第2話 黒の大魔導師

 ヴェールを下ろして、お父様に手を引かれ、祭壇の前に立つ。前には司教が立っているようだけれど、軽く俯いておくよう言われているので腰から下しか見えなかった。


 足音がして、隣に誰かが並んだ。

 横目に確認する。白いタキシード、つまり、これが……花婿?


 かなり背が高そうで、私の頭の横はまだ腰である。

 それ以外は特に特徴はなさそうだ。特に太っているというわけでも、痩せているというわけでもない、と思う。

 歳の頃は分からないが、大人だ。


 司教様のありがたいお言葉の後、私たちも祝詞を唱える。


 まるで魔法の詠唱みたいだ、と思った。

 魔法陣が主流になって今や発動トリガー以外の詠唱は廃れてしまったけれど、こういうのも古き良き、なのかもしれない。

 大学の古魔術の授業でやったときは楽しかったな。


 ぼんやりしているうちに、儀式は大詰めを迎える。

 最後に二人で向き合って、真鍮の板に手をかざす。

 そこには互いの魔力を込めると名前が浮き上がる簡単な術式が施されていて、名前を刻んだ板を教会に収めることで結婚が成立するのだ。

 そこで初めて、隣に立つ男の、花婿の顔を見た。


 瞬間、目を瞠る。


 真鍮の板に、瞬く間に名前が刻まれていく。

 その名前にも、その顔にもやはり、見覚えがあった。


 黒い髪に、真紅の瞳。歳の頃は二十代半ばの青年。

 禁術に手を出して謹慎中の、当代の大魔導師。その外見から「黒の大魔導師」と呼ばれているらしい彼は。


 私の花婿は……前世の私の、教え子だったのだ。



 ◇ ◇ ◇



 彼の名前はノア。私がまだ若い頃、魔術の家庭教師として出入りしていた屋敷の子だった。

 今世の私と違って前世の私は庶民上がりの、一代限りの騎士爵を得た家の養子だった。

 だから当時はそのお屋敷の規模の大きさに驚くどころかドン引きしたものである。


 彼はなかなか筋が良かった。

 理解も早かったし熱心だった。何よりその魔力量は子どもとしては異例のもので、体内の魔力生成器官が発達し切るのが楽しみだなぁと思っていた。

 感覚的すぎて分かりづらいとあらゆる場所で家庭教師をクビになった私だったけれど、彼の家での仕事は不思議と長く続いた。


 私が魔法学園を卒業するのに合わせて家庭教師の職を辞すことになったときなんて、瞳をうるませながら感謝の意を述べてくれた。

 絶対に自分も魔法使いになる、先生と一緒に働く、などと言ってくれて、何だか私まで誇らしくなったくらいだ。

 貴方ならなれるわ、なんて、柄にもなく先生っぽいことを言ってみたりしたっけ。


 真面目で努力家で、とてもではないが禁術に手を出すような子ではなかった、はずだ。

 その彼が、何故?

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