第4話 ソウル・オペレーター337

 『ソウルズ・エンジン』内での誕生、生活、そして勤務。私はその全てを経験している、全く珍しくない存在だ。それなのにどうだろう。私は操縦席に座り、淡々とした対応を長いことやっている。希望の光は、生命の星はどこにある?終わりが見えなければ、やる気どころか、声のトーンさえも上げられない。


「ソウル・オペレーター337だ。リクエストを求む」

「ミドル設備Uで複数か所の亀裂あり。即自的な対応をお願いする」

「了解。ミドル設備Uの確認開始」


 私はそう言い、コントロールパネルを開いた。相手の言ってる通り、ミドル設備Uには亀裂が走っている。調査結果によれば、側面に3か所。他には見当たらない。とするなら、このリクエストはすぐに終わりそうだ。


「調査終了。亀裂が全部で3つ見つかった。補修させるか?」

「可能であれば」


 相手のリクエストを了承し、すぐにコントロールの操作に移行した。数こそ多いが、それぞれの役割を覚えるのは、案外難しくない。大事なのはその順番。それを間違うと、結果は常に逆転し得る。


「ミドル設備Uの補修が、たった今終わった」

「承知。ミドル設備Uの該当箇所、確認。再確認……。問題なし」

「ソウル・オペレーター337より、対応と解決を報告」

「感謝する。ではまた」

「……またな」


 こうして、私らソウル・オペレーターは、問題を着実に片付けていく。何の面白みもない、つまらない仕事だ。せめて面白い話が聞きたかったが、ソウル・オペレーターになった以上、相手とは最小限の受け答えしか出来ない。普通の会話は、嫌いとでも思われてるのか?だったら心外だな。


「ソウル・オペレーター337だ。リクエストを求む」

「リクエスト……?いや、僕はそれよりも、トレードがしたいんだよ」

「変わったこと言う存在だな。ソウル・オペレーターなのか?」


 私が聞くと、相手は我慢しきれなくなったのか、笑い声を上げ始めた。何がおかしい。だが不意に漏れたのは、怒りではなく笑いだった。


「そうだよ。僕はソウル・オペレーター4」

「やっぱりそうか」

「うん。それで僕から337に、外壁エリアCの管轄権を移行させたいんだけど」

「お願いして良いかって?トレードの条件次第だな」


 すると、ソウル・オペレーター4は、魅力ある提案を私に返した。


「基本的になんでも良いよ」

「ホントにか?なら少し、私との雑談に付き合ってくれ」

「そんな事で良いの?」


 ソウル・オペレーター4が確認してくる。念押しの意味もあるんだろう。だが、私の決心が揺らぐことはない。


「ああ、構わない」

「そっか。337も僕と同じで変わってるね」


 ソウル・オペレーター4の言葉に、ハッとした。ソウル・オペレーターの仕事はつまり、『ソウルズ・エンジン』の管轄をしながら補修することだ。始めからそれ以外の事など考慮にない。だから私がいる。4がいる。互いに違うとはいえ、イレギュラー的存在という意味では何も変わらないか。


「もしかしたらお互い、巡り会う運命だったのかもしれないな」

「運命、か。良い響きだね。僕は好きだよ、その表現」

「気に入ったのなら良かった。さてと」


 外壁エリアCの接続先変更を進めなければ。私は椅子に座り直し、コントロール全体を俯瞰して確認した。特別手間のかかる操作ではない。管轄権移行に関わる合意をディスプレイ上で了承した後、対象を選んで最終決定ボタンを押せばいい。


「管轄権の移行は終わった。外壁エリアCの状態を伝えてくれ」

「外壁エリアCは337の管轄で、状態は概ね良好」


 その言葉通り、外壁エリアCには特筆すべき問題がない。


「ありがとう。にしても意外だった」

「何が意外だったの?」

「ソウル・オペレーターの管轄対象はなにも、設備だとは限らないんだな」

「もちろん。みんなが知らないだけなんだ」


 確かにな。『ソウルズ・エンジン』自体、設備だけで構成されてるわけじゃない。それ以外にも、膨大な数のモノが組み合わさっているんだろう。だが私という存在は、設備の事しか分からない。だから教えてくれ、4。


「設備、外壁エリア以外何がある?」

「僕が知ってるのは、装置とルームだけ。でも他にもあると思う」


 ルーム?設備に備わる部屋の意味合いでは無いな……。だとすれば何なんだ?


「装置は理解できるが、ルームってのは?」

「それが僕も分からなくてね。逆に知りたいくらいだよ」

「なるほどな。管轄する機会があれば、その時に疑問が解けるだろ」


 外壁エリアを初めて管轄してる、今の私のように。4も、ルームを何らかの形で引き継げば、未知は既知に変化するはずだ。


「だからさ、待ってみるのも良いんじゃないか?」

「良い考えだね。そうしてみるよ」

「うん、そうしてくれ。私には叶えられない願いだからな」

「魂があと少しで、燃え尽きるんだね……」


 私は何も答えなかった。ただ、会話を悲しいままで終わらせたくはない。その為にできることはないか。


『ソウル・オペレーター337。現在の魂の残量が10%を切りました』


 考えようとする度、無駄に煩い自動音声が私の思考を阻む。どうすれば、何を言えば?必死に思い悩むが、答えは頭の中をよぎらない。


「ああ……。そしたら身体は無くなる」

「最期まで見届けるよ。魂の残量が残り0になるその瞬間まで」

「よろしく頼む」


 私がそう返すと、4は頷いた。


「いいよ」

「本当にありがとう。短い間だったが楽しかった」

「僕こそ礼を言いたいくらいだよ」

「じゃ、お別れだ。さよなら、ソウル・オペレーター4」

「さようなら337」


 私は最期となる言葉を4に言い残し、正面から段々と下に視線を向けることになった。身体から力が抜ける。何をする気力もない。目を閉じ、死が肉体を喰らおうとする中で、私が思うことは1つ。ようやく魂を燃やす旅が終わる。何もかも続いていく『ソウルズ・エンジン』内での確かな区切り。


『ソウル・オペレーター337 魂の残量が0%になりました』


 それは、ソウル・オペレーターなのかもしれない。

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