第5話 ソウル・オペレーター421

 時々、嘘なんじゃないかって感じることがある。先祖が故郷を台無しにしたっていうのも、新しい居住地を探して移動しているっていうのも。だけど、全部が全部、嘘だと思っているわけじゃない。私という存在は確かにここに居るし、『ソウルズ・エンジン』は現にどこかに向かっている真っ最中だ。


 それに、私は『ソウルズ・エンジン』無しには生きられない。『ソウルズ・エンジン』も、私を始めとしたソウル・オペレーターがいなくては動けない。まさに共依存関係と言ってもいいと思う。


 ただ実のところ、私はこの関係性を望んでいない。それを認めてしまったら、私は『ソウルズ・エンジン』の為に生きていることになってしまう。そんなのは嫌。誰の為でも、ましてや『ソウルズ・エンジン』の為でもなく、私の為に、私は私らしく最期まで生きる。そう決心したから。もう逃げるのは止める。


「ソウル・オペレーター421の応答。そっちは?」

「75のソウル・オペレーター。いわゆる装置の管轄者ってやつさ」

「装置ね。それで用件は何なの?」


 私が尋ねると、相手は僅かに間を置いた。


「装置Aの管轄を421に移行させたい」

「良いよ。装置Aの情報リクエストを送信。管轄権移行の準備を開始して」

「ありがとう。ひとまず装置Aの基本情報は送っておいた」

「次は管轄権の移行段階ね。ディスプレイを確認」


 選択対象は装置A。最終合意の受け入れと同時に、新たな負担が身体を襲った。間違いない。魂の燃焼が加速した結果。身体が燃えているわけじゃない。だけど熱く反応している私の身体は、いつにも増して輝いている気がする。


「移行は終了。お疲れ様」

「こちらこそ感謝しなきゃね。おかげで助かったよ」

「なら良かった。またね、ソウル・オペレーター75」

「またね。本当にごめん」


 それがソウル・オペレーター75の発した、最期の言葉だった。75が自分の魂を燃やし尽くし、その存在を消していく。


『ソウル・オペレーター75の無効反応が検出されました』

『コンタクトモードの自動終了を行います』


 その証拠に、75との連絡手段は使えないままの状態に変化していた。もちろん、しばらくすれば、新たな存在が、75としてソウル・オペレーターの任務に就くのは確か。しかし数字でしかない私にとっては虚しさを感じてしまう。


 ただの数字でしかないソウル・オペレーター。その数字すらも固有ではなく、共有されている。本当にそれで、そのままで良いのだろうか。


「名前さえあれば、もっと違ったのに」


 数字でしか呼ばれず、固有の名前もないソウル・オペレーターはつまり駒。だからこそ、自分らしさの追求なんて最初から求められていない。でも、そうだとしても。私は、私が魂を燃やし続ける意味を見つけたい。


「魂の残量は……、残り31%」


 燃え尽きる前に出来るだろうか。正直、不安になってくる。だけども今向きわなければ、その答えに辿り着くのは夢のまた夢。


「ソウル・オペレーター421の応答。そっちは?」

「ソウル・オペレーターで数字は260。どうしたら良いか分からない」

「トラブル?それとも何か別のもの?」

「トラブルかな。各コントロールの基本情報を教えて欲しくて」


 コントロールの基本か。そういえば私も、最初の時は何が何だか分からずに、他のソウル・オペレーターに、1から教えてもらっていた。


「分かった。2回は言わないから注意して聞いて」

「もちろん、そうするよ」


 状況とは対照的に、260の音声は落ち着いて感じられる。魂を燃やすという覚悟が既に出来ているのかもしれない。私は操縦席周りのコントロールをざっと見て、まずはその種類から説明することを決めた。


「じゃ、各コントロールからね。ソウル・オペレーターの操縦席には、数百ものコントロールがある。その主な種類がディスプレイ、レバー、ボタン」


 当然、スイッチなど他にもコントロールはある。ただ、私は使ったことが無いので、残念ながら教えられない。


「そして、いま説明したようなものを使って、ソウル・オペレーターは相手の要望に応えていく。相手は『ソウルズ・エンジン』内の住人か、ソウル・オペレーター。大体の内容はトラブル処理か、管轄権の移行だけど、何か分からないことがあったらガイドモードを起動して。ガイドモードは、ディスプレイ上の角ばった何色でもない図形アイコンを3回以上押せば始まるから」


 すると、260は驚きを含んだ声をコンタクト越しに返した。


「3回も押すんですか?」

「そうね。ガイドモードは魂の燃焼を速めるから、間違って起動させないようにするっていう配慮がされてるみたい」

「だけど結局は、魂が燃え尽きて終わりでしょ?」


 それだったら意味ない。そんなことを260から言われてる気がした。確かに、始めのうちは無駄な機能だと思うかもしれない。でも魂を燃焼させていく中で、どのソウル・オペレーターも、その有難みを心の底から感じることになる。


「そうだよ。いつかは終わる」

「ならどうして、『ソウルズ・エンジン』はそんなものをつけたんだろう?」


 260の疑問に、私は答えを出せるはずもなった。ただ……。


「この宇宙船を作った存在に直接聞けば分かるかもね」

「それもそうか……」


 私はあと少しで、魂を燃やす理由を見つけ出せそうな感覚がある。


「だからさ、頑張って生きなよ。生を実感するために。生を悔やまないために」

「悪くなさそうだね。生のために魂を燃やすってのも」

「でしょ?操作系統の暗記はその手段だから」


 出来るだけ速く、多く覚えて欲しい。そうすればその分だけ効率が上がって、より長く魂を燃やし続けられる。


「コントロールの役割を記憶すること。ボタンは通信や、管轄権移行、各種トラブル処理に使われる。特に、開始と終了、同意の場面でボタンを押す。この時、誤動作にならないように長押しや、複数ボタンの順番押しが必ず必要になるからね」

「例えば?例がないとイメージが掴めない」


 260の言う通りで、具体例を挙げなければ分かるはずが無い。


「ある設備を長く保たせたい。そんな時に、とても暗い色の外縁に囲まれた、透き通るような薄い色のボタンを押して光を灯す。すると」


『ソウル・オペレーター421。現在の魂の残量が10%を切りました』


「魂の燃焼速度が急速に上がって、設備全体の寿命がほんの僅かだけ延びる」

「その後は?その後はどうなるんです?」

「おしまいだよ」

「え?」


『ソウル・オペレーター421 魂の残量が0%になりました』


「燃え尽きた魂が静かに消滅する。こうして、誰かに見守られながらね」

「なるほど。何となくですが、理解できました」

「そう……」


 何を理解したのか。260の反応から判断するに、確かめるまでもなかった。私たちはいずれ、他の存在に認識されながら終わりを迎えることになる。


「後はお任せください、421」


 それを最後に、私は260の声を聞けなくなった。音声を認識する器官がすでに消えたから?でも気にすることはない。大丈夫。


『ソウル・オペレーター421の無効反応が検出されました』


 私は私らしく、他の誰かのために生きられたから。

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