大聖女は男爵令嬢に憑依したので、悪い奴はぶっ壊します!

花森はくあ

01 前世の記憶は突然に


人生の終わりを一言で表すとすれば――――『唐突』


これに尽きる。


思い返せば、とてもとても、あっけなかった。





馬車に揺られながら、わたくしは外を眺める。

分厚い雲に覆われ、とても暗い。陰鬱とした気持ちになる。


こういう淀んだ気持ちになる時には昔読んだ歴史書の最初の1ページを思い出す。


醜く爛れたボコボコになった頬を、仮面越しに手でさすりながらわたくしは、試験ではまず出されるであろうこの記憶を思い返す。




――――【第三次世界大戦】


――――たったの1発の攻撃で国を滅ぼすことができるとされた最強兵器・『死を振りまく兵器』が再び使用された戦争。


それまでの歴史に学ぶことができなかった人類の最大の汚点ともされる、その兵器の使用は、現在残された記録が少ない中でも有名だ。


・・・だが、死を振りまく兵器で先手を撃たれた大国アリエストはそれを無効化する能力を得ていたため、敵国の切り札であるその兵器を無力化した。


また、無力化するだけに限らず、それには強大な破壊能力も有していたため大国アリエストは敵国をたった数日で滅ぼした。


そう、文字通りに滅ぼしたのだ。



――――敵地の領土もろとも葬ったその事実は世界各国を恐怖に陥れた。

今ではその国の名前はおろか土地の名前すら記録に残っていない。


しかし、大国アリエストはそんな強大な力の使い方を世界に開示し誰でも使えるようにした・・・



結論を言うならばその後の世界ではそれの研究が主流となった。




それは兵器としてだけでなく、様々な技術に利用が可能であったためだ。


後世にはその力の正式な名称は残っていないが、略称だけが伝えられている。


――――『MA法』・・・そして、『魔法』と呼ばれる体系の始まり。




そう、それがこの世界アリエストの数少ない残された歴史だ。





・・・何度勉強しなおそうとしても1ページ目ばかりから始めてしまうので、よく覚えているのよね。


ふと、自身の口角が上がっているのを感じた。


懐かしい記憶。お父様に直接教えてもらえた最初の授業、いや、楽しい時間・・・


でも、その穏やかな気持ちを抱けたのも、それまでだった・・・


――――唐突に馬車が止まり、わたくしは座席から落ちて、床に投げ出されるような形で転がることになってしまっていたのだ。



痛みと驚きで何がなんだかわからない、そういう感想しか抱けない状況だった。



そんな状況からさらにわけのわからない状況に突入することになる。




「――――お前がリリーゼ・アウレトリーデ男爵令嬢だな――――悪いが死んでもらう」




いつの間にか、馬車の扉は開け放たれ、目の前には顔を隠した男は迫ってきていた。


男だとわかったのは声と、体格からだ。


ちょっと前まで馬車で揺られて移動中だったわたくしには、驚きできょとん?とすることしかできなかった。


そう、ほんの数秒の出来事だった。



「――――っ?!ごぁっはほっ!?」




顔を隠した男に何かで胸を突かれ、ゴギャッ!という鈍い音と主に感じたことのない熱感と激痛が全身に駆け回り、息が詰まってわけのわからない声が出てしまっていた。


殴られたのかと思った、けど・・・長い刃物で深々と刺され、即座に引き抜かれたということに気がついたのは、男が居なくなって今の映像を思い返してからだった。


激痛を伴いながら、真赤で熱い液体が噴き出るように体を伝う感覚。

それなのに声もまともに出せないような激痛と共に刺された胸はとても熱いのに、芯から冷めていくのを感じた。


明確に感じる、死。


目の前には【死】という文字で埋め尽くされるような幻覚を見ることとなった。そして浮かぶのは母親の、私を見る冷たい目・・・


「ご、ぼは、ぁあ!ぁッ、おかぁ、さま・・・しぃ、死にたくぅ、な・・・ぃ・・・・っ」


口からは泡状になった赤とも黒ともつかない熱いものが噴き出してきた。


血、だ・・・


その言葉を聞く者は、誰もいない。この惨状を見る者は、誰も、もういない。



わたくしを刺した人間は馬車から離れ、どこかへと消えてしまったようで、誰の気配もない。


そもそも気配など感じる余裕もなければ、痛覚や恐怖以外の感覚がほとんどない。

あるのはうるさいぐらいの甲高い耳鳴りと吐き気、寒気、体が動かなくなっていく恐怖・・・


―――ぃ痛い、怖い、痛い、怖い怖い痛い!!苦しい!!!!



周りには誰もいなくなった。誰に助けを求めるでもなしに、手を伸ばして、掴めたのは一緒に持ってきたバッグ。その中身の衣服が飛び出し、白や黄色などの様々な色をしていたはずなのに、赤とも黒ともつかない色に・・・悍ましい勢いで一色に染まっていく。


そう感じた後、私が最後に思い出したのは、恐怖や痛み以外の感情がうっすらと出てきた。


いつからかいつも怒鳴ってばかりのお母様の記憶、常に事あるごとに厳しかった父の記憶・・・にもかかわらず今、友達もいなかったわたくしが助けを求めるとしたら、いつも愛情を求め続けた両親だけだった。



それに今日、わたくしを送り出す時にお父様は来てくれなかったけど、お母様は来てくれたもの。


記憶にある限り初めて、わたくしと面と向かって、久しぶりに目線を合わせてくれたことや数か月ぶりに私に対して、「いってらっしゃい」と声をかけてくれたのが、とてもうれしかったからかもしれない。


・・・いや、これは願望に過ぎなかったかもしれない。そんな事実はなかったのかもしれない。


――――もはや現実と理想が混じって混乱しているのかもしれない。




あぁ、でもきっと、この顔が焼け爛れる前に戻れたら、以前のように、きっと、お母様も、お父様も、きっとわたくしを愛してくれたはず・・・きっと・・・


あぁ――――でも、送り出してくれた言葉が現実ではなかったとしても、妄想であったとしても、わたくしにとっての最後に訪れた幸福かもしれない。




それだけで寒気が和らぐ気がした。

・・・私を幸せにしてくれる、そんな気がしたのだ。




どうせ、学園に行っても私のような人間が上手くいくはずもなかったのだ、これでよかったのだ・・・それでも、もし学園に行くことができたらどんなに良かったか・・・


激痛に耐えながら、最後の力を振り絞り焼けただれた顔を隠すために着けていた仮面を外して、私は最後の息を吸った。


気持ちの悪い空気が、喉を切るように通り抜ける。


・・・そう、これがわたくしの終わり。





急激に視界が真っ暗になり、全ての感情や意識が消えたのだと思った瞬間、何かががらりと音を立てて変わるように感じた。




何が変わったのかはわからない。ただ、感覚が、戻ったのだ。




それにより、【死】という感情が真っ先に消えた、そう感じた。





――――ああ・・・なるほど。




この状況に混乱しつつも、ある程度は理解できたと思う。



――――つまり、じゃあこれがわたしの――――始まりってことね?





「【天聖樹の命光】」


気が付けば、血でべっとりと糊状にくっついてギトギトになった唇から細々と出たのはある呪文だった。


わたしの記憶にある限り、これが治癒力が一番高い聖法せいほう・・・使えるかちょっと心配ではあったのだけど。使えなかったら別の聖法をダメ元で使っただろう。


―――馬車の中に紫色の幾何学模様の円形陣が出現し、わたしの身体に急激な変化が起こる。



みるみるうちに傷口が動き出し、塞がっていく。

ほんの一瞬で傷があったことすらわからないほどにまで回復したのだ。それどころか、焼け爛れていたはずの無残な顔も元通りに戻っていくようで、顔にも刺すような痛みが走る。


「―――い・・・った」


特に、刺された時の胸はとんでもなく痛かったけど、回復するときも気絶するくらい痛かった・・・



そして胸に目をやると、傷口があったことを物語るのは白いワンピースがほとんど真赤というかどす黒く染まったことや、胸元あたりの生地が裂けていることくらいか。


・・・あら、大きいわね。


年齢の割に豊満な胸元が、少し開けたワンピースから覗かせて妖艶な雰囲気になっている。



「これは――――凄いわね、いや、本当に凄いわ」



何が自分に起きたのかわけがわからないのだけど、無心にゆさゆさと揺らしながら触ってしまった。


・・・にしても、まさかこのタイミングで前世の記憶と能力を部分的にでも思い出せるとは思わなかった。




――――わたしは前世ではシシリー・キャスティアと呼ばれていた。




自画自賛が出来る程度にはある程度は偉い存在だったと思う。



それを裏付けるように、リリーゼ・アウレトリーデ男爵令嬢の記憶によれば、わたしの死後、『白銀はくぎん大聖女だいせいじょ』と呼ばれるようになったらしい。


自画自賛するわたしだけれど、まさか大聖女とまで言われるとは思わなかった。


・・・にしても、どういうわけか、物凄い絶妙なタイミングで最も必要とする前世の記憶を思い出し、生き延びることに成功したわけだけど・・・



「―――わたし、なんで命狙われてるのかしら・・・?」



私、明らかに暗殺されたわけよね――――まあ、死んでないんだけども。



私じゃなかったら普通の人は確実に死んでるわよ?



それに、御者をしていた下男も含めて殺されたんじゃないかしら。



馬車から顔をのぞかせると、下男も私と同じように刺されたらしく地面に落ちて血だまりを作っている。



―――可哀そうに、わたしに巻き込まれて死にかけている彼も治してあげないといけないわね。



「【天聖樹の命光】」



小声でつぶやくと、先ほどと同様に紫色の幾何学模様の円形陣が出現して下男の彼の傷を治り始める。



男の子は強いわね。呻き声も上げずにしっかり再生したわ。



リリーゼより年上だと思うけど・・・18歳前後かしら?

男爵家で下男のようなことをしている貧相な体格の彼はリリーゼの記憶にすら残っていない。


そもそも引きこもりであったリリーゼは、ほとんどを自室で過ごしていたから仕方ないとも言えよう。



この、か細い腕や足が物語るのは、普通の生活を送らずほとんどベッドの上で生活していた人間のそれだ。


・・・それは置いといて、名前も知らない彼が意識を取り戻すのは時間がかかりそうね・・・


地面に転がったままだと可哀そうではあるけど、わたしの力じゃ持ち上げられないので地面で我慢してもらう他にない。


とりあえず、このまま意識が戻るまで待つしかないわね。


暗殺者が戻って来ないか不安ではあるけど、特に下男の傷が突然に癒えても反応がないところをみると近くにはもういないわね・・・。


馬車の中で腰掛けてゆっくり考えることができそうね。



それにしても、前世を思い出したタイミングもよくわからないけど、命を狙われた理由もまたわからないわね。


殺されかけたというのに割と冷静にいられるのは不幸中の幸いかしら。

リリーゼのままだったら、たとえ蘇生したとしてもショックで頭が真っ白で何も考えられなかったことでしょうね。


そういえば、前世のシシリー・キャスティアも最後は・・・たしか、あの子に・・・



「まさか、殺されるとは思わなかった」



――――親友だと思っていたあの子に殺されたのよね。



何かをやり遂げようとしていたことは覚えているがそれがなんだったかは覚えていないし、なんで殺されたのかも、わからない。


ただ、道半ばで死んでしまったことは残念でならないのか、悔しさだけは残っている。



――――今生はやり遂げたい



・・・でも、何をしようとしてたのかも曖昧になってしまっている。




記憶が未だに不完全なのだ。


シシリー・キャスティアとしての記憶も、リリーゼ・アウレトリーデ男爵令嬢としての記憶も、どちらも靄がかかったように断片的で不完全という感じがする・・・


・・・とりあえず、直近でどう行動するかを考えないといけないわね。


すぐに思い出せることと言えば、わたしが馬車に乗っていた理由・・・王都の学園に行かないといけないこと。


そう、これが厄介な話でもある、国王からの王立シシリー学園推薦状がなぜか届いていたからだ。


ネーミングから察するに私の名前でも、入れたのかしら?―――いや、さすがに違うわよね?


いくら私が当時偉かったとしても王立の学園の名称に起用されるようなことはしてないないと思う。



そんなことを考えた時、なにやらゾクっとするものを感じてしまった。



――――なんだったからしらこの感覚。


昔の記憶がまだ完全には思い出せないけど、なんとも言えない感覚ね・・・何か大事なことを忘れているような気もするし・・・


それはおいおい思い出すとして、今は他のことを考えなきゃね。

今の問題それは・・・事実上逃げられないということ。



本当の理由は不明だが、第一王子のレナード殿下がリリーゼに恩があるらしい。

アウレトリーデ男爵家には娘はわたしの他にもう一人いるが、年齢が入学要件を満たしていない妹は呼ばれるわけもない。


そんなわけで、そもそも完全に呼び出す人間を間違えて覚えられていたということ意外には、手違いでもなく呼び出されたのは事実ということはわかっている。


リリーゼの記憶には全く第一王子に関する記憶なんてないみたいたのだけれど・・・



―――そして、王からの推薦状は実質、強制力を持つ。


・・・なんで、顔が焼け爛れて以来ほとんど家族以外の人間との接触もないような引きこもりで意思の疎通も苦手な根暗少女に、推薦状が届くのかも極めて謎なのだけれど、リリーゼの記憶によれば、驚きつつも両親が初めて喜んでいたので戸惑いはあったものの自分から行きたいと言っていた。


この記憶だけがやけに鮮明なのだ。学園に行くことは両親にとって喜ばしいことで、それはリリーゼにとっても嬉しいことだったのだ。


顔に傷を負ってから初めて両親に喜ばれたってのは闇の深さを感じでしまうのだけど。



まあたしかに顔が爛れた貴族の令嬢なんて、冷遇されてもおかしくはないのかもしれないのかしら・・・



今となってはツルツルの元通りになっている顔をさすりながら体の主の記憶から感傷にひたる。


【天聖樹の命光】により再生した皮膚に手を触れた瞬間、胸が苦しくなり、涙が溢れてきた。



――――あぁ、これはリリーゼの感情なのでしょうね。



―――涙を拭うが、次々と涙が溢れてくる。気持ちが制御できないように急にあふれ出した感情からか、嗚咽してしまう。



顔が焼け爛れたことによって、想像を絶する苦痛を強いられていた人生から、今、やっと解放されたのだ・・・それも当然かもしれない。


ただ、引きこもりっ娘が勇気を出して外に出たのに・・・まさか殺されて自我さえ失ってわたしに乗っ取られてしまうなんてね・・・


「――――可哀そうに」


そう思いつつも、わたしはこの世に再び蘇ったことを神に感謝した。




――――神なんていない!!!!



ふと、嫌に強烈な感情が湧く。


それが何かも全くわからないけど、聖女としてのわたしはむしろ神を信仰していたはず・・・なのに、嫌な感覚がする。


何かは思い出せない・・・けど、別のことを考えましょう・・・なんだか気分が悪い。



とりあえず、呼ばれた理由は学園に着かないとわからなそうね。


いや、名前を隠して生きるという選択肢がないわけじゃないけど、わざわざ王の命令を無視して生きるのはリスクが高いわよね。誰も顔はわからないと思うのだけれど・・・引きこもってたしね。



でも、リリーゼもわたしも生きている間に裕福な暮らし以外をしたことがないから、一般市民のような生活は無理でしょうけどね・・・。


引きこもり令嬢と昔の人間であるわたしでは知識を合わせたところで今世をまともに生きられる自信は、全くない。


・・・今すぐに王都に行かないという手もあるけど、移動中に殺されかけたっていう理由で行かないってのも何というか。


そもそも家に帰ったところで、万が一にも、暗殺者を差し向けたのが我が男爵家の人間だとしたら不味いし・・・


リリーゼの記憶では、両親を含め、使用人にさえないがしろにされていた、と思っていた。


実際は引きこもりだから、シシリー的にみるとリリーゼの被害妄想もあったような気もするけど、リリーゼの記憶というのはあくまで他人のものだからなのか、やはり鮮明には思い出せない。


とりあえず、最悪を想定して、家族からの暗殺もそれなりにあり得ると思っていた方がよさそうね。


――――前世で親友に殺されたせいかしら。妙に慎重になっているのは否めない。でもこればかりはすぐに治るとは思えない。



そして、今生になって最も残念なのが、特に見た目・・・とかいう記憶がある。

リリーゼとして鏡を見た記憶がもはやない。


霧がかかったように見えないとかじゃなく、鏡を見た記憶が一切ない。


ただ、リリーゼとしての記憶では自身の醜さのせいで両親や使用人から好かれないのだと、毎日呪っているほどだったのだ。

それが顔が焼けただれる前からだったのか、後からだったのかは記憶が定かではない。


ほとんどの記憶は爛れた後からで、爛れる前であっても、父親のしてくれた最初の歴史の授業だけということから察するに事実愛情を向けてくれていなかったのかもしれない。



―――リリーゼの妹とはだいぶ顔の作りが違うようだけど、妹はこの両親から可愛がられている印象が強い。



―――私は相当不味い容姿をしていると思った方がいいのかしら・・・


まあ、それはさておき、学園に入学まではしないといけなさそうね、命令だし・・・。

現状、わたしが生きているとばれているかもわからないけど、不幸中の幸いで、御者をしていた彼も馬も馬車も健在だ。


一時死にかけてはいたけど・・・もう傷だってないし。



再び場所の外で倒れる青年を見て、変化がないことを確認する。



寝て待とうかしら・・・


わたしは目をつぶって腕を組む。





――――ちなみに、この時には思いもしなかった。

この場でわたしが聖法を使った事が、この世界では稀有なことであるということを―――


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