2.革命軍と妖精教皇(もうひとりの異世界転生)

幼女が演説台に立つ。暴動が起きている中心で、彼女は口を開いた。

「愛する信徒の皆様。このバカチン市国において、今、この場所で神は皆様の行動をご覧になられております」

 鮮やかな赤の祭服。顔は幼いのに落ち着いていて穏やかな顔。何より子ども特有の甲高い声音でありながら、凛とした響きがあった。

「蛮行を改め、皆様が神にお祈りと供物を捧げ、贖宥を賜るのであれば救われましょう」

 あれが妖精教皇。幼年9歳にして教皇になった少女。

 歳は僕と変わらないのに、すごく堂々としている。それどころか、大勢の人々を心酔させている。

「社会と繁栄の礎とならんことを」


 ファァァッーーーーーーーー

 彼女が小さい手を前に組み、目を閉じた瞬間に、その両手の隙間から光が溢れ出した。


「まずい!!あの光はっ!!」

 ドゥッガーニさんが怯む。

「何をしているワールド!!あの光は浴びちゃだめだ!!」

 ドゥッガーニさんが僕の手を引っ張る。

「ちっ!!ずらかるぞ!!」


「…あの、光は…」

 広場から走り去りながら、僕は振り返った。

 その場に立ち尽くしていたエンジゾル盗賊団の面々は、妖精教皇の放つ光に包まれ、人が変わったかのように落ち着いた。彼らは武器を地面に置くと民衆の間に混じって祈り始めてしまった。


 広場から離れた僕たちは話をした。

「あの光を浴びたらだめなの?」

「お前……あの光の危険性すらも忘れてしまったのか……。あの光は通称”悪魔の光”。浴びたやつは教皇に従うよう洗脳されてしまう」

 ドゥッガーニが言うには、あの光は崇拝の洗脳を施す光らしい。そんな危険な力を有しているなんて……。

「さっきも言ったが、あの光には気をつけろ」

「うん。わかった」


 市民広場での演説は終了した。


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 ここは、教皇の執務室、つまり私の住居の中。


「教皇様。公務ご苦労さまでした。ンッフッフッフ。明日は軍の会議がありますから、忘れぬように。軍の会議は、軍の作戦や戦略について議論する場ですからね」

「でたよ、トートロジーが」

「魔法の扉ですよ。となりのトートロジー。…ごゆるりとお休みください。神の御加護があらんことを」

 …よく言うよ。私のことをただの金儲けの道具にしか見てないくせに。

 黒スーツの枢機卿『リシュリュー・W・マーネィ』。幼い見た目の私をここまでの立場に推薦した男。左胸にはこれでもかと言わんばかりに宝石が詰め込まれた十字架のブローチ。自己犠牲を訴えるオブジェに人々の少ない寄付を集めて高額な宝石で彩っている。このブローチは彼のコレクションの中で一番高いものだ。

 けれど、毎回会うたびにさらに高いブローチを身に着けてくる。いったいどれだけ金儲けしたら気が済むのか。

 しかし、彼は確かに、自分を教皇様という地位まで押し上げ、不自由なく過ごせるようにした張本人だ。恩義がある、と言いたいがあくまでもコレはビジネスの関係。持てるカードを互いに有用活用しているまで。

 いつも手に持っているサンドイッチも特注で、

「サンドイッチのピクルスは4方向ひし形にしてください」と厨房に怒鳴り込んで困らせているのだとか。

 今もサンドイッチを片手に持っているが、彼の笑みを見る限り、満足な出来となったのだろう。

 全く…、この世界の住人の感性は、よく分からない。


「教皇様。お体を洗うお時間です」

 メイド長のメアリーは、公務以外はいつも付き添ってくれる。

 蒼色の髪、その目の奥に光るキリリとした視線。おまけにナイフを太ももに携帯している。けれど、ふとした瞬間に見せる飾りっ気のない笑顔が美しくて、心が洗われるようだ。

 名前は『メアリー・ショージ・セバス』。私は心のなかで「セバスちゃん」と読んでいる。昔よく見た創作物の執事の名前「セバスチャン」から引用している。

身のこなしも美しく、てきぱきとしていて有能という他ない。正にメイドの鑑。

 その有能っぷりはある女性を思い起こさせる。時として私でもはっとする意見を言ってくれる。

「あ、あぁ。後にしてもらえないかな。少し横になりたい」

 少しぶっきらぼうに私は答えた。彼女にはつい甘えてしまう。

「かしこまりました。起こすのはいつ頃がよろしいでしょうか?」

「夕食までに起こしてほしい。食事後に入るから」

「かしこまりました。おやすみなさいませ。教皇様」

 メアリー・ジョージ・セバス、セバスちゃんが柔らかい声を残して部屋から消えていく。…メアリー、メアリー…この名前、なんだか気分が悪くなる…。


 ガチャッ。

 セバスちゃんが扉の鍵を閉じて、完全に部屋で一人となる。


「……………………はぁぁぁぁぁぁ」

 バフッ。フカフカのベッドに横たわった。気持ちいい。力が抜けていく。頭には自身を崇める民衆の姿。そこに向かって私は殊勝そうな顔で言うのだ。

『神に祈れ』

 自分でも何を言っているんだかな。


 ある日、目覚めると、幼女の姿になっていた。前は神様なんて信じなかった。無論今でも信じていない。これは神様による悪戯などではなく、超自然現象、いや、単なる事象だ。事象Xだ。

 ……9歳の幼女になっていたというのにやけに冷静だな?と思うかもしれないが、実は転生はこれで2度目だ。

 しかし正直なところ、私は一度目の人生と二度目の人生の詳細をほとんど覚えていない。

 一度目の人生では、確か私は男で、ある程度の年齢まで生きた後、何かしらの理由で死ぬことになった。

 その後、私は別の人間として生まれ変わった。二度目の人生は女だった。私はこの二度目の人生において、まだ幼女であるにもかかわらず士官学校で優秀な成績を収めた。その後に勃発した紛争においてもエース級の活躍をし、国の英雄となった。当時のことはぼんやりと思いだせるが、周りの人間の名前などはほとんど忘れてしまった。最後の記憶もとても曖昧だ。私は手に持った何かから放たれた光を受け…、この現世に『バンシー・N・アティスール』として転生した。

 アティスールの意味は創造主による悪夢。教皇とは到底思えないような名前だ。そもそも「万死に値する」って。

 二度目の人生と今を比較すると、幼女であるというのは一緒だが、以下の相違がある。


・喘息持ちで虚弱体質(『体は資本』を身を持って思い知らされている。走るだけで息切れする)


・職務上毎日祈らなければならない。職務放棄は文字通り”死”を意味する(前世は「必要」な時しか祈らなくとも良かった)


・祈りで他人を洗脳する。


 ……前世の戦場以上の地獄だ。地獄そのものだ。自由は無いし、人々をおかしくさせることで生を享受している。

 それならいっそ屍の山の前世のほうがマシというのは感覚が狂っているのだろうか?

 とはいえ悪いことばかりではない。


・祈りと演説を除けば夢にまで見た後方勤務。ついに手に入れた平穏な日々。


・リシュリュー枢機卿の操り人形とはいえバカチン市国のトップ、教皇。


・枢機卿やメイド長メアリー以外の人と関わらずに済むため軋轢を生まずに済む。


・110万冊を超える蔵書数の教会書庫を独り占め。


 とはいえ、自由主義者の私にこんな理不尽な地獄を押し付ける事象を創造主とは信じない。


「創造主なんていない。事象Xだ」


 力を使った代償からか、数刻もしないうちに羽毛の中で意識を手放していた…

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