第1話 ソウル・オペレーター272

 端が見えない宇宙の中。その中を信じられない速度で、『ソウルズ・エンジン』が移動している。それを操縦して動かすのは、400人以上ものソウル・オペレーター。そして私もまた……。


「はい、こちらソウル・オペレーター272。どうしましたか?」

「エコノミー設備Aのエネルギー系統で、小規模な障害が発生中。原因の特定後、速やかに復旧させるように努めてください」

「了解です。エコノミー設備Aの障害原因を調べます」


 私はコンタクトモードを維持し、手元にあるディスプレイで、エコノミー設備Aを管轄する、ソウル・オペレーターを検索した。ソウル・オペレーター45。それが、エコノミー設備Aを管轄している。


「エコノミー設備Aの管轄元を特定。生体反応を調査します」


 コントロールを駆使し、ソウル・オペレーター45の生体反応をスキャンする。結果は、微弱反応。生命力が尽きかけている証拠だ。


「原因の特定完了。臨時の管轄元として、ソウル・オペレーター272を接続」

「感謝します。完全復旧の視覚確認、只今終わりました」

「ソウル・オペレーター272が対応しました」


 コンタクトモードを終了し、通常のオペレーター任務に戻る。私が担当するのは、ミドル設備Nと、たった今管轄することになった、エコノミー設備Aへのエネルギー供給。その供給源は、魂を燃やすことでしか生まれない。


『ソウル・オペレーター272。エコノミー設備Aの管轄権移行を推奨します』


 機械音声の案内に従って、ソウル・オペレーターの検索を行う。管轄権移行を行えそうなソウル・オペレーターは、全部で十数人。このまま私が管轄しても、あるいはそれ以外のソウル・オペレーターに頼んでも問題はない。ただそうなると、魂の燃焼スピードが異常なまでに速くなる。


 私は迷った末、候補を1人のソウル・オペレーターに絞り込んだ。


「ソウル・オペレーター169が対応します。ご用件は?」

「こちら、ソウル・オペレーター272。エコノミー設備Aの管轄権を、ソウル・オペレーター169に移行する許可を求めます」

「管轄権の移行を許可します。接続先の変更完了までお待ちください」


 ソウル・オペレーター169の返答に、私は安心した。各ソウル・オペレーターが、支障なく管轄できる限度を超えると、魂の減りは加速してしまう。


「管轄権の移行完了。ソウル・オペレーター169が接続」

「接続確認が終了しました。協力に感謝します」

「ソウル・オペレーター169の対応を、これにて終わります」


 そう言い終わると同時に、ソウル・オペレーター169が私との通信を切った。特に驚くことではない。コントロールを使えば、その分だけ寿命が減る。私たちソウル・オペレーターは、無駄な会話が嫌いなだけ。


 死にたいわけじゃない。少しでも長く生きたい。その思いが、私の精神を異常なまでに研ぎ澄ます。何か異変はないか。ディスプレイ、レバー、ボタン……。あらゆるコントロールに注意を向け、何にでもすぐに反応できるように目を光らせる。


 特に変化はない。ただ、平穏がいつまでも続くわけではないことを、私はよく知っていた。直に何か来る。それは私の直感に違いなかった。


『ソウル・オペレーターの一時的減少を確認。エコノミー設備Sの臨時接続先として、ソウル・オペレーター272を自動選択します』


 エコノミー設備Sの自動接続がなされた瞬間、予期せぬ負担の急な増加に、身体が重くなる感覚を、私は感じた。これまでの設備とは明らかに違う負担量。ソウル・オペレーターの誰が、動力源を提供していたのだろう。それを今知る必要性は、どこにもない。


 代わりに私は、自分の魂の残量を調べた。前回の調査時は79%の結果。今はどうか。目を逸らしたいほど低い数字が、ディスプレイ上に表示される。


『ソウル・オペレーター272 現在の魂の残量は15%』


 だが、その実感はあまりなかった。身体に支障はなく、反応も通常通り。何も変わらないからこそ、死の怖さも芽生えない。おかしいだろうか。そんなのは、私だけかもしれない。でも構わない。ソウル・オペレーターの数だけ、生き方も、価値観も多様に存在する。それを、各ソウル・オペレーターが誇りに思えたのなら。


「それでいい……」


 私は独り言の如くそう呟き、注意をコントロールに集中させた。静かに、ただ何かを待つように。何も考えず、それだけに意識を向けていく。


『ソウル・オペレーターの増加を確認。ソウル・オペレーター272。エコノミー設備Sの管轄権移行を強く推奨します』


 強く推奨。それの意味するところは警告。つまり、すぐにでも実行しなければ、私の寿命は急速に0に近づく。


『ソウル・オペレーター272。現在の魂の残量が10%を切りました』


 私の魂はもう僅か。感謝を伝えたい相手は、既に亡くなってしまっている。それでも、私にはソウル・オペレーターとしての自覚がある。責任感がある。この魂が燃え尽きるその最期まで、私が忘れることはない。


「ソウル・オペレーター272です」

「はい、ソウル・オペレーター108が応答します」

「エコノミー設備Sの管轄をお願いします」

「それはどういう……」


『ソウル・オペレーター272 現在の魂の残量は4%』


 私の意図を分かりかねている、ソウル・オペレーター108に補足を加えた。


「私の寿命はあと少しで切れます。だから、エコノミー設備Sの管轄をソウル・オペレーター108に託したい」

「ちょっと待ってください。急に言われても接続変更のやり方が……」

「ガイドの指示に従ってください。そうすれば」


『ソウル・オペレーター272 魂の残量が0%になりました』


「分かります」

「え?」


 ソウル・オペレーター108の動揺を、コンタクトモード越しに聞きつつ、自分の身体が消滅していくのを、私はまじまじと観察した。これが死ぬということなのか。不思議なまでの心地よさがある。これから私の魂はどうなるのだろうか。放浪、転生、消滅……。どれもしっくりとこない。やはり。


『エコノミー設備Sの接続先として、ソウル・オペレーター108を選択しました』

『ソウル・オペレーター272の無効反応が検出されました』

『コンタクトモードの自動終了を行います』


 このままここに留まり続けるのが、最も私らしく感じてしまう。

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