第3話 ソウル・オペレーター150

 体の中に宿る魂。それが集まって、大きな宇宙船を動かしている。前に聞いたことなのに今でも信じられない。『ソウルズ・エンジン』にとってソウル・オペレーターは、休むことなくエネルギーを注ぎ込む、燃料タンクに過ぎないんだろうか。その疑問がわだかまりとなって、いつまでも僕の頭から離れようとしない。


「ソウル・オペレーター150の受付ですが」

「あ、はい。エコノミー設備Fの内部を繋ぐ連絡通路が、なぜか遮断されました」

「原因に心当たりは?」

「ありません。まずは遮断機が正常なのか、見てもらえますか?」

「点検が必要みたいですね。今調べて確認します」


 僕はめんどくさく感じつつも、相手の要求に応えるため、コントロールパネルを操作して、遮断機の状態を細部まで調査した。


「異常は見当たりませんね。壊れた所もありません。エコノミー設備Fで何かが起こっているのは確かなのかもしれませんが、設備そのものや、エネルギー供給に関したトラブルでない以上、その問題はソウル・オペレーターの管轄外です」

「そうですか。管轄外と聞いて、非常に残念です」


 ソウル・オペレーターは、言うならば『ソウルズ・エンジン』の医者的存在。だから、設備が壊れれば直すし、エネルギーの復旧もする。でも、ソウル・オペレーターは何でも解決できる万能じゃない。


「設備のまとめ役であったり、ブロックリーダーであったりする存在がいると思うので、そういったところに相談してください。その方が僕は良いと思いますよ」


 すると、相手の唸る声が聞こえた。だけど僕は気にしなかった。


「分かりました。施設責任者に聞いてみます」

「ソウル・オペレーター150。これを以て、通信接続の切断を行います」

「対応ありがとうございました」


 そうして操縦席に訪れる、束の間の沈黙。これが、僕らソウル・オペレーターを休ませる数少ない機会と言ってもいい。


 僕は、前方のコントロールから耳を遠ざけ、目を閉じた。光は明るさだけが伝わり、音はそれだけを伴って耳の奥へと入っていく。だけどその一方で、身体の中から何かが抜けていく感覚も、確かに僕は感じている。


 その原因は、僕らと『ソウルズ・エンジン』を繋ぐ線だ。コントロールから少し目を逸らせば、すぐ見える。わざわざ探すこともない。ただ……。


「ソウル・オペレーター150ですが、あなたは?」

「103のソウル・オペレーターです。私から150に、お願いがあります」

「どんなお願いですか?」

「接続不良な線の代わりに、予備の線を私に繋げてください」

「予備接続の実行は、テスト後でも?」

「はい。それで私は構いません」


 103を名乗る相手の淡々とした喋りに、どこか退屈さを覚えた僕は、わざとらしく息を吐き出した。ディスプレイの下部。そこに表示された小さなマーク。それを強く押して、予備接続のシミュレーションを簡易的に実行していく。面白味は全くない。しかしやり方を理解するだけなら、テストでも充分に事足りていた。


「終わりましたか?」

「テストなら」


 僕は一言で答え、103の反応を窺った。だけれど、抑揚を抑えた103の口調からは、感情を覆い隠すような無機質さしか読み取れない。


「テストなら、ちょうど終わった所です」

「では私のために、予備接続を実行し、完了させてください」

「そうですね。しばらくお待ちを」


 僕はそうして、コンタクトモードが切れないよう気を付けながら、接続不良な線の意図的な分離を行った。それも1本だけ。出来ることなら全て断ち切りたい。そうすれば、『ソウルズ・エンジン』という呪縛からみんな解放される。


「150から敵性反応が検出されました」

「え?いやそれは」

「150。今はそれ以上、何も聞きたくはありません」

「……。なら、何をしたら良いんですか?」

「最初に要望した通りです」


 103は、全く変化のない声色で答えた。それが僕にとっては、不気味だった。103からは生気を感じない。そこが明らかに他の存在とは違う。


 とは言え、もっと不思議に思うことがあった。この宇宙船ではトラブルがあっても、ソウル・オペレーターが通常の対応をできるように、システムが何重にも複雑に組み込まれている。だからこそ、103の要望している予備接続の実行自体、本来は不要な操作として認知されているはず。


「それなら、先ほどの続きから再開しますね」


 だけどその疑問が、僕から発せられることは恐らく無い。それは僕だけが持つ考えではなく、ほぼ全てのソウル・オペレーターが余計なことを嫌い、無駄を省くために、あらゆる努力をしているという数少ない共通点が理由としてある。


「どれくらいで終わりますか?」

「少々ですかね」


 僕はそう言いながら、コントロールを操作した。やり方が不明だっただけで、それさえ覚えれば、何も難しくはない。ただ、僕自身。もっと正確に言えば、僕の魂に問題が発生していた。


『ソウル・オペレーター150。現在の魂の残量が10%を切りました』


 やっぱり僕は、燃料タンクそのものだ。尽きかけた魂の存在を、身体の内側で感じつつ、そんなことを思う。でも僕は最期まで、魂を燃やし続けなければいけない。多分きっと、これが僕にとって最後のコンタクトになる。


「103に報告です。予備接続が完了しました」


 僕は、103の言葉を待った。もちろん、込められた感情は期待していない。ただそこに、感謝があればそれで良かった。しかし103は何も答えない。


「103?」


 問いかけたが無反応だった。そこで僕は、生体反応の調査を開始しようとしたが、コンタクトモードが自動終了し、それは叶わなかった。コンタクトモードの途中で103は、魂を燃やし尽くした状態を表す、無効反応になったんだろう。


 でも103は、僕が求める答えを見つけた気もしていた。『ソウルズ・エンジン』という呪縛。それからの解放、そして手段。


『ソウル・オペレーター150 魂の残量が0%になりました』


 僕はそれについて、答えは、1つだけしかないとばかり思っていた。信じていた。囚われていた。でもそうじゃない。魂が燃え尽きて、身体が無くなれば、ソウル・オペレーターとしての役割は、自然と消える。予備接続それ自体も同じ。1つ1つのことに大した意味なんて、あまりない。


『ソウル・オペレーター150の無効反応が検出されました』


 死の瞬間、それまでを振り返ってどう感じたか。その事に、僕は大きな意味を感じたから。

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