22.動き出す
「俺の魔法について教えてほしい?」
ロティアは「うん」と答え、四つの項目が書かれた紙をテーブルの上に置いた。
「ハルセルの魔法がいつ発動したのか、魔法の変化はあったか、時間や天候との相性、素材との相性、この四つを教えてもらいたいの」
ハルセルは昼食の海鮮パスタをフォークにくるくると巻きつけながら、紙を手に取ってじっくりと眺めた。
「あ、書くのがめんどうなら、口で答えてくれるだけでも良いよ。わたしが書くから」
「いや、休憩時間にでも書くよ。でも、急にどうしたんだ? ロティアは、人の魔法に興味がある方だとは思ってたけど、改まってこんなアンケートみたいなもの作って」
「この前話した人のこと、覚えてる?」
ハルセルはピタッとフォークを回す手を止める。
「……あー。ロティアの悩みの種だった?」
「そう。その人の力になれるように、できることをしようと思って。みんながわたしを励ましてくれたように、わたしもその人を励ましたいんだ」
十日間の連休最終日、ロティアは実家から魔法特殊技術社に戻った。
サニアの話を参考に、まずは特殊な魔法を使う社員たちから魔法の話を聞くことに決めた。彼らの話から、リジンの魔法の対策を発見できないか。そう考えたのだ。
「その方法が、このアンケートなのか」
「うん。いろんな人の特殊な魔法の話を知れば、自分の魔法に対して前向きになれるかもしれないと思って」
「自分の魔法を見つめなおすヒントになることもあるかもしれないしな」
ハルセルは「なるほどなあ……」とつぶやき、大きめのエビをフォークでグイグイといじった。歯切れの悪い返事に、少し不安になる。
「魔法って個人的なものだから、答えたくなかったら、無理しなくて良いよ、ハルセル」
ハルセルはハッとして紙をテーブルに戻した。
「あ、悪い! 答えたくないわけじゃなくて。……これを書いてロティアが元気になるなら、いくらでも協力する。なんならこのアンケート、俺の知り合いにも配ろうか?」
「ありがとう。でも自分で配るよ。ハルセルも忙しいだろうし、直接顔を見て渡したいんだ。自分の魔法について聞かれるのが嫌な人もいるだろうから」
「……そっか。それもそうだな。いつまでに渡せば良い?」
「いつでも良いよ。他の人にもお願いするから、全部集まるのには時間がかかると思うの」
「了解っ。なるべく早く渡すな」
「ありがとう、ハルセル」
ロティアがにっこりと笑うと、ハルセルは少しさみしそうな目で微笑み返してきた。
その後はケイリーをはじめ、仲の良い社員を中心にアンケート用紙を配った。
みんな快く受け取ってくれて、すぐに回答すると言ってくれた。中には、手が空いているからと言って、その場で口頭で答えてくれる社員もいた。
「今のイアリスで四十人目くらいか? 家の人たちも合わせたら、五十人くらいになるかな?」
「そうだね。たくさんの人が手伝ってくれてよかったあ」
ロティアが手を伸ばして伸びをすると、フフランも宙に浮いたまま羽根をググッと伸ばした。
青いカーペットが敷かれた廊下の外では、真っ赤な夕日が沈み始めている。そのまぶしさに目を細めると、ロティアの口からあくびがこぼれた。
「紙も無くなって来たし、終わりにしようか。十日も休んだ後に歩き回ったから、ちょっと疲れちゃった」
「明日から仕事が始まるし、社長のところに報告に行かなきゃならないんだろ」
「うん。わたしが帰った日は、社長が別件で出てて会えなかったからね」
「それならなおさら、さっさと帰って、明日に備えよう」
「……フフラン?」
後ろから声をかけられたフフランは、「うん?」と間の抜けた声を上げながら、宙を旋回して振り返った。そして、ロティアが振り返る前に、「あっ!」と叫んだ。
「ヴォーナ! ヴォーナじゃないか!」
フフランはビュンッと風を切って、背の高い人の方に飛んで行った。ヴォーナと呼ばれた人は、フフランに向けて両手を広げている。
「久しぶりだな、フフラン」
「驚いたよ! まさかこんなところで再会するなんて」
「本当だな。そちらさんはフフランのご友人か?」
「ああ。大親友のロティアだ。ロティア、コイツはヴォーナ! オイラに夜目をくれたんだ!」
「えっ! そうなの!」
ロティアはヴォーナに駆け寄り、手を差し出した。
「フフランからずっと話を聞いてました。ロティア・チッツェルダイマーです」
「俺はヴォーナレン・キベットだ。よろしく」
ヴォーナの手はロヤン父さんよりもリジンよりも大きく、分厚く、固かった。よく見ると、風貌は旅人のようで、あごにはうっすらと髭が生え、腰に携えている箒やカバン、一番上に羽織っているガウンは砂埃を被っている。
長旅から帰った後だろうか、とロティアは思った。
「なんだってこんなところにいるんだよ。お前ってこういうお堅い場所は苦手だと思ってたのに」
「……ちょっと用があったから寄ったんだ。すぐに帰るよ」
そう答えるヴォーナは、これまでの穏やかな表情が少し崩れたように見えた。しかしフフランは変わらない浮かれ調子で話し続ける。
「そうかそうかっ。オイラもヴォーナと話すなら、青い空の下が良いよ。なあ、ちょっと時間ないか? どこかで話そうぜ」
「それは構わないけど、ロティアさんはどうするんだ?」
「お邪魔じゃなければご一緒させてください。フフランから話を聞いて、いつかお会いしてみたかったんです。ヴォーナさんのおかげで、今のわたしとフフランがあるので」
ヴォーナは「へえ」と言って、嬉しそうに微笑んだ。
「それじゃあ、ふたりと一羽で話をしようか。どこかのびのび話せる店はあるかな?」
「ちょっと歩くけど、川の傍に穴場の店があるんです。テラス席が気持ち良いんですよ」
「いいな! あそこにしよう! うまいコーヒーが飲めるらしいぞ」
「それはうれしいな!」
ヴォーナは無邪気な子どものような顔で微笑んだ。
その顔はフフランの笑顔と似ているような気がした。
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