれる。

 エフィーはきゅっと拳を握り締めて、勇気と声を振り絞った。




「——に、人間と天使の恋愛は……許されるのでしょうか……?」




 マガリーが虚を突かれた表情になった。

 だけど彼女は、すぐに柔らかな微笑を浮かべ直した。


「そっか。エフィーちゃん、ギール君に恋をしているのね?」

「は、はい……」


 改めて言われると恥ずかしい。頬が熱くなって、エフィーは俯いた。


「出会ったばかりなのに、おかしいかもですが……」


 だけど、本当に嬉しかったのだ。

 ギールが救いの手を差し伸べてくれた事が。独りじゃないと、抱き締めてくれた事が。


「全然おかしくないわ。私も旦那に一目惚れだったもの」


 懐かしむようなマガリーの声に視線を戻すと、見守るような目が向けられていた。


「大丈夫よ、エフィーちゃん。人間と天使の恋愛は、前例がいっぱいあるわ」

「ほ、本当ですかっ!?」


 エフィーは思わず大声を上げた。パッと目の前が明るくなった気がした。


「ええ。それどころか、人間と天使の間に子供だって産まれているのよ。天使の不死性を除けば、基本的な身体の構造は似通っているから」


 少しおどけた様子のマガリーに、耳元で囁かれる。


「エフィーちゃんももう少し大人になれば、ギール君との子供だって産めるわよ」

「ギールさんとの、子供……」


 想像したら、再び体温が急上昇した。

 エフィーは胸に手を当てて、そっと目を閉じる。

 悩みは消えた。夢を見ても良いのだと、心が軽くなった。

 だからエフィーは想いを馳せる。


 ギールと結婚して、子を授かり、家族に囲まれて生活する。

 そんな未来が訪れたら、どれほど幸せな事だろう——と。

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