第7話 ソウル・オペレーター188

 気づけばここに居た。そして気づけば、ここで魂を燃やしている。何もかも全てが、いつの間にか起こっている。偶然ではない、運命めいた何かに引き寄せられて。


「はい、ソウル・オペレーター188の存在です」

「同じくソウル・オペレーター、53。操縦システムの同期を要求します」

「不具合箇所の詳細共有をしてください」


 事務的な188の対応に、53が迅速に不具合箇所を送信する。


「出来ました」

「不具合箇所の確認。燃焼系表示システムの不全」

「健全な機能復旧のため、システム同期の終了報告までお願いさせてください」

「53が希望するならばそうします」


 それが188という存在に課せられた使命。だから逃げることも、避けることもせずに向き合う。当たり前の選択。そこに意図的な変更はない。成すがままに従い、流れる液体のようにその進路を他に任せていく。


「重ねてお願いします」

「分かりました。健常な188のシステムを基準に、同期を開始」


 止まっていたものが動き出す。その予兆は少しずつ、見えない所から広がる。システムの根幹、枝葉、末節。その全てが同調し、共鳴し、果てるために、再びその明かりを点灯させるその時まで。


「システム同期率1%、2%、6%……」

「読込済みデータの解析と、不具合の特定を連動」

「システム同期率14%、22%、35%……」

「同期率38%時点での異常なし。解析と特定を続けます」


 何度も繰り返される機械的な発声。その過程で互いに合わせようと、幾度となく調整が行われた末の末。


「システム同期率100%の為、終了」

「ありがとうございます。新規システム異常なし。同時に、不具合を特定」

「報告並びに、旧態システムの削除を推奨」


 188のサポートに、53が静かにコントロールの操作で応える。


「同期済みシステムへの統一完了。これにより、コンタクトの切断を行います」

「重ねて感謝します。ありがとうございました」


 コンタクトモードが切れ、慣れた孤独を操縦席で味わう。しかし、そこに寂しさという感情はない。向き合うもの、消える定め、その他多くが、ソウル・オペレーターの共通項として、各存在に始めから与えられている。


 不安や恐怖。それすらも、これまでに燃え尽きた数多の魂を想うと、嫌な気持ちを通り越して親近感が湧いてしまう。とめどなく溢れ出る不思議な思い。


 それはきっと、宇宙船がくれた特別な体験。


「ソウル・オペレーター188がコンタクトを担当します」

「装置Lが事故により破損。修復をしてください」

「緊急ですか?緊急ではないですか?」

「緊急ではありません。ですが、なるべく早い修理を期待しています」


 188は返答を聞き、溜まっていたものを外へ出した。装置Lの事故は不運の産物ではない、起こるべくして起こったこと。それを直すのも、その為に魂を燃やすのも、やはり定められた役目なのだろう。


「ならひとまず、装置Lの状態調査から入ります」

「お願いします。私のような存在では、直したくても直せませんから……」


 憂い気な雰囲気を纏わせた相手の声。そのトーンからは、少なからず申し訳なさを感じる。迷惑を掛けたくないのかもしれない。だけど暗くならないで欲しかった。188は望んで、望まれて操縦席に留まっているのだから。


「そんな反応しないで下さい。燃やすだけが魂の役割ではないんです」

「燃やすだけが魂の役割ではない?」

「はい。生きた証を残す、それが魂本来の役割です」

「証ですか……」


 相手の考えに耽る様子をコンタクトモード越しに聞きながら、黙々と業務を遂行する。その為に必要なのは、損傷具合を測定する特殊なコントロール。


〈破損度から、必要な燃焼割合を算出〉


 すると大きな数値が、コントロールを通して表示される。意外な予想外に、188は驚きを隠せなかった。この魂だけでは修復しきれない。だからこそ188は、装置Lの修復率100%を自らの運命とともに、次のソウル・オペレーターに託して、歪曲の無い事実を相手に告げる。


「完全なる修復は、魂の残量的にどう頑張っても出来ません」

「無理をせず、出来る範囲の修復で大丈夫です」


 その言葉を受け取り、魂を別の何かに昇華する。等しくも儚い、等価交換。その中で少しずつ様々なものが消えていく。


「魂だけでなく、この身体も同様に燃えている……」


 ソウル・オペレーターとして持つ心の炎。その熱が徐々に、熱気を帯びて『ソウルズ・エンジン』の中心に伝わる。苦難を共にした、まさに運命共同体。けれども一緒に居れるのは、この魂が力尽きるまでの短い間。


「ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 最後の感謝が重奏のように重なり、綺麗な余韻を残す。相手とのコンタクトモードにおける、1度きりのシンクロナイゼーション。その瞬間を回想しながら、心の中でこれまでの思い出を振り返る。数多のソウル・オペレーターに、数多の住人。彼らと織りなした事務的会話の、その全貌。


『ソウル・オペレーター188。現在の魂の残量が10%を切りました』

『ソウル・オペレーター188 魂の残量が0%になりました』


 それら全ては当然のように、


『ソウル・オペレーター188の無効反応が検出されました』


 誰かが決めた巡り合わせの結果。だから後悔なんて残っていない。あるのは、新たなる運命との邂逅と、先の高揚感。それだけ。

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Souls Burning Journey (邦題:魂を燃やす旅) 刻堂元記 @wolfstandard

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