第51話 こんなに嬉しいのか。花丸。
「詠唱による魔法と比べて魔法陣を使用した場合のメリットは、言い間違いなんかのヒューマンエラーが減らせることと、詠唱にかかる時間を短縮できることだけど――一方でデメリットもある。何かわかる?」
「事前に魔法陣を用意しておかないといけないこと、でしょうか」
「そうだね。もちろんその場で描くこともできるけれど、その場合時間の短縮っていうメリットが消失する。急ぐと書き間違いの可能性だってあるし、きちんと理論から学んでいないと、最初の内は何も見ないで描くのが難しかったりするから。たとえば羊皮紙によく使う魔法陣をいくつか描いておいて、それを携帯するのが一般的かな」
魔法に関する講義を受けながら、ノアの描いた魔法陣を描き写す。
私が以前使って見せた浮遊の魔法陣を、子どもでも描けるように覚えやすく画数は少なく、それでいて複雑な記法や理論が必要ない形に再構築してくれたのだ。
言葉で言うのは簡単だが、6歳児に理解をさせつつ実用の範疇、そして何よりこの脆弱な魔力で発動しても倒れない程度の伝達効率を維持するのは並大抵のことではない。
ここが分からない、ここが難しいとわざと突っついてみると、彼はその度に魔法陣を改良した。結果として、私が想定していたよりもさらに効率的で簡便な図面になっていた。
素直に感心する。
やっぱりノアには、魔法の才能がある。
「魔法陣のデメリットは他にもあって、詠唱と違って事前に魔法陣を開示すると、解読されてしまう危険がある。下手をすると描き変えられて、逆に相手に利用されることもある。だから、魔法って秘匿されたものっていうのが古くからの考えで。魔法使いにも、魔法使い以外にも『何の魔法陣か』がバレるのを避けるために、あえて複雑な記法や古代文字を使ったりするのが主流だったんだよね」
彼の言葉にふんふんと聞き入る。
古代文字、複雑な記法、自分にしか読み解けない特別な魔法陣。そういうロマンがあるのは確かに理解する。
ただその昔からのやり方を引き継ごうとすると、どうしても利便性と効率を犠牲にしなくてはならない。結局はトレードオフだ。
それならば、適材適所。用途に応じて使い分けるのが合理的だろうというのが、私の考えだった。
私が大魔導師になったころから、この考え方は広がっていったように思う。
やっぱりみんな、ランプをつけるためだけにたいそうな魔法陣をこしらえるのは面倒くさかったのだろう。
誰かが言い出したらやめたいと、みんなが思っていたから広がったのだ。私は単なる言い出しっぺに過ぎない。
「専門知識と、豊富な魔力量。魔法っていうのはそれがあって初めて使えるものっていうのが慣習で。魔法学園も魔法大学も、それが前提っていうか。たとえばジェイドとかは魔力量は多いんだけど、魔法理論とかそっちが壊滅的で。魔力が生かせなくて落第寸前で、そういうのが当たり前の世界だった。――まぁ、あいつは今でも1種類しか使えないんだけど」
「旦那さま、できました」
描き上げた魔法陣をノアに見せる。
ノアが羊皮紙に目を落として、紙の隅っこに花丸を描いた。
花丸。
何でもないことなのだけれど、うきうきと嬉しい気持ちになる。そういえば昔、ノアにも描いてやったことがあった気がする。
子どもの立場になってみると、こんなに嬉しいのか。花丸。
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