第7羽 ザゼル先輩は信じない

 

 ここは星上園。の全部の景色が見渡せる場所に建っている天使のための学園。ちゃんとした名前で呼ぼうとすると「神学園」なんて言うらしいけど、まあ誰もそんな呼び方はしていない。この世界で学校なんていうのはここ一つしかないからだ。まあ、そんなことはどうでもいいんだけれど。

 そんな学園で過ごしていたある日、僕はある事情がきっかけで何もかもが嫌になり、実技の授業を抜け出してこの屋上に逃げ込んでいた。しかしそんな場所で出会ったのは、どこか掴みどころのない雰囲気を纏った”ザゼル”という天使だった。すでに僕を見透かしているような鋭い目をした彼だったが、そんな彼に僕は今


 どうやらなつかれているみたいだった


 

「フォルン君ってどこから来たの??都市部の生まれじゃなさそうだよね」

「君の名前は誰がつけたんだい?保護者的な誰かがいたのかい?」

「好きな食べ物は?」


 質問をするたびに顔が近づいてくるその勢いに圧されてたのもあるけれど、それ以上に今は自分の悩み事に頭の中がとらわれていたからか、だんだんと返答が簡素になり、少しづつ顔をそっぽ向け始めていることに、目の前の彼は当然気づいていた。


「おいおいフォルン君、なに無視してるんだよ」


 明後日の方向から目線を戻すと見えたのは、眉間をずっしりと細めて不快感を訴えてくるような眼だった。

 

「せっかくサボってるんだぜ。悩み事なんてしてる場合じゃないだろ?」

「あ、、うん。ごめんなさい」


 一方で口から出てくる口調、トーン、声量は、そんな不快感は嘘だと伝えてくるようで、それがもしかしたら彼の底知れなさを感じさせていたものだったのではないかと、そうこの頃から薄々感じていた。

 けどどっちにしても、せっかく目の前の相手が自分に興味をもって話しかけてくれているのを、無視するようになんの返事も返さないでいたことが、「相手にとって失礼なこと」だとわかるくらいには、森の中でほとんど他の天使と関わることのなかった頃と比べれば成長していた。


 申し訳なさとやるせなさで下を向いていると、彼は突然趣向を変えようとでも言うように口を開いた。


「じゃあさ、君がそんなに理由とやらを聞かせてくれよ」

「え、、いや別にそんな話すようなことでも……」

「良いじゃないか。悩んでることは一羽ひとりでため込むものじゃないぜ?それに、今ここで俺に話したら明日、いや"千年後"の未来だって変わってるかもしれないだろ」


 僕はあっけにとられていた。出会って1時間も経ってないだけの仲の僕に、悩みをたった一つ話させるためにずいぶんと大げさなことを言うんだなと。

 でもその言葉を聞いた瞬間、"千年後の僕"に希望があるわけじゃないけど、不思議と今まで自分一羽ひとりで溜め込むつもりだったものを、この屋根上でなら話していいかと思えた。

 

 僕は息を一つ吸い、翼の羽をいじりながら話し始めた。


 ◇◇◇

 

「……へぇ、そりゃ珍しいこともあるもんなんだなぁ。光が"発現"すらしないなんて」

「ちょっ!?あんまり大きな声で言わないでくださいよ。恥ずかしいじゃないですか」

「別にここなら問題ないだろ。他に誰もいないんだから」


 確かにザゼルの言う通り、この校舎の屋根上には僕ら以外は誰もいないんだということをつい忘れていた。


「でもそれって、渡された"石"に問題があったっていう可能性もあるんじゃないのか?ほら、授業のときに配られた、天使が光を出すのに不可欠なやつだよ」

「最初はそう思って、石を取り替えてもらったんですよ。けどそれでも、何度試しても...」

「...正直にわかには信じがたいと言おうか。天使の身体の構造上、"光を出すことは息をすること"って揶揄されるくらいには自然にできることのはずなんだけどな」



 

「やっぱりそうですよね...周りを見ててもみんな当たり前のようにやってて、、本当に僕って”落ちこぼれ”なんだって。サリルは先生が褒めちぎるくらい頭が良いし、ヨエルはみんながうらやましがるくらい運動ができる。ハニエは僕ができないこと全部、僕の代わりにやってくれる。僕ができることって何なんだ?僕の天使としての価値ってなんなの?ぼくが、、、みんなと友達でいていい資格なんてあるの??...」


 普段のみんなには到底見せられない。そんな顔をしていたのだろうか。初めてどこかにさらけ出す本音を勝手に聞いてもらえている感覚がして、話せば話すほど声は大きくなるし、出てくる言葉の量も自分でびっくりするほどだった。


 そんな支離滅裂に話していた間ずっと黙って口を閉じて聞いてくれていたザゼルさんは、僕が口を閉じて息を整えながら涙の跡も消えたという頃に、突拍子もなくこんなことを聞いてきたのだった。


「逆に聞くけどさ、光が出せることがなぜそんなにも大事なことなんだい?」

「それは、、学校でいい成績をとるため...?」

「いやそういうことじゃなくて、もっと根本的なことを聞いてるんだ。なんのために天使は光の使い方を勉強しなければいけないんだい」

「え、、星上園を守るためですか..?」

「そうだね。じゃあ"誰が"僕たちに光の使い方を勉強しろといったんだい」

「それは神様ですね」 

「じゃあ、なんでオレたちは神様の言うことを聞かなきゃいけないんだい」

「それは、『神様こそがこの世で最も安全な場所に、最も楽園に近い星上園をお造りになったから』」

 

 その質問には、普段ほとんど授業を聞くことのない僕でもすらすらと答えがでてきた。朝礼で毎朝のように口ずさむ決まりの言葉だった。けれど、ザゼルさんは思いにもよらないことを口にしたのだった。


「ほら、今矛盾したね」

「へ?」


 なんのことだか分からないまま口を開けている僕に向かって語るように問いかけたのだった。

 

「『地上から遠く離れたこの世で最も安全な場所』。ならなぜ、オレたちは光という戦う術を学ばなければならないんだい?」

「え、それは....そう言うと確かにですね」


 それを聞くや、彼の顔は急にパッと嬉しそうな表情を映し出し、勢いに口を任せるようにしゃべり始めた。


 「そうだろ!だいたいこの学校で習うことには不自然なことが多すぎるんだ。歴史の授業だって習うのはほんの五、六百年の浅い歴史ばっかりで、この星上園ができた頃の話は軽くしか触れられない。今までずっとこの大地の様子を見てきた神が今もまだ存在しているんだから、当時の記録がないなんてそんなわけがないのに。 ”下界落ち”っていう制度もオレからしたらすごく胡散臭いんだよね。天使の身体は人間には見えないし、オレ達もそいつらには干渉することはできない。それなのに毎度複数羽の人員がパトロールという名目で人間界に送り込まれる、それをやることの必要性がいまいちわからないんだ。だからオレは前から――」


 

 彼の勢いを受け止めきれない僕は何を言うべきか、それとも何も口を挟むべきではないのか答えが見つからないまま、背がどんどんと反れていくまま話を聞いていた。しかしそんな様子に気づいてくれたのか、ザゼルさんは我を取り戻したように熱弁にブレーキをかけた。

 

「ああごめんごめん。オレの話を聞いてくれる天使なんて初めてだったもんだからね。

 まあ、つまりオレが言いたいのは、君の上にいる誰かが重要だと思っているものがすべてではないってことさ。その上っていうのが例え先生でも神様でもね。実技のできるできないなんか、君という天使ひとの価値を図る指標になんてならないのさ」

 

 唖然と口を開いたまま聞いている僕に彼は、今度は詰める勢いは無く、ただまるで独り言のように語りかけてきた。

 

「学校や周りがどんな尺度で君を規定しようとしても、それは絶対的に正しいことかなんて、本当は誰も分かってなんかいない。少なくともオレからしたら、君は”価値のない天使”ではないよ」


 その言葉に、心の中で何かがハッと動いた感覚がした。

 やっぱり自分はバカなんだと気づかされたからだ。

 みんなもきっと同じことを言うに違いない。


「ザゼルさん、ありがとうございます。ちょっと元気が出てきたかもしれないです」

「そりゃよかった。行くのかい?授業に」


 はい!、と答えながら腰を上げて立ち上がると、その時初めて目の前に広がる景色をしっかりと見下ろすことができたような気がした。いつもよりしっかりと見える街ゆく天使たちを眺めていたのもつかの間。足元が急坂な屋根上であることを完全に忘れていた僕の体は前方向にバランスを崩した。


 うわああ!


 悲鳴をあげて落ちようとしたその瞬間、後ろでザゼルさんが僕の腕を軽く掴み、落ちる勢いは完全に殺された。しかし、なんでこれで止まっているのかが不思議なくらいに彼の手には力が入ってなかった。あとほんの少し力を緩めたら、このまま真っ先に落ちそうなくらいには。

 

「もっかい聞くけど、授業に戻るの?」

「...いえ、もう遅いので今日のところはいいかなと..」

「そりゃよかった。せっかくサボり仲間ができたのにすぐ帰られたんじゃ寂しいからね」


 助かった...と気を抜いた次の瞬間、彼は手を離し、またすぐに握り直した。一瞬ではあるものの、冷や汗をかくには十分だった。


「それと、その"敬語"やめて」

「はえ…?」

「別に君の上の立場とかなりたくなんかないからさぁ、平等な関係で関係でいかせてくれよー。最初はフォルン君もタメ語だったじゃん。てかなんでオレがだって分かったの?」 


 腕を掴む手を人質に出しながら、彼は長々と喋りながら僕を問い詰める。


「えぇっとまあ、なんというか雰囲気でs、かな...よくわからないけど、この生活に慣れてる貫禄みたいなのがあって」

「ああ、なるほどね。まあでもオレと君の間に年の差があろうと、今度から敬語はやめてくれよ?」


 そう言うと、そのまま僕を引き上げてまた屋根のてっぺんに立たせてくれた。そして腰をまた下ろして横を見ると、ザゼルさんの向けた顔はどこか嬉しそうだった。


 その天使ひとが一体、それを知らないまま僕は歯を見せて笑顔を返した。


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