第42話 魔法

「させるかッ」


 イクスがゴドールの心臓に剣を突き立て、目の蒼い光が強まる


「う、ぐ、ぐっ……」


 喉の詰まるような音を上げたゴドールは、一度びくりと脈打つと、そのまま肉塊となり動かなくなった。

 それは戦いの終わりを示す。

 はずだった。


「は、ぁっ、うぐ……クソ……」


 イクスが頭を抑えてよろける。

 彼に何かしらの危機が起きていると予見したミリエラは、底をついた気力と体力を叩き起こして立ち上がる。


「イクス、様……!」

「だめ、だ、来る、な……」

「で、でも」


 その時ミリエラの後方、部屋の角の壁が破壊され、魔獣が侵入してきた。


「きゃっ!?」

「入り込んで、いたのか……まず、いな……」


 手にしていた剣を投げつけ、魔獣の頭蓋を粉砕する。

 魔獣が沈黙したのを機に、ミリエラは一気にイクスへと駆け寄った。


「ごめんなさい、イクス様……私、私……」

「いい、んだ、俺の、責任、だから……」


 膝から崩れ落ちるイクスを抱き止めるミリエラ。

 しかし彼女の今の体力ではイクスを留めることはできず、二人一緒に地にへたってしまう。


「ミリエラ、先に、逃げるんだ……」

「そ、そんなこと――できるわけないじゃないですかっ」

「すまないが……先程ゴドールを殺した時に、奴の封忌魔術アンフェイルが逆流した……そのせいで、暴走が、抑えきれ、ない……」

「私のせいです、ごめんなさい……」

「いや……封忌魔術アンフェイルを使われた以上、封忌魔術アンフェイルを使わなければ対抗できなかった……仕方のないことだ」


 イクスが咳き込み、口から血が飛び散る。

 体力も精神力もかなり持っていかれたようで、焦点を定めておくことすら困難なように思える。



「外に行けばゼナヴィスさんがいるはずだから、彼に助けを、求めてくれ……」

「え? でも、あの人は、私を――」

「聞いたよ。ゴドールに魔術を掛けられ操られていたようだ。……珍しく、悔しがっていた」


 僅かな笑みを漏らすイクス。

 しかしその体からは加速度的に力が失われていく。


「なら、一緒に行きましょうっ」

「だめだ……今の俺は、足枷になる……君の重荷に、なりたくない……」

「イクス様がいなければ、私が帰る意味なんてありません!」

「ミリ、エラ――――ぐぁぁっ」


 イクスが頭を抱え込む。蒼い発光はたじろぐほど輝いており、彼の瞳に巻き付く金色の魔術式も異様な速度で回転している。


「俺は、いつ暴走して、おかしくなるか、わからない……不覚だった、躊躇せず……奴を、殺しておく、べきだった」

「暴走って、そんな」

「早く、逃げてくれ……君を、傷つけたくないんだ」


 そう言って、ミリエラを押しのけようとする。

 力のない手だ。

 今のミリエラですら、抵抗しようとすれば抵抗できるほどに。


「――嫌です」

「だめ、だ……」

「嫌です!」


 イクスの手をぎゅっと握る。

 逆流した封忌魔術アンフェイルの作用で血管が破裂していたのか、彼の手からは血が流れ、震えている。

 服の至る所にも、血が滲み始めていた。


 ここで彼を置いていったら、きっともう二度と会えない。


「俺なら、大丈夫、だから……」

「そんな嘘、聞きたくないです!」


 どうにか、しないと。


 そのために、今この一瞬で、ミリエラが排除しなければならない危機は多数あった。


 どうにか、しないと……!


 もう出ているかもしれない犠牲者を、増やさないために。

 イクスを、助けるために。


 どうにかしないと。


「違う……」


 これは、義務感じゃない。

 どうにか、したいんだ。

 義務じゃなく、意志だ。


『で、どうするつもりなの?』


 嘲笑するような声が響く。


 ……半人前な上に消耗の激しい今、魔術はまともに行使できない。

 イクスとゴドールが使った封忌魔術アンフェイルについては、何も知らない。

 危険だから、教える気もなかったのだろう。


『ほら、あなたにできることなんて、何もないじゃない』

『早く尻尾を巻いてお逃げなさいな』


「できること……」


 魔術でも、封忌魔術アンフェイルでもない。

 もちろん、一人で逃げることでもない。


「そうだ……」


 姉のティアとの、いつかのやり取りを思い出す。

 彼女は静かに、祈りの姿勢を取る。

 そうだ。一人じゃ、無理でも、


「力を、貸してください――精霊さん!」


 ミリエラの瞳が、翡翠色・・・に輝く。


 ――わかる。

 危機の場所。会場内と、その周辺にいる魔獣の居場所と数。

 そして、怪我人の場所も。


「全部、助けますから――!」


 ミリエラの体表が翡翠色に発光。

 力を込める。


 ずしん、と言う重い地響きが一度鳴り、静寂が訪れた。

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