6.『冬の奇跡』

「おいしかったあ! 働いた後は、いつもの倍おいししく感じるね!」


 海鮮のグラタンに、はちみつとバターたっぷりのパンケーキを四枚平らげたロティアは、パンパンに膨らんだお腹を手でなでた。


「ほんとだな。しかもここのパンケーキは格別においしかった!」


 何もつけていないパンケーキを分けてもらったフフランのお腹もポコッと膨らんでいる。


「よく働いたもんね。ロティアもフフランもお疲れさま」


 フフッと笑うと、リジンは魚介のスープの最後のエビを口に運んだ。


「リジンこそお疲れさま。主催だから走り回ってたじゃない」

「がんばってたなあ」

「初めての長期展覧会だからね」




 ロティアとリジンが出会った最初の冬、十二月上旬になると、リジンの大規模な個展が開かれることになった。

 今日はその個展の展示作品の搬入日。ロティアたちは朝から個展が行われる美術館に向かい、指示を出したり、搬入を手伝ったりした。

 ようやくすべてが運び込まれ、指定の場所に設置されたのは昼の三時。休まず働いたふたりと一羽は、近場のカフェのテラス席で、遅い昼食を食べた。空が雲に覆われた寒い日でも、ロティアたちは外で食べる食事の方が好きなのだ。



「たくさんの人が俺よりもがんばってくださってたから、俺もがんばるのは当然だよ。でもパワー的には力になれなかったなあ」


 リジンはお世辞にもたくましいとは言えない自分の腕を苦々しく見つめた。見慣れない表情に、ロティアはクスッと笑った。


「無事に終わったね。これであとは、お客様が来る日を待つばかりだね」

「うん。色んな人が来てくださるといいな」

「大丈夫さ。リジンの絵は最高だからな」


 ふたりと一羽はにっこりと笑いあった。

 その時、空からふわふわとしたものが落ちてきた。ロティアは手を差し出し、そのふわふわした白いものが手の中でじんわりと消えていくと、「雪だ」とつぶやいた。


 空を見上げると、薄く灰色がかった雲から雪が舞い降りてくる。フフランは羽に空気をためて丸くなり、ロティアの膝の上に移動した。

 店員がすぐに現れ、日除け兼雨・雪除けのための大きな傘をテーブルに設置してくれた。


「寒いなあと思ったけど、まさか降るとはね」

「搬入終わってて良かった」


 ロティアが微笑むと、リジンも笑顔で頷いた。


「雪の中でジッとしてると寒いから、ひとまず家に帰ろうか」

「そうだね。展覧会前に、リジンとフフランが風邪ひいたら困るもん」

「悪いなあ。オイラ寒さには弱いんだよ」


 ロティアは「大丈夫だよ」と言ってフフランを肩に乗せ、ゆっくりと立ち上がった。肩にいると、ロティアの髪に包まれることができて多少は温かいのだ。



 カフェを出て足早に街を歩いていく。待ちゆく人々は、雪を楽しむ者と、寒がりながら逃げるように歩いている者と、二極化している。その光景に、ロティアはロエルの言葉を思い出した。


『良い面しか無いものはない。何事にも良い面も悪い面もある』


 魔法だけではなく、何事もそうだ、とロティアは思った。


 路面電車のチリンチリンという鐘が聞こえてきた。慌てて足を止めると、右手の方から路面電車が走ってくるのが見えた。リジンが「通り過ぎるまで待とうか」と言った。

 その時だった。

 路面電車の鐘よりも繊細な鐘の音が、すぐ耳元で聞こえた。

 パッと振り返ると、そこには手のひらに収まるほど小さな妖精が浮かんでいた。

 ロティアは声を上げそうになり、慌てて口を閉じた。フフランとリジンも目を見開いているが、声を上げたりはしない。

 妖精はロティアの周りをふわりふわりと飛び回る。

 このタイミングで現れ、雪のように白いワンピースを着ているということは、雪の妖精だろうか。

 ロティアはドキドキしながら妖精の方に手を伸ばした。すると妖精はニコッと笑って手の中でくるりと回ると、どこかへ飛んでいってしまった。

 白い空へ消えていく妖精を見送ると、ふたりと一羽は顔を見合わせた。


「……今のって、妖精だよね?」とロティア。

「たぶんな」とフフラン。


 リジンはにっこりを笑ってうなずいた。


「やっと見れたね、ふたりと一羽で」





 その後、家に帰ると、リジンは大急ぎで絵を描いた。それが『冬の奇跡』だ。

 妖精と触れ合うロティアとフフラン。それをすぐそばで見守ることができたリジンの喜びにあふれた絵だ。

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