11.魔獣と使い魔

 早速船着場で船を見せてもらう。それは大きすぎず小さすぎず、至って普通の漁船だった。


「船自体に被害はねーんだけどよ、どうも網をやられちまってるみてーでな」

「網って事は海中に潜んでるのか」

「二手に別れましょう。私と郁はここで魔獣を探す、モニカは怪しい人物がいないか見て回ってちょうだい。もし見つけても勝手に声をかけたりせず私達に報告に来て」


 リサラに念を押されて町中へ向かうモニカを見送り、俺とリサラは再び海に視線をやる。


「けど海の中にいる魔獣をどう捕まえるんだ?」

「ここは郁の新魔力を獲得するチャンスよ!?」


 という事は風がある所なら魔力を使えるのか。それならば一か八かだな。


「魔力で渦潮を起こしてみるか」


 とりあえず近くの海面に剣を先だけ浸し、渦潮を起こしてみる。しかし出てくるのは魚だけ。魔獣らしき姿は見当たらない。


「なぁ兄ちゃん。この魚、どうすんだ?」

「あー……売り物になるならしてもいいんじゃないですか?」


 なんだか申し訳ないのでそう提案してみたらおじさんは嬉しそうに魚を売りに行った。その間魚を入れる為のクーラーボックスのような箱を受け取り、そこに魚を入れていく。


「もっと深い所にいるのかしら?」

「使い魔なのだしたらその主がいる時に出るのかもしれない」


 もしそうだとしたら今やっている事の意味が無くなる。もう少し深くまでやって様子見ながらモニカを待つか。


「ちょっと、もう夕方よ」

「こうなったら一緒に漁に出るしかないのか……」


 海中に隠れていないのならば現れる時を待つしかない。そう考えていた所、モニカとおじさんが一緒に戻って来た。どうやら周辺に怪しい人物はいなかったそうだ。


「また夜中に探すか」


 確か漁は明け方に始まる。その前にまた探すとしよう。ここはひとまず腹ごしらえをしたい所。


「モニカ、今日泊まる所は?」

「お昼の食堂のおば様が泊めてくださるそうです。この町宿が無いみたいで」

「ここ観光出来そうに無いものね……」


 いつも率先して宿を見つけてくれるモニカ。見回りの際に宿も探してくれていたようだ。リサラがド直球に感想を言うが、おじさんは笑って同意してくれた。これで怒らせてたら何も出来ないまま帰る事になる。発言には気をつけてくれよ……。


「夜中って事は郁寝ないの?」

「あぁ。悪いけど2人共手伝ってもらえないか?」

「お役に立てるか分かりませんが、お手伝い致します!」


 さすがに俺1人で対処出来そうにないので2人に協力を申し出る。女性と女の子を夜中に外に連れ出す事に抵抗があるが仕方ない。1度夕食の為と夜中まで休息を取る為に食堂へ向かった。


「あんた夜中に女の子2人外に連れ出す気かい?いくら魔獣討伐依頼してる身とは言えそれは口出しさせてもらうよ」


 食事をしながら計画を立てていると、聞こえていたのかおばちゃんが目を吊り上げ大股でこちらへ歩いてきた。常識的に考えて当たり前だ。


「あら、おば様大丈夫よ。私魔力持ちよ?心配しなくても平気よ。ありがとうね」

「そうだとしてもねぇ……」


 こういう時にリサラの発言が助かるが。おばちゃんは手を頬に当てて心配そうにリサラとモニカを見つめる。やがて溜息をつきながら了承してくれた。


「危ない事だけはするんじゃないよ」


 そう言い残して戻って行った。






 夜中。再び昼間の船の近くまで戻った訳だが。やはり見た限りでは魔獣も怪しい人物も居ない。


「モニカはなるべくリサラから離れないでくれ。俺は昼と同じ事をするから」


 モニカがリサラに寄ったのを確認し、俺はまた剣を海の中に入れ渦潮を発生させる。おじさんに借りたクーラーボックスに魚を入れていく。その中に2匹、小さな魔獣がいた。カエルみたいな見た目の、小さな魔獣。


「これが漁に影響与えるか……?」

「こいつはゲルガね。歯が鋭いから網なんて簡単に破けるわ」


 毎度恒例になりそうなリサラによる魔獣解説。しかし使い魔には全く見えない。


 考え込んでいると、ゲルガが急に飛び上がり少し大きくなった。


「うわっ!え、こんな事あるのか!?」

「普通ないわよ!やっぱり使い魔なんじゃない!?こいつら!」


 またしても口が悪いぞリサラ。言われた瞬間周りを見渡す。船に人影が見えた。あいつがこいつらの主か?


「おい!そこにいるのは分かってるから出て来い」

「うええ何よ郁急に強気になって!」


 リサラは驚いて1呼吸で言い切った。隠れてたつもりであろう人影に声をかけ誘い出すと、いとも簡単に出てきた。


 確かに急に強気にはなったが内心それほど強気ではない。かなり必死になっている。


「驚いた。この時間なら見つからないと思ったのになー」


 姿を現したそいつは、猫耳に猫しっぽの女の子だった。それならば納得がいく。猫は夜行性、魚が好きなのは少し驚いたが。


「あのな、漁の邪魔をするのは止めてくれないか」

「獣人に説得で解決するわけないでしょ……」


 後ろでリサラが呆れているが、今は目の前の問題だ。まずは説得して、駄目なら戦うしかない。


「そんな事したら私のご飯が無くなっちゃうじゃないー」

「普通に食堂で食べればいいだろう」

「私お金なんて持ってないわ。野良だもの」


 リサラの言う獣人と一般市民が共同生活するのは厳しいのか?それに野良猫?なのか胸を張ってそう主張する女の子。家が無いって事か。住む所を見つけてあげれば解決しそうだが。


「言って置くけど人に飼われるのは大嫌いなのよ。自由にしてもらえないじゃない」

「野良猫っぽい理由ね……」

「君はどうしたいんだ?場合によっては協力できる」


 出来れば相手を攻撃しないで解決したい。魔獣討伐は平気になったが、獣人とはいえ人相手だとどうしても気が引けてしまう。なのでこういう時は話し合いで解決しようと考えていた。


「自由にさせてくれる人間なんていないのよ!」


 そう言ってゲルガを操る。その顔は悲しみと憎しみが混ざった物だった。


「過去に何があったかは聞かない。だけど、君の言うような条件を理解してくれる人もいるかもしれないだろ!」


 説得を試みながらゲルガの攻撃を防いでいく。彼女は聞く耳を持たない。いっそ近くまで行ければ────


「リサラ!ゲルガを頼んだ!」

「ちょっと郁!?」


 ゲルガをすり抜け彼女の近くまで走った。気づいて後ずさるが後ろは海だ。


「俺が漁師のおじさんか食堂のおばちゃんを説得する。信じてくれ」

「に、人間の言う事なんか信用出来ない!捨てられる!」

「朝、一緒に来てくれ。この町に来てまだ1日だが、分かる。ここは優しい人ばかりだ」

「う、嘘よ、そんなの」


 これは長期戦を覚悟して強引に説得を続けるべきか。そう考えた直後、タイミング良くおじさんが来て声をかけてくれた。


「おーい!そいつが犯人か!?」

「おじさん、丁度良かった!話があるんだけどいいか?」

「ちょ、離してよ!」


 有無を言わさず女の子をおじさんの元へ連れて行く。本当はこんな強引な事はしたくなかったけど。仕方ない。


「こいつは……猫家?しかも野良じゃねぇか」

「そう。自由にさせてくれて尚且つ飼ってくれる人がいないかと思ってるんだけど」


 もうこの際女の子が言う事は全部無視させてもらう。じゃないと平和な解決にならない。


「自由にねぇ……そうだな。自由に魚を捕まえてもいいがそれは全部こっちに渡してくれ。その代わり、給料として好きに使って良い家もやるし魚も食わせてやる。それでどうだ?」


 つまり悪さをせず漁の手伝いをするなら自由にしていい。おじさんはそう言いたいようだ。それを聞いても女の子は首を縦に振らない。


 確かにこんなにも話がどんどん進んでしまっては状況を理解するには時間がかかる。本当に申し訳ない。これも平和的解決の為だ。


「このまま悪さを続けるなら捨てられるだろうな」


 疑心暗鬼になっている女の子に追い討ちをかけるように口を挟む。やがて女の子は新たな条件を出した。


「わ、分かった。魚を捕まえてもあなたにあげるわ。その代わり、本当に衣食住自由にさせてくれるのね?」

「悪さしなけりゃな!しかしちょうど良かった。人手が足りなくてな」

「また、人間を信じてもいいの?」


 未だに不安そうな獣人の女の子。今にも泣きそうだが、そう簡単に信じていいよ、などと無責任な事は言えない。


 さて、どうするか。


「それなら契約魔法かけようか?」


 そこに提案するように口を挟んできたのはリサラだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る