第12話 お腹と背中がくっつきそうです

 くぅ、とまたお腹が鳴った。

 一旦落ち着いて考えるために、保冷庫に頭を突っ込んでハムをかじってしまおうかな。

 いや、それをやったらあとはパンを与えられて終わりでは。


 私の空腹はそれで凌げるとしても、ノアの食生活がそのままなのは良くない。

 彼が何かきちんとしたものを食べた方が元気が出るのは間違いないのだ。

 ノアを見上げて、恨みがましく言い募る。


「お腹と背中がくっつきそうです……好き嫌いとか言いませんから」


 私を不満げな顔で見下ろしていたノアが、ふと何かに気づいたように保冷庫の中に目を留めた。

 そして少し考えた後、頷く。


「分かった」


 ノアが保冷庫の中からいくつか食材を選び出す。

 そして予想よりもずいぶん手際よく、調理を開始した。

 洗浄し終わったものから魔法で刻んで、コンロに鍋を掛ける。コンロの魔法陣に魔力を流すと、刻んだ材料をことこと煮込む。


 この家の生活感のなさからいえば意外かもしれないが、もともと優秀な魔法使いというのは料理が上手いものだ。ノアも例外ではなかったということだろう。

 料理は魔法薬学の基本を学ぶにはもってこいで、正しい材料と正しい調理法、材料を入れる順番、出来上がった料理の保存に至るまで、どれも魔法薬の精製にも役立つことである。


 私はどちらかといえば魔法陣学の方に熱心だったが、魔法薬学ももちろんひととおり修めている。

 私から見ても彼の動きは非常に効率的で、無駄がなかった。十分に修練を積んだ人間の所作だ。

 大魔導師ということは彼も私と同じで、専門は魔法陣学のはずだが……


 流れるように調理工程が進むのを眺めているうちに、良い匂いがしてきた。

 途端に思考がそれに侵食されて、お腹がすいた、ということしか考えられなくなる。


 お腹がすいた。ごはん、早く食べたい。出来たらあつあつをはふはふ言いながら食べたい。

 よだれを垂らさんばかりの勢いでじっと彼の背を眺めていた私の元に、皿が並べられる。


 えんどう豆のスープ、人参のサラダ、セロリとパプリカ入りのラタトゥーユ、それにバゲット。


 ふわりと漂うトマトの香り、それに目にも鮮やかな色使い。

 お腹すいた。すごく、お腹すいた。


「どうぞ」


 ノアの合図を受けて、私は大喜びでスプーンを握りしめた。

 まずはスープに取り掛かる。ぺこぺこのお腹を驚かさないようにという気遣いを感じさせる、やさしい緑色がミルクに溶け込んだクリームスープだ。

 ふぅふぅと冷まして、口に運ぶ。


 とろりとした舌触り、あたたかさがじわりと口の中に広がり、ついでえんどう豆の香りと甘味がやってくる。

 ミルクのコクもハムの旨味も感じられ、ほっこりと落ち着くような心地がする。


 染みる、なんて言ったらまた本当に6歳児か疑われてしまうだろうか。

 でもほとんど1日ぶりの食事だ。お腹の中からぽかぽかとしてきて、身体全体に栄養が行き渡っていくような気すらする。そんなに早く消化吸収されないと思うけれど。


 続いてラタトゥユに手を伸ばす。トマトの香りが調理中もここまで漂ってきていて、気になっていたのだ。

 ズッキーニや茄子、玉ねぎ、トマトと定番の具材のほかに、セロリとパプリカも入っている。具沢山だ。


 口に運ぶと惜しみなく使った野菜の旨味がたっぷりと感じられて、その風味の余韻を残したままでバゲットを頬張ると、何とも贅沢な気分になった。

 ぐぅぐぅとうるさいお腹を満たすのに十分な、食べ応えのある一品だ。


 トマトもしっかり火を通したことで酸味が抑えられて甘みと旨みが引き出されており、他の具材との一体感を高めている。

 一緒に煮込んだハーブも良いアクセントになっていて、味に奥行きを生み出していた。


 添えられたサラダも、甘めの味付けながらしっかりお酢が効いている。

 主張こそ激しくないものの、さっぱりとしたそれを合間に少しずつ口に運ぶことで、他の料理をより美味しく食べるための役割を見事に担っていた。


「おいしいです、旦那さま!」

「…………ああ、そう」


 私がそう言うと、ノアは何だか微妙な顔をした。

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