第22話 どれだけ6歳児が下手なんだろう、私は

「旦那さま! キャッチボールしましょう!」

「……嘘だろ」


 翌朝。

 たくさん食べてたくさん眠って元気いっぱいになった私は、酔いつぶれたままダイニングに放置されていたノアを叩き起こしに行った。


 一応私が持っていたブランケットを肩に掛けられてはいたが、最終的にジェイドは彼をそのままにして帰ったらしい。


 私に対しては歯磨きを見守り、着替えを出すためにトランクから出した荷物とクローゼットに収納した衣類の説明をひとしきりして、お腹をトントンまでしてくれたというのに、この扱いの格差たるや。

 存分に子ども扱いされ、たいへん甘やかされていた。


「早朝からキャッチボール……何が悲しくて……」

「会話のキャッチボールが必要だと思いまして」

「それは比喩だよ……」


 昨日――いや、昨日はお腹をトントンされて即寝したので実際には今朝か――考えたのだ。


 私の目的は、ノアを更生させることだ。

 彼の謹慎が明けるまでに、前世の私などではなく、もっと建設的なものに目を向けられるようになってもらいたい。

 自暴自棄になって世界をなくしちゃおうとしたり、自分のことをカメムシとか言って餓死しようとしたりしないでほしい。


 前向きになって、出来たら新しく何かを、誰かを好きになったりして。

 そして当代の大魔導士として、魔法の研究もきちんと、続けてほしい。


 彼の書いた本を見て、理解した。彼は本当に、魔法の才能がある。

 もちろん努力もしたのだろうが、論理的な思考と考察力と、魔法のセンス。それは私にはなく、魔法を研究する上では絶対的に必要なものだ。


 彼に魔法を続けてほしい。今の私は、感情だけでなくそう思っていた。


 それには、まだ情報が足りない。酔ったノアの話はどれも私の知らない話ばかりだった。

 私自身のことも、ノアが私をどう思っているのかも。


 まずは調査だ。情報を集めて、それを整理して考察し、最適な仮説を立てて検証する。

 そしてその結果をさらに考察して、また検証する。時には情報の集め直しからやり直す。

 その繰り返しが、正解に、私の求める答えに近づく唯一の道だ。

 このやり方には自信がある。というか他のやり方をやったことがない。


 ノアの情報を集める。それに効果的な方法は対話だ。

 ついでにキャッチボールであればノアを屋外に引っ張り出せるし、適度な運動は健康に良い。


 子どもと遊ぶことで癒されたり、ストレス解消になるかもしれない。

 加えてデメリットは特にない。すべてにおいていいことずくめだ。もはやこれしかないと言ってもいい。


「球を循環させて何になるんだよ……」

「6歳児なので分かりかねます」

「都合のいいときだけそれ言ってない?」


 ぎく。

 まずい。ノアにすら怪しまれている。どれだけ6歳児が下手なんだろう、私は。


 ノアが体を起こして、髪をかきあげる。眠そうに細められた赤い瞳がちらりと覗いた。

 改めて、大人になったなぁと思う。


 私の記憶の中のノアは、もっとこう、子どもらしい姿かたちをしていたのに。今やすっかり大人の男性だった。

 だるそうな顔つきすら妙な色気があるように見えて、昨日酔っぱらって号泣していたのと同一人物とは思えない。


 やっぱり、顔のつくりは結構整っているのでは。

 これなら引く手あまただろう。ジェイドもそんな感じのことを言っていた気がするし。


 とにかくノアをダイニングまで引っ張って行って、温め直してもらったスープとパイの残りを朝食にする。


 私の向かいに座ったノアも、スープをちびちびと口に運んでいた。

 分解した食材を胃に直接転移させるよりもずっといい。それでも成人男性としては少ないんじゃないかと思う。

 ぜひキャッチボールで疲れてお腹を空かせてもらおう。


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