第6話 ソウル・オペレーター8

 自分は夢の中に居る。生まれたときからずっと、夢の中で生きている。この夢の中では、自分が特殊な仕事を請け負い、それを同じやり方でこなしていく。その職業の名前はソウル・オペレーター。でもこの夢は終わらない。きっと自分が死ぬまで、何事もなかったかのように続いていく。だから自分は、夢の終わりを望んでいる。夢の終わり。その先に現実が待っているような、そんな気がするから。


「ソウル・オペ8が各種サポートを行います」

「私、ソウル・オペレーター番号20。貴方の助けが必要なの」

「オペトラブルの内容は?」

「逃避反応の常態化で、私の魂が不安定化してる」


 点検でよく見る生体反応。その中でも特に珍しいのが、敵性反応と、逃避反応だと聞いたことがある。その2つに関しては、抱える気持ち次第で、生体反応の波に変化が表れると言うけれど本当なのかな?


「少し待ってください。生体反応を調べてみます」

「お願い。調査したら分かる」


 ソウル・オペレーター20の悲痛な声。その訴えからみるに、緊急性は高いかもしれない。自分は、ソウル・オペレーター20の生体反応をスキャンした結果、その波の大きさに思わず声を上げてしまった。


「驚かせてごめんなさい。でも本当にね、魂を燃やすのが怖くて」

「怖い?ああ、分かりました。今、管轄を引き受けます」

「ありがとう、ありがとう……」


 自分はその声に押されるように、素早く管轄権の移行を終わらせた。ソウル・オペレーター20は魂の燃焼という恐怖から一時的に解放され、自分は夢の終わりへと近づける。お互いにとって、こんな良いことはない。


「終了しましたよ。管轄権の移行手続き、お疲れさまでした」

「お疲れさま。ホント、私って我儘だよね」

「かもしれません。ですが、反対にそれが相手の利益になる場合もあります」

「そうなんだね。ごめん、もう切るね……」

「ソウル・オペ8。サポート終了」


 自分はそう告げ、天井を仰ぎ見た。ソウル・オペレーター20にとって、この仕事と向き合うことはこれ以上にない悪夢なんだろうか。だとすれば、刹那的にも全ての管轄から解放される瞬間は、20の夢見た天国なのかもしれない。


「ソウル・オペ8です。各種トラブルの解決を承ります」

「エコノミー設備Yの一部が崩壊。調査の後、復旧をお願いできますか?」

「分かりました。すぐに調査と復旧に入ります」


 僕は、エコノミー設備Yの現状を、コントロールパネルで確認した。老朽化しているのか、設備の片側部分に集中して亀裂が入っている。だが、コントロールパネルだけでは、内部の詳細は分からない。僕はドクターモードを起動し、部分的崩壊の原因となった箇所の特定を始めることにした。


 ドクターモード。詳細分析。構造系統に問題あり。エネルギー系統に問題あり。各種内容。構造系統の問題、半壊による活動エリアの減少。エネルギー系統の問題、断線によるエネルギーの供給不安定。


 そして、部分的崩壊の発生源。それは間違いなく――。


「調査終了しました。原因は、ブロック5の過剰使用かと思われます」

「ブロック5ですね?ありがとうございます」

「どういたしまして。では、このまま復旧へ移行します。しばらくお待ちください」


 僕は言いながらも、頭では理解していた。魂の残量。その数値的に、完全に復旧できるかどうかは分からない。念のため、ディスプレイで確認してみる。


『ソウル・オペレーター8 現在の魂の残量は46%』


 普通に考えれば、まだ高い方。だけど、僕の生命力は元々、そこまで高くない。それも全ては、夢からの目覚めというソウル・オペレーターとして機能するにはどうしようもない期待を持ち続けているから。でもこの考えは、『ソウルズ・エンジン』基準では、逃避反応には当たらないらしい。仕事の遂行には積極的だからか。本当に不思議だと僕ですら思う。


『コンタクトモードの維持を継続。ガイドモードを起動します』


 これで僕の魂は、さらに燃焼を速めることになった。完全復旧は絶望的と言っても良いかもしれない。ただ、僕だけで復旧を終了させられる確信が無かった。それだから効率的に魂の燃焼を加速させつつ、エコノミー設備Yの半壊原因であるブロック5を最優先で元通りにした方が賢いと判断したわけだけど。


 出来れば今この状態で、他のソウル・オペレーターとも連絡を取りたかった。しかし、コンタクトモードの仕様上、それは不可能で、最初から、常に1つの存在としかコンタクトモードにおいて会話できない。


〈エコノミー設備Yのブロック5復旧にあたり、30%以上の魂燃焼を推奨〉


 ガイドモードが突きつける、魂の大幅燃焼という現実。それでも、僕は迷いはしない。僕が魂を燃やせば、結果的に多くの存在を救える。そのためなら僕は喜んで、この魂を使い切る。


 ガイドモードの再三なる確認。その全てに同意し、僕の魂は唸るほどに燃焼速度を上げた。ディスプレイ上の魂の残量表記。それと比例するかのように、僕の身体から少しずつ何かが失われていく。魂に、それから生命力……。きっと他にも。


『ソウル・オペレーター8。現在の魂の残量が10%を切りました』


 魂が震えている。最後の力を振り絞るために。それに僕も応えなければならない。たとえ、この声が枯れ果てても。


「ブロック5の完全復旧まで3、2、1……、0。完了。完全復旧率100%」


 仕事は終わった。あとは、この成果を相手の存在に報告するだけ。そのために僕が、ガイドモードの自動終了を待っている時。


『ソウル・オペレーター8 魂の残量が0%になりました』


 僕の中で何かが切れた。僕と繋がっていた、『ソウルズ・エンジン』の線か。あるいは、僕自身の魂をこの世界に閉じ込めていた鎖のような物か。その答えを今更知ろうだなんて僕は考えていない。


 魂の行く先。そこに辿り着けば、いずれ全て分かる時が来る。

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