44.星空色の絵を、君に
寒く、長い冬を乗り越え、芽吹きの春が過ぎ、陽光の降り注ぐ活気あふれた夏がやって来た。
ロティアは銀色の糸で紡がれたカーテンを開け、窓を開け放った。まだ暑さの乗っていない滑らかな風が、頬をなでていく。ロティアはグッと伸びをしながら、窓の下に広がるカモミールのカーペットを見下ろした。フフランとリジンと共に育てたカモミールは、今朝も柔らかく揺れながら美しく咲き誇っている。その愛しい光景に、ロティアはフフッと笑った。
「……クルルウ? ロティア、早いなあ」
ベッドのクッションの上に座って眠っていたフフランは、のろのろとロティアの肩に飛んできた。ロティアはフフランを両手で抱き上げ、その場でクルクルと回った。
「おはよう、フフラン。だって今日はみんながヴェリオーズに来るんだよ。早起きして準備しなきゃ!」
急にフフランは元気になって、ロティアの周りをグルグル飛び回り始めた。
「そっか! ロティアの十七歳の誕生日だもんな!」
「それからフフランもね!」
身支度を済ませてキッチンへ向かうと、すでにリジンが料理を始めていた。
ロティアはエプロンを結ったリジンの背中をポンッと叩いた。
「おっはよう、リジン。早いね」
リジンは顔だけを後ろに向けて、にっこりと微笑む。
「おはよう、ロティア、フフラン。ふたりはまだ寝てても良かったのに」
「ダメダメッ。リジンとフフランと一緒に準備するから楽しいんだから」
「オイラも味見なら手伝えるぞ」
「フフッ。それじゃあふたりと一羽で準備しようか」
「――あっ! ロティアー! フフランー! こっちこっち!」
短い髪にすっかり慣れたサニアが、ブンブンと手を振りながら駆け寄ってきた。その後ろには、夏の日差しを受けてきらめく湖が見える。今日のロティアとフフランの誕生日パーティーは、ヴェリオーズの湖畔で開かれることになったのだ。
「ついでにリジン先生もね」
「相変わらずだね、サニア。まあ今日はロティアとフフランが主役だからね」
「そういうことっ。さあ、早く来て、ロティア! みんな来てるよ! 準備もできてるから! ほら、フフランも!」
サニアはロティアの手から荷物を取ると、その手を握ってズンズン歩き出した。
「ハハッ、慌てるなよ」
フフランはサニアの白いシャツの肩にふわっと降りたった。
「準備ありがとうね、サニア」
「どういたしましてっ。それにしてもずいぶん大荷物だね。なにが入ってるの?」
「お料理とか、お菓子はもちろんだけど、みんなへのお返しとかいろいろ詰めたら大きくなっちゃったんだ。重いでしょう? 持つよ」
「大丈夫、大丈夫っ!」
今日のパーティーにはサニアの他に、ロティアの両親と兄二人、オーケ、ヴォーナレン、ハルセル、ケイリーも来ている。ロティアとフフランの大好きな人たちばかりだ。
みんなでガーデンテーブルを囲み、持ち寄った料理やお菓子を食べて、ロティアとフフランの誕生日を祝った。誕生日の贈り物も、両手では抱えきれないほどだ。
こんなにも幸せな誕生日は、ロティアにとってもフフランにとっても初めてだった。
「――リージンッ。暑くない? ちゃんと水分摂ってる?」
「……あ、レモネード持ってきてくれたんだ。ありがとう、ロティア」
リジンはキャンバスから顔を上げ、にこやかにジュースを受け取った。氷が入ったレモネードをグッと飲む喉には、一筋の汗が流れている。
パーティーが一段落すると、リジンは輪から出て、にぎやかな様子を描き始めた。今日という日を残すためだ。
「今日来られなかった母さんたちにも見てほしいからね。ごめんね、母さんたち来られなくて」
「もうっ、そんなに何度も謝らなくて良いよっ。マレイさんたちからはお詫びに、って部屋に入り切らないくらい贈り物をいただいたんだよ? 逆に申し訳なくなっちゃった」
「あれくらいしても気が済まない、って言ってたよ」
「リジンもマレイさんたちも気にしすぎなんだから」
ロティアは困ったように肩をすくめて、リジンの隣りに座った。
「あと少しで終わるから、そしたらボートに乗ろうか」
「いいねっ。わたしボート漕ぐの得意だよ」
ロティアが力拳を作って見せると、リジンはペンを止めてクスッと笑った。
「たくましいね、ロティアは。それじゃあ交代で漕ごうか」
まだらな影を落とすナナカマドの木が、風でサワサワと揺れる。その風はボートが浮かぶ湖の水面を揺らし、微かな涼しさを運んできた。
ロティアはうっとりと目を閉じてから、チラリとリジンの方を見た。
真っ直ぐな眼差しで、キャンバスに向かうリジン。長い髪とまつ毛が、風で揺れている。
きれいだな、とロティアは思った。
突然、リジンは「あっ」と言って、ペンを置いた。
「そうだ。ロティアに渡したいものがあるんだ」
リジンはシャツの胸のポケットから一つの封筒を取り出した。星空色のインクで「ロティアへ」と書いてある。
「手紙と、ロティアの絵を描いたんだ」
ロティアは目を輝かせて「わたしの?」と繰り返す。
「うん。俺の隣にいるロティアを見るのが好きなんだ」リジンはロティアの手を取り、そっと封筒を握らせた。「星空色の絵を、ロティアにもらってほしいんだ。俺が大好きな色で描いた、大好きな人の絵」
リジンの群青色の目がきらりと光る。ロティアはその目をまっすぐに見つめ返して、にっこりと笑った。
「ありがとう、リジン。すごくうれしい」
「よかった。絵の他にも花束とかお菓子とか、いろいろ用意してるから、それは家で渡すね。ここには持ってこられなかったから」
ロティアが「あの家のどこに、そんなに隠してるの?」と笑いながら封筒をワンピースのポケットにしまうと、リジンが両手を広げてきた。
「ロティアのこと、抱きしめて良い?」
リジンらしい質問に、ロティアはフフッと笑った。
「わたしも、リジンのこと抱きしめたい」
ふたりはじっくりと見つめ合い、そっと抱きしめあった。
「これからもずっと隣にいてね、ロティア」
「うん、リジン」
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