第18話 先生冥利に尽きるんじゃないかな。

 空に浮かんだランタンに、一斉に火が灯る。

 夕闇の迫った空に、やわらかくあたたかな光が無数に浮かびあがった。


 ランタンの種類によって、光の形が違う。煌めきの強さが違う。

 十や二十ではきかない数量のそれが夜空を彩る様は、思わず口を開けてしまうほど、圧巻だった。


 それはまるで、星が降り注いでいるのようで。

 それはまるで、光の妖精が踊っているかのようで。

 幻想的なその風景は……私が今まで見たものの中でも、5本の指に入るくらい、綺麗で、そして……私の気持ちをわくわくと高揚させるものだった。


 そうだ。この景色。

 私はこれが、大好きだった。


「きれいでしょ?」


 グレイスがノアに話しかける。

 ノアは今の私と同じようなぽかんとした表情で、空を見上げていた。


「魔法って、確かにこうしてものを浮かせたり、動かしたり、便利だよね。でもそれだけじゃないんだよ」


 グレイスが、また口角をあげてにーっと笑う。

 その琥珀色の瞳には、ランタンの光がたっぷりと反射している。


「こんなふうに、私の心を動かすの」


 ノアが、グレイスのことを見つめていた。

 そのノアの瞳も、ランタンの光を取り込んできらきらと、輝いている。


「それってすごいことだと思わない?」


 私は空の上でランタンと一緒になって、前世の自分とノアを見下ろしていた。


 ちょっと照れくさくはあるけれど、私の……グレイスの言葉に嘘はなかった。

 きっと今だって……一度死んだ今だって、同じことを言うと思う。死んでも治らない魔法馬鹿だって、同僚に言われたくらいだし。


 だって私は、魔法というものが本当に、好きだったから。

 それを突き詰めていくうちに、大魔導師にまでなってしまっていたんだから。


「これが出来たら楽しいなって、それを叶えてくれたり。こんなふうに、魔法がなかったら見られない景色を見せてくれたり」


 グレイスが、ランタンを一つ、手に取った。

 そしてそれを持って、ノアの元へと歩み寄る。

 まだぽかんとしているノアの手に、ランタンを押し付けた。


「だからノアにも、魔法、好きになってほしいんだよね」


 そこまで言って、グレイスは照れくさそうに笑ってから、こう締め括った。


「それだけ」


 ふわりと、私の身体が浮き上がる。グレイスを、ランタンを置き去りにして、空のもっともっと高いところへ、上っていく。

 きっと夢から覚めるのだと、確信はないけれど、何となくそう思った。


 ああ、こんな日があったな。

 忘れかけていたけれど、思い出した。


 ノアが私の言葉に何と答えたのか、それは覚えていないけれど……この後ぐらいから、ノアは魔法に熱心に取り組んでくれるようになった。

 だから、魔法、少しは好きになってくれたのかな、なんて思っていたけれど。


 今のノアは、あまり魔法に興味がないみたいだった。

 魔法じゃなくてもいい。他の何か新しいものでも、人でもいい。興味を持って、元気を出してくれたら。

 そして出来たら、また魔法のことも好きになって、またあの時みたいなきらきらした瞳を見られたら。

 それって、先生冥利に尽きるんじゃないかな。

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