第20話 すごいのは私じゃなくて、ノアなのでは

「それでいて決して頭でっかちにならず常に実践を交えて魔法の研究を進めていたところも他の研究者とは一線を画しているんだ。時に今までの定石を覆すような理論も机上の空論に留まらずきちんと実験と考察の繰り返しで再現性を担保されているところが国内外問わず多くの研究者から評価されているし、調査と実験、考察すべてにおいて深く広く進められていることから先生が論文を発表した分野では『先行研究が強すぎる』って他の研究者が避けるという話があるくらいで、とにかく先生の魔法研究の第一人者としての功績は計り知れない」

「はぁ」

「詠唱じゃなく魔法陣が主流になったのはそもそも利便性と人為的なミスを防ぐことが目的だけれど、それだけじゃなく他者に何の魔法陣か読み解かれないようにする意図もあったわけで。だけど先生の提唱した記法ではあえて分かりやすい記法にして他者と共有する魔法陣と秘匿する魔法陣、それぞれをきちんと分類・体系化することでより効率的な魔力の伝達を可能にしたんだ。これによって魔法は旧来の魔力の多い魔法使いだけが使うものから魔力が少ない人間でも簡便に魔法が利用できるものに変わった。分かる? この数年で、魔法はもう魔法使いだけのものじゃなくなった。これがどれだけこの国を、人を豊かにしたか。この業績は第六次魔法革命とも呼ばれて今は魔法史の教科書にも載ってるし、子どもにだって分かるだろ」

「へぇ」

「先生の魔法に関する卓越した能力は今更僕が語る必要もないくらい誰でも知っていることだけど」


 知らないけど。

 本人が全然知らないけど。


 確かにたくさん論文は書いた。誰かにこの発見を共有したくて、先人たちの考察の検証を広めたくて。

 一時期魔力伝達の効率化にハマって極めるところまで極めてみようって、いろいろ魔法陣の記法を考えた。逆に効率が悪い魔法陣の研究もした。

 でもどれも、今までの先行研究や古文書なんかを読み解いて組み合わせただけで、私のオリジナルというものでもない。


 しかも特に何か意図があったわけではなく、本当にやりたいことをやっただけだ。

 結果として多くの人が魔法に触れる機会が増えたなら、それはもちろん嬉しいことだけど。


「詳しく知りたければ先生の本がここに」

「先生の本」

「僕が書いた。先生の考えをまとめただけだけど」


 ノアが指を振ると、廊下から本がひゅんひゅんと飛んできて机に積み上がった。

 分厚い。1冊あたりの厚みが辞典だろうかと思うくらいのものがどかどか積み上がって、反対側に座るノアの顔が見えなくなった。


 ノアの手が一番上の本を手に取る。


「これが先生の研究していた記法について、こっちが魔法理論の体系化、これは魔力伝達効率の証明と実験結果」


 机に本が並べられる。

 確かに私の名前も書かれているけれど、これは私の本ではなくてノアの本では。


 ぱらりと表紙をめくってみる。

 中身が充実していて驚いた。

 私が書き散らして手当たり次第に発表していた研究結果や論文がきれいにまとめられていて、誰が読んでも分かりやすい順に整頓され、補足されている。


 目次を見ただけで分かる。

 そう、それ。私はこれが言いたかったんだ。


 そこで悟った。

 ノアが私の業績として語ったそれのうち、何割か……というか大半は、こうして彼が人々に分かりやすいようにまとめてくれたから生まれたものなんじゃ。


 つまりすごいのは私じゃなくて、ノアなのでは。

 私へのそれはノアの過大評価であって、世間からの評価はノアの方が断然高いのでは。


「あとこれが伝記」

「伝記」


 伝記が書かれている。

 本人の知らない間に、ていうか死んでいるわずか数年の間に伝記が書かれている。

 これはちょっと恐ろしかったので興味本位で開く気にはなれなかった。


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