喫茶レミニセント
牛若美衣
第1話 世の中への失望…喫茶レミニセントへ
毎日、仕事の重積に押し潰されそうだ。何故人々は働き、何故生きているのか、全くわからなくなる。それでも生きる。それが人の性なのだろうか。
私はふと駅のプラットホームのベンチに座った。目まぐるしく電車に乗り込む人々。皆己の家臣の待つ城へ歩み急ぐ。まるでこれでは働き蟻ではないか。しばらく、その人の波を無心でただ眺めた。
人が引いてきた、時は十時過ぎだろうか。隣のベンチに誰かが座った。よく見ると、営業部の山下隼人部長だ。まずい、と思ったその瞬間に、彼と目が合ってしまった。何故か彼も気まずそうにしている。彼がこちらに寄ってきた。
「ええと、経理部の城田さん?でしたっけ…?」
「はい、城田真太郎です。どうも…」
沈黙がしばらく続いたが、沈黙を破るように彼は言った。
「実は行きたくないな…と思いまして、まぁ、所謂サボりって言うやつですかね…。城田さんは、何故ここに?」
「実は僕も、なんですよ…お恥ずかしいですが。なんと言うか、働いている意味がわからなくなってしまいまして…。」
二人は意気投合し、近くの喫茶店へ行くことにした。
喫茶レミニセント。入り口にあるショーケース棚には、ハンバーグ定食やナポリタン、クリームソーダなど、お馴染みの喫茶店メニューの食品サンプルが立ち並ぶ。蔦がほんの少し絡む赤煉瓦の外壁と、赤と白の縞のオーニングが、まるでお伽話の世界の家かドールハウスのように見え、なんとも可愛らしい建物だ。こんなにも可愛らしいところに、人としての責務から逃げる、四十路の"おっさん"が二体も来場しても良いのだろうか。
カランカラン。
「いらっしゃいませ。お二人様ですね。お好きな席へどうぞ。」
ここは、二十代前半の女性のウェイトレスの方と店主夫婦で経営しているようだ。店内は落ち着いた茶色のウッドのビクトリアン調の家具で統一されていて、カウンター席四つとソファーのあるテーブル席が七つある。思いの外、広々とした作りだ。コーヒーは、古典様式を大切にしているのか、ウィーン式のコーヒーメニューだ。二人は窓際の奥の席に座った。
「マリアテレジア一つ。城田さんは?」
「僕は、クリームソーダで。」
彼は変わったものを頼むのだなと思った。私が不思議そうにしていると彼は懐かしむように言った。
「カフェ・マリア・テレジアはウィーンの女帝マリア・テレジアが好んだと言われているものなんですよ。オレンジリキュールが入っていて、特別感があって好きなんだ。」
「そうなんですね。僕、海外に行ったことないんですよ。いつかは行ってみたいのですが…。」
彼はふふ、と笑みを浮かべ語るのであった。
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